
息をするように殺す男
辺見和雄は、刺青が彫られている脱獄囚の1人。杉元、土方、鶴見の三陣営が狙う人間だ。
見た目はモブ顔で、凶悪そうな雰囲気は微塵もない。しかし彼は、この作品屈指の問題児。すぐ人を殺す。罪悪感はゼロ。
鶴見たちは人を殺すにしても、それは自らの大義あってのこと。だが、辺見には全く殺人の理由がない。生粋のシリアルキラーだ。
白石「奴にとって人殺しは息をするのと一緒なんだと。見た目はごく普通の男なんだがなあ」
辺見と直接会ったことがあるのは、脱獄王こと白石だけ。礼儀正しく人当たりがよい人物らしい。
彼は、かつて弟が必死で抵抗しながらもイノシシに食われるのを見て、「誰でもいいからぶっ殺したくなる」性癖が目覚めた、と語る。
脱獄後も辺見は人を殺し続けており、死んだ相手の身体に「目」の字を刻んで去っている。
ようは「殺したい」というのが目的ではなく、彼はそれが見つけられて、「殺されたい」のだ。
煌めくあそこ
ニシンの粕玉を、巨大な玉切り包丁で切るシーン。
杉元が一刀で切ったのを見て、辺見は自分の首が落ちる妄想を重ねる。
イメージが頭に浮かんだ時、彼の股間が眩く煌めいた。
彼が興奮するのは大抵、自身の死を想像している時だ。
オートアサシノフィリアという性癖があるらしい。日本語だと「自己暗殺性愛」。
自分が殺されるような状況に対して、性的興奮をするもの。
自殺願望ではないところがポイント。

古屋兎丸の漫画『女子高生に殺されたい』では、オートアサシノフィリアの男性・東山春人が主人公として登場。心の内を告白している。
東山は「理想の殺され方」を模索し続けている。
女子高生に殺されたいので、まずは高校教師に就任。1年生の美少女をターゲットにし、彼女に殺されるため、努力を惜しまず計画を練っていく。
彼は外から見たら、善良な人間だ。
辺見の心理状態は、似ている部分がある。
杉元に出会った辺見は思う。
「よし。この人を殺そう。だって僕が求めていたのがこの人ならば、僕なんかに殺されたりしないはずだ」
人を殺すのは、相手が自分を殺してくれる相手にふさわしいかどうかの品定め、事前準備だ。
ただ死にたいんじゃない。弟が全力で抗って死んだように、自分も翻弄されて死にたいのだ。
白石の「辺見の頭の中なんて理解したくもねえな」は、この作品の場合は褒め言葉。
ここから先、色んな欲(主に性欲)を抱えた変態が、誰にも理解されないまま、生命を輝かせて燃え尽きる。
辺見も含む魂をかける奇人達は、行動が滑稽な上、迷惑極まりない。
けれども全てをなげうって欲望に突き進む様子は、ほんのちょっとだけかっこよく見える。
北海道の鰊番屋
今回舞台になっている鰊番屋は、二次大戦前の北海道の経済を知る上で重要な拠点。
日本海側で漁師が大量にニシンを獲り、陸揚げしてすぐにその場で加工、という一連の作業を同じところでできるようにしたものだ。
これがめちゃくちゃ儲かった。網元は競って豪華な鰊御殿を建て、百人以上の人を雇い、鰊番屋に寝泊まりさせていた。
杉元やアシリパらが今いるのは小樽。
鰊御殿・鰊番屋はほとんどが解体されているが、現在も小樽では銀鱗荘や小樽市鰊御殿(旧田中福松邸)などが保存・公開されている。
資料的価値が高く、アクセスもよいのは、野外博物館北海道開拓の村にある旧青山家漁家住宅。元は小樽市にあったものだ。
中に入ると、囲炉裏や干した草履など、『ゴールデンカムイ』で描かれた番屋そのままなので、聖地巡礼にオススメ。
留萌郡小平町の道の駅おびら鰊番屋(旧花田家番屋)は、道内最大規模の鰊番屋。
こちらは海沿いなので、訪れた際には首を切り落とされる妄想をして、辺見の生き様に思いを馳せたいところ。
(たまごまご)