東京医科大学の女子減点問題の背景にいるのは「子育てに穴を開ける」男性

裏口入学問題で揺れる東京医科大学が、入学試験において女子の受験生の点数を一律に減点するという点数操作を、意図的かつ継続的にしていたことが発覚し、国内は当然のこと、世界中に波紋が広がっています。21世紀の今なお様々な女性差別を抱えたままの日本社会ですが、また一つ異常な社会構造を露呈した形です。


受験料の「詐欺」とも指摘され、既に何名かの弁護士が手弁当で(=フィーを貰わずに)訴訟を行う意思を表明しているようですが、学校教育の在り方を著しく歪めた東京医科大学の悪行は、廃校に相当するほどの行為だと思います。



「ガラスの天井」ではなく「鋼鉄の吊り天井」だった


これまで、理系トップの医学部を目指す女性が男性に比して少ない理由には、親や教師が女子に対して医学部進学を抑制するよう圧力をかけている等、様々なソフト面におけるハードルが指摘されてきました。女性を排除する明確な制度や規定があるわけではないものの、偏見や抑圧等の要素が女性を阻むという意味で、「ガラスの天井」があると言われてきたわけです。

ところが、今回のケースに関しては、もはやソフト面における問題ではなく、入試の仕組みというハード面におけるハードルがあったわけですから、もはや「ガラスの天井」ではなく、「鋼鉄の天井」でしょう。

さらには、本来は合格ラインに達していたのにも関わらず、大学側の「改ざん」によって落とされた女子は、人生プランが大きく狂わされてしまったわけですから、「鋼鉄の吊り天井」と表現するほうが相応しいのではないでしょうか。


大学の言い分はDV加害者そっくり


大学側は、結婚や出産を機に職場を離れる女性医師が多く、系列病院の医師不足を回避する目的だったとのことですが、いかなる理由があっても性差別を伴う入学試験の点数改ざんは許されるべきではありません。

そもそも、女性医師が離れなければならないような職場にしているのは大学自身ではないでしょうか? 確かに現在の医療の在り方を根本から見直さなければならない面も多々ありますが、現場でも出来る就労継続支援をやり尽くす前にそのツケを女子受験生に払わせようというのはあまりに酷い発想です。

自分たちに原因があるにもかかわらず、「お前ら女が悪い」と受け取ってしまうその認知の歪みには大変驚かされますが、その思考回路は「お前が悪い」と暴力を正当化するDV加害者そっくりだと感じました。差別は「社会システム的な暴力」ですから似るのでしょう。

ちなみに、女性管理職比率が高い企業ほど労働生産性が高いと言われています。ですから、常態化している医師の長時間労働を是正するためにも、本来は女性医師を増やして意思決定層に女性の割合を増やすことが必要不可欠な対策のはず。ところが、東京医科大学は逆に女性を抑制しているわけですから、病院経営的な視点に立っても間違いでしかありません。


他国は女性医師が多数でも崩壊なんてしていない


それでも、結婚出産により医療現場が崩壊することの危機感から、大学側の説明に理解を示す人は少なくないようです。ですが、何を根拠に崩壊すると決めつけるのでしょうか?

日本の女性医師比率はOECDの調査国中最下位で、既に50%を超えている国すらいくつもあります。それでも、これらの国々で女性医師が増えたことで医療現場が崩壊した話を聞いたことがありません。
結局、崩壊しているのは日本のジェンダー平等のほうです。

そのような他国との比較論に対して、「日本の医療は他国と状況が異なるから比べるのはおかしい!」的な言い訳をする人もいますが、「別にそれは担い手の半数が女性でも確立出来ることですよね?」というものばかりで、男性を優遇することを合理的に説明している人は、私の見る限り誰一人いませんでした。こういう問題になると必ず現状の男性社会を擁護しようとする人が現れますが、結局女性差別がしたいだけなのでしょう。

改善を試みることはせず、「実際は女性医師が増えると現場が回らない」と言っている人たちは、回っていないのは自分の頭だということを自覚するべきだと思います。


日本人男性の多くが「子育てに穴を開ける」


また、「医師の仕事は長時間労働でハードだから、出産を絶対的にすることが無い男性が優遇されるのは仕方ない」と、医師の働き方を理由に正当化しようとする人も散見されますが、主語が「男性」なのも偏見が酷く、差別に洗脳されていると言えます。

というのも、たとえ男性でも家事育児を半々で行おうと思えば長時間労働は厳しいわけですから。「ハードな医師の長時間労働は男性だから耐えられる」のではなく、「ハードな医師の長時間労働は専業主婦や時短の妻に家事育児をほぼ丸投げにしている男性だから耐えられる」の間違いです(※医師同士の結婚でも妻に丸投げというケースが少なくないでしょう)。

医師に限った話ではないですが、女性は出産や子育てで「仕事に穴を開ける」から男性を希望するのは仕方ないと考える人は、女性が仕事を犠牲にせざるを得ないのは、日本人男性の多くが「子育てに穴を開ける」からという現実を直視するべきです。問題が存在するのは男性側であり、それを男性たちに強要する男社会であって、決して女性ではありません。仕事を辞める女性やセーブする女性は、そのような男社会の“不経済”を尻拭いさせられているだけに過ぎないのです。

そのようにして女性配偶者に高い下駄を履かせて貰っている自覚が無く、まるで女性と同じ競争条件のもとにいると勘違いし、「既存の働き方に対応出来ないから女性はダメ」と語る男性は、競争環境を適切に分析出来ないというマネジメント能力の無さと己の「裸の王様」ぶりを自覚するべきでしょう。

第二第三の東京医科大学を掘り起こせ


今回の件は世界中からも非難を浴びるほど、議論の余地の無い酷い差別問題ですが、残念ながら日本のマスコミの追求も弱いように感じています。おそらく男子に対して一律に減点を行っていれば、学校側の対応もメディアの批判の温度も全く違っていたことでしょう。そのような二次的な動きまで含めて、日本社会の女性差別が酷いことを改めて感じます。


そして、男性優遇は以前から噂されていたようで、東京医科大学は氷山の一角と言われています。他の医科大学や、様々な学校・企業でも同様の女性差別がいくらでもあるはずですから、これを機に一度総点検して、ジェンダー平等に違反する組織を全て洗い出すべきでしょう。むしろ東京医科大学だけを悪い者にしておしまいでは、何ら問題の解決にはなりません。

確かに既存の男ムラ社会の意思決定層にそれらの問題を自浄する機能が備わっているかは甚だ疑問ではありますが、内部告発や第三者による分析で可視化するだけでも、意図せず差別的な組織に迷い込んでしまう女性を少しでも減らせるはずです。

私たちにも医師の長時間労働を招いた責任がある


最後に、差別に反対すること以外に私たち一個人が出来ることは何か無いのでしょうか? 政治や行政に対して医師が適切な働き方を出来るような仕組みにするよう圧力をかけることも大切ですが、私は国民一人一人がもっとヘルスリテラシーを向上させ、「健康事なかれ主義」を一掃することも必要不可欠だと思います。

今の日本社会はヘルスリテラシーが非常に低く、一次予防(疾病の発生を未然に防ぐこと)や二次予防(検診等で疾患を早期に発見・処置すること)を疎かにしているせいで、自身の健康管理を医師に依存し過ぎています。それが医師の業務を必要以上に増やし、医師の長時間労働を招いているわけです。

一方で、自分で知識を身に着けようとしても、トンデモ医療等の間違った健康法を安易に信じてしまう人も多く、結果的に予防になっていないケースも少なくありません。それは長期的に医師に頼ることを増やすだけで、結局医師の長時間労働を助長しています。

夫婦のパートナーシップにおける軋轢も問題が小さいうちに済ませるべきだと思うのですが、対応を先送りにして泥沼化させる日本人は非常に多く、結果として単価の高い弁護士に離婚調停を頼らざるを得ないほど悪化させるケースも多いわけですが、医師に関しても全く同じことが言えるでしょう。是非、今日からヘルスリテラシーの向上を心掛けて行きたいものです。
(勝部元気)
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