高橋一生主演のドラマ「僕らは奇跡でできている」。。
先週放送された第7話は、一輝と仲良しの9歳の少年・虹一(川口和空)とその母親・涼子(松本若菜)の関係、そして一輝の過去がクローズアップされた物語だった。視聴率は第1話に次いで高い7.2%。冒頭の言葉は、反響が大きかった一輝のセリフである。キーワードは「自己肯定感」だ。

「僕はダメじゃない!」
虹一は絵を描くのが大好きで、一輝と一緒に生き物の話をするのも大好き。だけど人と同じことをするのがちょっと苦手で、何かに夢中になると周囲が見えなくなってしまう。
テストの点はおせじにもいいとは言えず、母親の涼子は頭を悩ませている。特に国語の点が悪いようで、涼子は叱って教科書を読ませようとするが、虹一は「物語」が読めずに頭痛を訴える。しかし、涼子は「それは勉強がわからないからでしょ」と断じて、虹一のスケッチブックと色鉛筆を取り上げてしまった。
ある日、虹一は仮病で学校を休み、一輝のもとを訪れる。ベランダに備え付けてあった防災用ロープで部屋を抜け出してきたらしい。
以前、虹一は一輝にこんなことを言っていた。「お母さんは、どうしてみんなと同じようにできないの? っていつも言ってる。僕をダメな子だと思ってる」。
虹一は母親に「ダメな子」だと思われていると感じている。そんなの、とっても辛いと思う。だけど一輝の家にやってきた涼子は、また「ダメ」という言葉を使って虹一を追い詰める。「みんなみたいにできるようになりたいよね?」と子どもが思ってもいないことを押しつけ、「逃げるからダメだって言ってるの」と逃げ道をふさぐ。
「僕はダメじゃない!」
虹一の叫び声は悲痛だ。でも、母親には届かない。部屋を飛び出した虹一を追う涼子の行く手を遮った一輝は「僕、虹一くんのすごいところ、知ってます。
“やればできる”の呪い
翌日、再び一輝の家を育実と一緒に訪れた涼子は、二度と息子と遊ばないよう一輝に告げる。涼子は虹一が周囲の子どもたちと違うことをとても気にしていた。
「この前の授業参観だって、『ウサギとカメ』の話から何が学べるか話し合う授業でしたが、虹一は最後にぜんぜん違う解釈を話し出しました」
「虹一くんの考えることは、いつも面白いです」
「笑われました。先生にも、保護者にも笑われて、どれだけ恥ずかしかったか」
「虹一くん、すごいじゃないですか」
「相河さんがそういうことを言うから余計、虹一が……。勉強だって遅れてて、遊んでいる暇はないんです」
涼子は虹一に勉強させたがっている。そしてそれと同じぐらい、虹一が周囲と違うことを肯定する一輝に苛立っているようだ。
「虹一は学校の先生にも塾の先生にもやればできる子だって言われてます。あの子のために、人並みにできるよう、私がなんとかしなきゃいけないんです」
「どうしてなんとかしなきゃいけないんですか?」
「母親だからです。やればできるってことを教えてあげたいんです」
前の日も涼子は「やればきっと、虹一だってできるようになるから」と言っていた。“やればできる”の呪いだ。特に子育てや教育の現場において、とてもポジティブかつカジュアルに使われることが多い言葉だが、やってもできないことはある。
「やれないのかもしれません。教科書を読んでいると頭が痛くなったり、まばたきをしたりします。絵を描くときはしていません」
まだ涼子の心に一輝の言葉は届いていない。しかし、一輝はいつの間にか涙ぐんでいた。
「ウサギ」だった一輝の過去
一輝は自分が幼かった頃の話を始める。
「僕は、子どもの頃、人と同じようにできなくて、学校で先生に怒られてばかりでした。僕をバカにしたようなことを言うような人もいて、学校は大嫌いでしたが、理科は大好きでした」
理科クラブに入った一輝はジュウシチネンゼミの研究発表を行ったところ、ものすごく先生やクラスメイトたちに褒められた。そんなことは生まれて初めてだった。
「すごいって言われるのが嬉しくて、もっとすごいって言われたいと思いました。すごいって言われたいから、理科クラブを続けました」
話を聞いていた育実はハッとする。一輝にも好きなことに夢中な「カメ」ではなく、周囲に自分を認めさせようとする「ウサギ」だった時期があったのだ。すると、すぐに一輝は生き物の観察が楽しくなくなってしまう。
「僕の祖父は『やりたいならやればいい、やらなきゃ、って思うなら、やめればいい』って言いました。笑っていました。理科ができても、できなくても、僕はいてもいいんだな、って思いました」
義高は一輝の存在をまるごと肯定してみせた。周囲と違ってもいいし、周囲と同じことができなくてもいい。そこにいればいい。他人と自分を比較して優劣をつけようとするのではなく、自分の存在をまるごと肯定すること。これを自己肯定感という。自己肯定感の高い人は周囲も尊重できる。不安や自己否定ではない、安心感をもって前向きに成長することもできる。
「僕は、やれないことがたくさんありましたが、今もありますが、やりたいことがやれて、ありがたいです」
一輝は自己肯定感を得たから、今はやりたいことがやれるようになった。自分との付き合い方を覚えたのだ。
「虹一くんは絵を描くことが大好きです。お母さんのことも大好きです」
では、この言葉は何か? これは涼子を肯定する言葉だ。
「ダメな母親」と思われる不安
涼子はいつも必死だった。「私がなんとかしなきゃいけない」「母親だからです」とも言っていた。彼女は母親としての責任感を持ち、周囲の目を気にして、不安と戦いながら子育てをしてきたのだろう。
本来なら、もっとも身近な人間が彼女の相談に乗らなければいけなかった。まったく姿を見せない夫、虹一の父親である。涼子がシングルマザーという描写はないため、どこかに夫はいるはずだ。しかし、子育てのことは涼子がすべて任っているように見える。だから彼女はひとりで責任感に押しつぶされ、不安に苛まれてきた。
「これでいいと思うよ」「こうしたほうがいいんじゃないか」「自分がこうしてみるよ」……子育ての当事者である夫が妻にかけなければいけない言葉はたくさんあるはずだ。ただ、このドラマは声高に夫を批判しない。安易に悪役をつくらないという姿勢が貫かれている。
(たぶん初めて)母親として肯定してもらった涼子は、虹一に目の検査を受けさせたところ、光に対する感受性が強く、文字を読むときにストレスがかかることが判明する。文字を読もうとすると、頭が痛くなるのはそれが原因だった。
「頭痛を、勉強がしたくない言い訳だって決めつけてました。虹一のこと、ダメな子だっていう目で見ていたからだと思います」
「ダメなのは私でした。虹一がみんなと同じようにできないと、ダメな母親だって思われるんじゃないかって、不安で」
「見えない敵を自分で勝手につくっていました」
“否定と不安”の反対は“肯定と安心”だ。肯定と安心を得られなかった涼子は、息子にも肯定と安心を与えられなかった。でも、一輝の言葉と母親を思う虹一の態度を目の当たりにして、ようやく肯定と安心を得られたのだと思う。涼子は去り際にこんなことを言っていた。
「私、虹一のことがうらやましかったのかもしれないです。防災用ロープで逃げ出すようなこと、私にはできませんから」
防災用ロープで逃げ出した虹一は、橋を渡ったリスだ。これまでの常識を超えて、やりたいことをやってみることができた。一輝が自分を肯定してくれたからだ。同調圧力や固定概念を怖がっていた涼子は、道を渡れなかったリスと同じ。そのことがわかって落ち込む涼子に、虹一はこう言う。
「ダメじゃない。お母さんの良いところ、100個言えるよ」
一番大切な人に思いっきり肯定してもらった涼子は、これから息子と一緒に橋を渡っていけるようになるんじゃないかと思う。
好きな人の良いところを100個言おう
自己肯定感が得られなかった人たちを並べてみると、こうなる。
先生に怒られ、周囲からバカにされていた幼い頃の一輝。
忙しく働いても手応えがなく、恋人にも去られた育実。
「ダメな子」と母親から否定、抑圧され続けてきた虹一。
子育てをしていても誰からも認められなかった涼子。
人が自己肯定感を得るには、もっとも親しい人からの肯定が必要になる。一輝の場合は祖父の義高が肯定してくれた。虹一のことは一輝が肯定してくれたし、涼子のことは虹一が肯定してくれた。では、育実は? 食事をしながら一輝が言う。
「水本先生の良いところも100個言えます」
「え?」
「時間を守ります。歯の治療をします。歯をきれいにします。クリニックの院長です(中略)よく食べます。箸を上手に使えます。会ったとき、こんにちは、って言ってくれます」
「ちょっと待ってください、それって誰でもできることなんじゃないですか?」
「誰でもできることは、できてもすごくないんですか?」
もしあなたのまわりに大切な人がいたら、良いところを100個言ってみよう。それでその人は本当に安心するし、まわりの人のことも大切にするようになるんじゃないかな。
本日放送の第8話は一輝と家政婦の山田さん(戸田恵子)のお話。今夜9時から。
(大山くまお)
「僕らは奇跡でできている」
火曜21:00~21:54 カンテレ・フジテレビ系
キャスト:高橋一生、榮倉奈々、要潤、児嶋一哉、田中泯、戸田恵子、小林薫
脚本:橋部敦子
音楽:兼松衆、田渕夏海、中村巴奈重、櫻井美希
演出:河野圭太(共同テレビ)、星野和成(メディアミックス・ジャパン)
主題歌:SUPER BEVER「予感」
プロデューサー:豊福陽子(カンテレ)、千葉行利(ケイファクトリー)、宮川晶(ケイファクトリー)
制作協力:ケイファクトリー
制作著作:カンテレ