連続テレビ小説「半分、青い。」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第10週「息がしたい!」第60回6月9日(土)放送より。 
脚本:北川悦吏子 演出:土居祥平

60話はこんな話


7月7日、鈴愛(永野芽郁)と清(古畑星夏)が律(佐藤健)を取り合って大喧嘩。

ひしゃげたケーキ


「半分、青い。」60話について書く前に、少々寄り道を。
現在NHKは夕方に2011年後期(10月〜)に放送された“朝ドラ”「カーネーション」(脚本:渡辺あや)を再放送している。
夕方に放送しても“朝ドラ”。というか、そもそも“朝ドラ”は通称であって本来は朝でも昼でも夜でも「連続テレビ小説」だ。
「カーネーション」はファッションデザイナー・コシノ三姉妹の母親をモデルにした物語。主人公・糸子(尾野真千子)は少女時代、男社会で抑圧されていたが、洋裁の魅力に目覚め仕事をするようになって次第に自信をつけていく。
つい先日再放送された41話では、クリスマスの日、糸子がケーキを買って来るエピソードが描かれた。
「この家を父より支えている」と突っかかって酔っ払った父・善作(小林薫)を怒らせ、せっかくのケーキがひっくり返されてしまう。
おばあちゃんハル(正司照枝)がひしゃげたケーキを元に戻し「食べれる」「味変わってへん」と盛り上げ、
おかあさん千代(麻生祐未)は「あんたがいちばんにお食べ」と皿を手渡す。
「よう買うてきてくれたな おおきにな」とハルに慰められても糸子の目からは悔し涙が溢れる。
父権社会を糸子がひっくり返していくと父はどんどんスポイルされていく。女性にとっては痛快だけれど男性には辛い話でケーキをひっくり返さずにはいられない気持ちもなんだかわかるし、ひしゃげたケーキが悲しい気持ちの表れにも見えてならなかった。
女たちはそれをすくって食べる。時代は1933年、昭和8年。


閑話休題。現在本放送中の“朝ドラ”でもケーキがひしゃげて(写ってないが)いた。
「半分、青い。」は1990年、平成2年、7月。
律と清が喧嘩をして、ケーキの箱がひっくり返ったらしい。
さぞや悲惨なことになっているであろう中身を見ることをしない清と、代わりのケーキを買いに出かける律。
その留守に鈴愛がユーコ(清野菜名)と共にやって来て、鈴愛対清のど修羅となる。
戦後から45年、バブルで浮かれた時代が終わろうとしているとはいえ、まだ余韻はあり、人々はケーキがひしゃげたら新しいものを買う感覚になっている。
ハルのようにつつましい行いを美徳として描くには昭和9年くらいがぴったりで、飽食の時代を描くには、平成2年くらいがぴったりなのかもしれない。

鈴愛、情緒不安定


律は留守だが上がって待てばと、鈴愛とユーコを律の部屋にあげて、お茶まで出し、いかにも律の女的ふるまいをする清。
「一緒に暮らしているんですか?」とユーコ(清野菜名)が聞くと誕生日だから来たと言う。さすがに「あなたには帰る家がある」の木村多江みたいに一緒に住んでる偽装はしない。正人(中村倫也)のいない部屋がどうやら入居者募集しているようだからそこに住んじゃえばいいのに。

「喧嘩になってね 彼 出てたってわけ」と独特な言い回しの清。

「私、律に私の知らない時間があることがいやなの。それが過去でも」このときの古畑星夏の目つきの鋭さよ。
「マグマ大使だかなんだか知らないけど 人の恋人、3回笛吹いて呼ぶのやめてくれないかな」と鈴愛に迫る。
マグマ大使の笛を3回吹くルールは律から聞いていたのか。それともこの待っている間に鈴愛が説明したのか。
律に聞かされていたら、そりゃあ嫉妬もするだろう。
鈴愛は「律を返せ 律は私のもんだ」と怒鳴り、マニキュアが気持ち悪いとかもう散々。
鈴愛と清はどつきあった挙げ句、大事な梟会の写真が破れてしまう(律と清の喧嘩の原因は、この写真に清が嫉妬したことだった)。

どっちの気持ちもわかるとはいえ、この場合、鈴愛のいいがかり感が強い。
いつの間にか清とつきあいはじめた律のことが引っかかっていたのだろう。正人のことは実はどうでも良かったのではないか。涙が止まらなかったのは次第に律と離れていくことの寂しさだったのではないか。
情緒不安定なお年頃なのだと思う。
「半分、青い。」60話。ど修羅「律を返せ!律は私のものだ!」
「息もできない」ZARD
「半分、青い。」の時代よりちょっと先の1998年のヒット曲だが、清の気持ちはこの唄のような感じなんじゃないだろうか。

「息もできない」

幼き頃


毎年、お誕生日おめでとうを言い合っていたのに、今年はそれがないのだから、ちょっと寂しくなるのもむべなるかな。
オフィスティンカーベルで盛大に祝ってもらっても、晴(松雪泰子)にぬいぐるみをもらっても、菜生(奈緒)に手製のバッグをもらっても、ブッチャー(矢本悠馬)に電話をもらっても、心は晴れない。
子どもの頃の、律といっしょの誕生日のことばかり思い浮かぶ。
マグマ大使の笛は、子どもの頃、律が父親(谷原章介)のお土産にもらったものをくれたもの(お父さんが鈴愛にあげてと言ったのかどうかわからないけど)だった。それを大好きな「マグマ大使」になぞらえて、笛を吹いて律を呼ぶようになったと、いま明かされる笛のバックボーン。

ところで、部屋のヤンキー感が笑えるブッチャーの暮らす舞鶴には、京都市内それも洛中の人のような生粋のイケズな京都人はいないはずで、京都の人は学生には優しいと言われるので、ブッチャーの「ぶぶ漬け」体験はネタに違いない。お金持ちだからしょっちゅう京都に遊びには行っているのだろう。
(木俣冬)
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