大河ドラマ「西郷どん」(原作:林真理子 脚本:中園ミホ/毎週日曜 NHK 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時) 

第11回「斉彬暗殺」3月17日放送  演出:津田温子
「西郷どん」11話「まともな父親は誰ひとりおらぬようだな」男の大河を否定か
「西郷どん(せごどん)とよばれた男」 原口泉 NHK出版
「西郷どん」の時代考証者による入門書

大河ドラマでは数少ない女性演出家登場


女性演出家の担当回。
大河ドラマで女性が演出するのは、2013年「八重の桜」の一木正恵以来となる。一木は19年の大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」にも参加する予定(公式サイトに名前が出ている)。

津田温子が大河に参加するのはこれがはじめてではない。「龍馬伝」(10年)に参加している。大河以外だと「トットてれび」(16年)の演出を手がけていて、画に凝ったドラマに関わっている好印象があり、期待して11話を見た。

又吉直樹と渡辺謙


島津斉彬(渡辺謙)が徳川家定(又吉直樹)と対面。
また豆をポリポリ食べている家定。庭のカラスににこにこして、カーカーとコミュニケーションをとろうとする。
その様子を見て苦い顔の斉彬。渡辺謙がひたすら真面目な顔をしているので、とぼけた又吉との落差が出て、逆に面白い。
いまやハリウッドでも活躍する名優・渡辺謙は、ある時期、病を得て主演映画の降板などもあり、少々試行錯誤しているように感じる時期があった。それがテレビドラマ「池袋ウエストゲートパーク」(00年)で、若い俳優相手に軽妙な芝居をしたあたりから、新たなファンも獲得、映画「ラストサムライ」(03年)出演を経て、完全復活した。重厚な演技派のイメージがあるが、面白いシーンでも生きる俳優(自分で笑わせるというよりは、演出家の意図をしっかり体現できる、まさに優れた俳優)だ。

佐野史郎と渡辺謙


タイトルバックが開けて、南紀派(井伊直弼・佐野史郎)VS 一橋派(斉彬・渡辺謙)。
一転してピリピリした空気に。
「おそろしいのは異国の船ばかりではありませんな」(井伊)
「くれぐれも御身大切になされませ」(井伊)
佐野史郎と渡辺謙といえば、ハリウッド版ゴジラ『GODZILLA ゴジラ』(14年 ギャレス・エドワード監督)を思い出す。


お由羅、再び


覇権争いによって、陰謀が渦巻き、まず、虎寿丸(藤本悠希)が急死する。斉彬の子どもが亡くなるのはこれで5人め。
子どもが亡くなっても、その死をゆっくり悼む間もとらず、列強と立ち向かうために働き続ける斉彬。
「また呪いか」と薩摩組(吉之助や大家格之助など)はお由羅(小柳ルミ子)を思い出す。彼女は高輪で斉興(鹿賀丈史)と隠居暮らし中。
訃報を聞いて、「また私が呪い殺したとあらぬ疑いをかけられるのでしょうね やだ」と由羅は顔をしかめる。

その頃、薩摩。江戸の建物を見たあとだと、下級武士の家の貧しさが際立つ。
鶴丸城記録所にて、文政7年の記録(はじめて日本がイギリスと戦ったときの記)をめぐって、大久保正助(瑛太)と、島津久光(青木崇高)がやりとり。
正助に関してはこれからの展開に期待を残し、舞台は再び江戸へ。

まともな父親はひとりもいない


徳川斉昭(伊武雅刀)と一橋慶喜(松田翔太)、福井藩主・松平慶永(津田寛治)と橋本左内(風間俊介)、
斉彬と吉之助が集まって、篤姫(北川景子)を公方の嫁に出し、慶喜を次期将軍にという密談を交わす。

ここで注目したいのは、ここでの慶喜の言葉だ。

「ここにはどうやらまともな父親は誰ひとりおらぬようだな。
幼子が死んだというのに祝いの酒を交わしておる。

篤姫とかいう娘の行く末も思いやられる。
何が日本国じゃ、わしはつきあいきれん」

極めてまともな意見である。
主人公側(一橋派)を正義としないで、彼らも野心のために子どもを犠牲にしていることを描く。
“子どもが大事”ということは、「西郷どん」の最初から一貫して描かれているが、それより何より、
大河ドラマで「まともな父親がひとりもいない」という台詞が出てくるところに驚いた。
大河ドラマは基本的には「男」の物語であり、「家」の物語であり、「父」はとても大事な存在だ。主人公は父から学び、受け継ぎ、父となって遺していくという継承の物語であるというイメージの大河ドラマで、父の存在を疑問視されるのだから。中園ミホ、なかなかすごいことに挑んでいる。

父の否定は、朝ドラの十八番だったはず。ダメ父やダメ夫に苦労させられて仕方なくがんばる主人公が多く描かれてきた。ただし、中園が描き、鈴木亮平が主人公の夫を演じた「花子とアン」(14年)では、主人公の父は風来坊ではあるものの、自由と学びを求めていたし、主人公の親友に他の男と逃げられてしまう夫も、不器用ながら愛情のある男として描かれていた。とりわけ、鈴木演じる人物が、極めて勤勉で誠実な夫であり父であった。
中園ミホは、朝ドラでも大河でも、従来のパターンの逆張りをしているように思え、そこに作家としての野心を感じる。


チーム男子の可能性


ドラマがはじまって23分後、斉彬がいきなり倒れる。すごい倒れ方だった。
滝行をし、真言を唱える吉之助。
3日間寝続けた末、復活する斉彬。

大山(北村有起哉)と有村(高橋光臣)たちは、由羅の呪いの痕跡を探り、
吉之助は、毒を盛られたのではないかと考え、橋本に調査を頼む。
それを聞いた慶喜はだからいやなんだとブツブツ言いながら、調査を見学。
西郷、橋本、慶喜、この3人、すでにいい雰囲気ができあがっている。絵面的にも、いい(大きくて素朴な西郷、小柄で知的な橋本、洗練された色男の慶喜)。
今後、この3人が活躍していくと、ドラマが跳ねる気がする。

こうして、ヒ素が日々の食事に少しずつ盛られていたことが判明したところ、
能の翁面をかぶった謎の男が聞いていた。由羅の仕業とふんで、薩摩屋敷に押しかける吉之助。
三種の菓子を出されて、毒が入っているかもしれないと躊躇する、緊張の一幕。

渡辺謙劇場


斉興(鹿賀丈史)にこてんぱんにされてすごすご戻ってきた吉之助を、斉彬はものすごい勢いで蹴りつけ怒る。渡辺謙のド迫力。

「つまらん つまらん つまら〜ん!(絶叫)
時がないのがわからんのか。
わしは命など惜しいことはない。
命にかえてもやらねばならぬことがあるのだ。
この国を変える。
この国を強うする。
(ふらっと倒れて)
わしがなぜお前をそばに置くかわかるか。
わしもお前と同じ大バカ者だからだ。
民のために命を捨てられる。そうだろう?」
「民のための国を そんな国をつくりたい」

野望のための暗殺とかせこいことをしている人がいる一方で、斉彬は、民のための国をつくろうと、システムを変えようとしたり、技術開発したり、建設的(篤姫を嫁に出すというのはあるが)。
それにしても、渡辺謙、どれだけ表情もっているのか・・・。一点、考え抜いた印象的な動きを作るのではなく、流れるように演じていて、それが生きた人間の熱情を感じさせる。

終わったと思ったら、続きが


西田敏行の「西郷どん チェスト きばれ」でこの回終了と思ったら、まだ続きがあった。

井伊直弼の悪巧み(背後の窓に飾られた月と花みたいな感じのものがすてき)。
事件ものふうな終わり方で次回に引っ張る野心的な試み。が、しかし、「きばれ」で間違えてチャンネルを、早々に、日曜劇場「99.9」(TBS)に変えちゃった人もいるかもしれない。
この回、視聴率、14.6% 。
すでに14%台で落ち着いてしまっている。
脚本も演出も役者もひじょうに上質なので、もう少しいけるはずだ。
チェスト! きばれ!「西郷どん」!
(木俣冬)
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