Amazon Prime Videoで毎話24:00頃から配信予定。

初めての感情
今回は初の完全アニメオリジナル回。
(ちなみに手塚治虫の描く女郎蜘蛛は「タイガーブックス 手塚治虫文庫全集(2)」に収録されている「新・聊斎志異」で読むことができる)
人も妖怪も幸せになれない、地獄続きだった6話までとうって変わって、人と妖怪が同時に幸せを見つけて一歩踏み出す、というものすごくポジティブな展開。
脚本は「ゾンビランドサガ」の村越繁。人間のあり方をつきつめた結果やりきれないラストに行くことがある、シリーズ構成の小林靖子の脚本とはテイストが違う。
6話の「守小唄の巻」では、愛する人を失って「哀しみ」の感情が生まれた百鬼丸。
まだ目は開いていない。彼に見えるのは、魂のぼんやりした色だけだ。
憎悪や悪意があるものは真っ赤に染まる。
百鬼丸は赤い魂を、今まで問答無用で殺し続けてきた。
ちなみに2話「万代の巻」で、無害な妖怪・金小僧をスルーしている。金小僧の魂の色は、赤くない(白くもない)。
今回の絡新婦(じょろうぐも)も、真っ赤ではない。
人間の兵士が絡新婦たちを騙した時、怒った彼女は百鬼丸から見て、真っ赤に染まっていた。
だから剣を抜いた。しかしその後は絡新婦の感情がゆらぎ、ゆるやかに魂の色がかわった。百鬼丸も動きを止めた。
今までの百鬼丸であれば、絡新婦に即切りかかっていただろう。判断材料が赤いか赤くないかの二択のみで、そこに感情が起こらなかったからだ。
しかし彼は絡新婦を今回観察している。
ほとんど本能的に殺し続け(琵琶丸いわく、赤子が自分のものを取り戻すかのよう)、罪悪感を抱いていなかった百鬼丸。
人・妖怪の心理を考え、自分の意志で決断できるようになった瞬間。
神経が通って「痛み」を覚え、6話で「悲しみ」を知ったからこその反応だ。
どろろ「でもさ、あにきの耳が戻っててよかったよな。
実際に百鬼丸が、絡新婦たちの会話を理解できていたかどうかはわからない。ただ自らの行動を判断する材料の1つとして、聴覚が生きはじめた、というのはこれからの展開を考えるとかなり大きい。4話では、妹の声を百鬼丸は聴けず、兄と妖刀を斬り殺し、やりきれない結末を迎えている。聴覚が与える心理の変化描写として、今回と対になる展開だ。
輪廻転生と「火の鳥」
百鬼丸の見る魂の色は、動物・植物・妖怪・人間など、明確に分かれてはいない。あくまでも見えるのは、相手の生命の輝きか、負の感情かのどちらかだ。
なので生命の種類の境界線が非常に曖昧。魚や草木は形で理解しているようだが、それ以外はあまり区別できていない。
今回登場する弥二郎(やじろう)という男は、博愛主義者だ。
村で搾取されている人々を、命がけで外に逃がす仕事をしている。行き倒れて苦しんでいる絡新婦を、正体を知っても助けようとした。
茶碗の中に入ったごきかぶり(ゴキブリ)も、殺さず外に逃がしているほど。
弥二郎「人も虫も同じだ、生きていることに変わりはねえ」
生命を奪わずに生き延びることを決め、旅立った弥二郎と絡新婦の姿は、幸せを選択した場合の「火の鳥 鳳凰編」のようだ。

奈良時代、二人の仏師を描いた物語。
強盗や野伏で人を殺し、金品を奪う荒くれ者の男、我王。
無理やり襲った女性・速魚をとても気に入っていたものの、彼女が自分を騙していたのではないかと勘違いし、殺してしまう。
しかし殺した後に人の姿は残らなかった。「おまえは ほんとは心のやさしい いい人」「命を助けられた者です」と言って消える速魚。そこにいたのは、てんとう虫の死骸。我王は苦悶の叫びを上げる。
もうひとりの主人公、芸術に打ち込むも権力の中で狂う仏師・茜丸。
命の象徴である火の鳥に出会った彼は、人間が死んだ後、他の生物に生まれ変わる様子を目の当たりにする。
彼はもう二度と人間に戻ることはできず、他の生命をさまよい続けることになる。
輪廻転生。
人間が転生したものが虫だと考えれば、命の価値は同じだ。
悟りを開いた我王は、ラストあらゆる生き物と共に、静かに生きる道を選んでいる。
弥二郎の思想はここにかなり近い。
彼と共に逃げた絡新婦もかなり優しい。彼女は精気を吸って生きている。ただ今まで吸いきって殺したことはなく、ずっと人間を生かしてきたらしい。
絡新婦「私はごきかぶりと同じってわけだ」
弥二郎「ああ同じだ、命の重さに変わりはねえ」
これは「その程度の命」という内容ではなく、「命はできるだけ逃したい・生かしたい」という点で同じ、という意味。
脱出時の「お前の餌として生きていくか」という発言も独特。「誰かを救ってあげている」といった、上からの目線は全くなく、自分の命の価値も俯瞰して見ているかのよう。
強制労働で、ゴミのように次々人が死ぬ現場にいるからこその発言だ。
エンディングではどろろも二人の影響を受けている。
おちてきた蜘蛛を叩き潰そうとしたところ、すんでのところで手を止める。
どろろ「ごめんよ……驚かしちまったのはおいらだな……」
二人を見てどろろが変わったように、百鬼丸には「笑う」という感情が芽生えた。
負の感情で覆われていたこの作品の、ターニングポイントだ。
ところで、今回百鬼丸が刀で立ち回る際、どろろに義手を取らせている。
今まではぶん投げていた。
彼はどろろに対して、甘えることを覚えた。
人を信頼して、何かを任せるようになったのは、大きすぎる成長だ。
(たまごまご)