水野の完璧さが尚を追い詰める
担当編集者の水野明美(木南晴夏)の存在が、間宮尚(戸田恵梨香)をドンドン追い詰めている。
上手くまとめられず髪はボサボサになり、外出時は忘れないようにショルダーバッグを掛ける尚。
恵一という新たな命を授かってから、間宮真司(ムロツヨシ)が頼ったのは水野だった。水野のヘルプは完璧だ。いち早くトイレットペーパーを補充し、恵一の離乳食も手際よく作る。その善意から来る献身が尚にコンプレックスを抱かせた。
「お母さん、ダメだね……」(尚)
感謝の気持ちを口にする真司に、水野はこう返した。
「4人で暮らしてるみたいですね」(水野)
耳を疑う発言だ。しかし、事実である。彼女の手助けなしに子育てはできなかった。
会話の最中、服のボタンの掛け違えを水野にサッと直された尚。胸の内に劣等感が渦巻いたのではないか。女として、母として、妻として無力感を覚えてしまう。
6〜8話で尚と真司の前に立ちふさがったのは、MCI患者の松尾公平(小池徹平)だった。彼はアルツハイマーという病そのものの怖さを示す存在だ。
尚にとって水野は公平以上に残酷である。アルツハイマーが進行する上での悲しみが、水野を介してより大きく迫ってくる。何でもできる彼女と、何にもできない私。水野の善意は、尚の中で絶望として変換された。
水野 私にできることがあれば、何でもいたします。
尚 はい、何でもしてください! 私には何もできませんから……。私は、私は生きてるだけで、あの人に負担を掛けてるんですから。
真司に「私がタイプなんだ?」と迫った、かつての勝ち気な尚はもうどこにもいなかった。
水野の手助けは、真司にいい小説を書いてもらうため。
「奥様は、生きてるだけで先生の創作の源なんです。大切な、大切なやる気のもとなんです」(水野)
真司の生活の重荷になりたくない尚。真司の創作のモチベーションを上げたい水野。お互いが望む役割を果たせず、お互いが果たせぬ役割を担い合っている。
長年、筆を置いていた真司が執筆を再開したのは尚との出会いがきっかけだった。「真司に私のこと書いてもらうのは私の生きがい」と尚は断言したことがある。
「妻が記憶を失ってからこそが小説の見せ場」と真司へ直言する水野の言い様。恐ろしさを孕んでいるが、それは無力感を覚えた尚の“小説家の妻”としての最後の矜持でもある。

覚えていない尚を怒鳴ってしまった真司
この数年で髪が伸びた尚。頻繁に美容院へ行けず、身なりに気を使えない状態だとわかる。表情は乏しくなり、目はうつろに。ゲラゲラと笑う尚が、今では力なく微笑むばかりになった。
そんな尚と恵一の2人だけで公園へ遊びに行くことを、真司は許可してしまった。そして、目を離した隙に行方不明になる恵一。尚はそれに気付いていない。
翌朝、必死の捜索で恵一は発見された。駆け寄る我が子を抱きしめる尚。「勝手にいなくなってごめんなさい」と謝られても「どうして?」と覚えていない様子だ。しかし、安堵と自責の念が入り混じった真司の表情を見て、「自分が悪い」と察してしまう。
病気が深刻な状態にあると自覚した尚。
「しんじさま ありがとうございました。 尚」
あんなに美文字だった尚が、今では拙い文字しか書けずにいる。「真司」という漢字すら、もう覚えていない。「さま」を付けたのは、人生を共に歩くべきではないと一線を引いた覚悟ゆえ。これ以上、迷惑を掛けられない。こんなにも真司の負担になるのならば、身を引くしかない。“小説家の妻”として存在するより、足を引っ張らずに存在しない自分を選んだ。
尚はどこへ向かったのだろう? 彼女は大きなボストンバッグを手にしていた。行き先がある気がする。自殺は選んでいないと思う。
うつろになった尚を見て、真司はこんなことを言っていた。
「これから俺の人間力が問われますね。がんばります」
昨晩、制止を聞かず恵一を探しに行こうとする尚を真司は怒鳴ってしまった。尚が覚えてないことにイラついた自分への後悔が彼にはある。
プロポーズの際、名前を間違えても、鍵を差しっぱなしにしても、自分のことを忘れてしまっても尚を愛し続けると約束した真司。記憶をなくす尚を受け止めると覚悟したはずだ。その覚悟を、まだ真司は見せていない。『もう一度、第一章から』の執筆も、佳境へ入る前にやめてしまった。強い心を見せてきたのは尚のほうばかりだ。
今夜放送の第10話は、最終回。“僕を忘れる君”を真司がどのように受け止めるのか、そろそろ見せてくれないだろうか。大恋愛を見届けたいのだ。
(寺西ジャジューカ)
金曜ドラマ『大恋愛〜僕を忘れる君と』
脚本:大石静
音楽:河野伸
主題歌:back number「オールドファッション」
プロデューサー:宮崎真佐子、佐藤敦司
演出:金子文紀、岡本伸吾、棚澤孝義
製作:ドリマックス・テレビジョン、TBS
※各話、放送後にParaviにて配信中