ピーター・ジャクソンの第一次大戦「ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド」に配信中毒者もノックアウト
どうもみなさまこんにちは。細々とライターなどやっております、しげるでございます。配信中毒10回。ここではネットフリックスやアマゾンプライムビデオなど、各種配信サービスにて見られるドキュメンタリーを中心に、ちょっと変わった見どころなんかを紹介できればと思っております。みなさま何卒よろしくどうぞ。

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いつもはネットフリックス配信の作品ばかり紹介しているこの連載だが、別にネットフリックスの作品しか紹介しない、というわけではない。そんなわけで、今回紹介するのは現在アマゾンプライムビデオにてレンタルできるドキュメンタリー『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』である。


モノクロ映像を全編カラーに! ピーター・ジャクソン監督の戦争ドキュメンタリー


この作品は、『ロード・オブ・ザ・リング』などで知られる映画監督、ピーター・ジャクソンが監督した第一次世界大戦のドキュメンタリーである。なんでこの人がこんな映画を……と思うかもしれないが、実はピーターは筋金入りの第一次世界大戦マニアだ。

ピーターは大戦中の飛行機の復元プロジェクトに参加し、同じく一次大戦を題材にしたスピルバーグの『戦火の馬』にも協力。さらには第一次大戦の飛行機が好きすぎて自分で「ウイングナット・ウイングス」というプラモデルのメーカーまで作り、10年にわたって猛烈に出来のいいキットを販売し続けている(設立当初はインターネットで全世界からのオーダーを受け付ける形で販売されていたが、近年は日本でも普通に店頭でキットを買える)。ゾンビやホラーで頭角を現し、世界的に有名なファンタジー映画を作って大ヒット。そこで儲けた金で自分の好きにできるプラモデルメーカーを設立し、飛行機の模型や実機を作り続けているという、オタクの夢を実力とバイタリティで叶えた男。それがピーター・ジャクソンなのである。


そんな第一次大戦大好きおじさんが作った一次大戦ドキュメンタリー、というのが『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』だ。この作品は、日本で見られるかどうかが怪しかった。なにぶん日本では第一次大戦はマイナーである。日本が直接大規模に参戦した戦争ではなく(といってもドイツを相手に色々と戦ってはいるのだが)、主戦場となったのはドイツを挟んだヨーロッパの東西なので、どういう戦いだったのかいまいちピンとこない。「どことどこが戦って、いつ始まっていつ終わったのか」もいまいち分かりにくく、そもそも学校の授業でもロクに解説されない。いかにピーターの映画と言えど、日本では字幕付きでしっかり見るのは難しいかな……でもどうせなら見てえな……ピーターが作ったなら絶対面白いもんな……とおれは焦れていたのである。


と思っていたところで、いきなりアマゾンプライムで配信が開始となった。見放題作品ではないものの、数百円払えばレンタルできる。もうアマゾンの足の裏すら舐める勢いで、大喜びで見てみたわけである。

トイレも食事も全部穴の中! カラーで見る地獄の塹壕戦


『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』は、BBCや帝国戦争博物館に保管されていた第一次大戦の膨大な記録フィルムを再構成した内容だ。最大の見所は、デジタル処理で白黒の映像に色をつけ、口の動きから映像の人物が何を言っているかを推測してセリフもあて、砲弾の炸裂音なども乗せて、100年前の映像なのに限界まで生々しい演出を入れている点である。

……という触れ込みの映画なのだが、この映画は始まった時点では色がついていない。「昔の映像」と聞いて想像するような、カクカクした動きの白黒の映像が流れる。
始まってすぐの時点で出てくるのは、招集に応じて訓練を受ける開戦直後のイギリス兵たちだ。その映像にかぶさって、戦後になって収録された、元兵士達の証言が流れる。とにかく開戦当初のイギリス兵たちは大半が10代と若く、冒険旅行程度の呑気な気持ちで参戦したことが、当人達の口から語られる。

映画は、この招集に応じたイギリス兵たちの視点で進む。彼らが訓練を終えて装備を与えられ……という流れが語られ、そして劇中の「あるタイミング」で、一気に画面に色がつく。シビれる演出である。


映像と証言で『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』が語るのは、西部戦線の塹壕の中での凄まじい生活と戦闘だ。前線勤務は2時間で、終われば4時間休憩できる。四六時中塹壕の中で過ごし、プライバシーは皆無。その辺に掘った穴の上にわたした丸太に座って用を足し、ガソリン臭い水冷式機関銃の冷却用水や死体が浸かった穴の中の水で紅茶を入れる。毒ガスが飛んできたときに間に合わなければハンカチを小便に浸して顔を覆い、シラミとネズミに始終悩まされる……。ナレーションで語られる悲惨極まる塹壕の生活と、生々しいカラーの映像とで、観客は否応無しに西部戦線の泥沼に引きずり込まれる。


戦闘になれば頭上1mの距離を砲弾が飛び交い、生きた心地は全くしない。隣に座っていただけの全然知らない奴がいきなり親友に見え、塹壕から出れば撃たれるかもしれないのに、とにかく誰も彼もがその場から逃げるために突撃したがったという証言が凄まじい。そして突撃すれば機関銃によって部隊の仲間が否応無しにバタバタと倒れる。それらの映像がカラーで見られるのだ。砲弾で穴だらけになった塹壕の外の荒野は一面グレーのドロドロとした荒野で、マジでこんな感じだったのか……せっかくカラーにしたのに色がないじゃん……と唖然とする。

これはピーター・ジャクソンが作った「VR第一次世界大戦」だ


と、色々書いてきたものの、実際のところこの映画を見ても第一次世界大戦全体の経過はちっともわからない。
どういう流れで戦争が推移し、なんで終わったのかがほとんど解説されないのだ。徹底してミクロな、兵士個人個人の体験と、圧倒的に実在感のある映像だけが放り出されているようなドキュメンタリーである。

しかし、色がついている第一次大戦の実際の映像は、思った以上に映画っぽい。というか、『プライベート・ライアン』みたいである。『プライベート・ライアン』もざらついて色が焼けたような雰囲気の映像で「実際にはこう見えていたんじゃないかな」と兵士の視界をプレゼンしていたが、『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』も個々の兵士の視点そのものに寄った作りである。完全再現というよりは「多分、実際にこういう感じに見えていたんだろうな……」という、フィジカルな感覚に寄り添った映像だ。

という映画なので、要はこれ、ナレーションと映像で再現する「VR第一次世界大戦」である。個々の兵士の体験に寄り添って、それを映像で再現した映画であるからこそ、「彼らが古びることはない」というタイトルがつけられたのだろう。確かに第一次世界大戦は100年前の戦争だが、兵士たちの経験や悪戦苦闘や友情や死は、現代でも古びることはない。それを表現するために、「映像自体をできるだけ生々しいものにする」という直接的かつ遠大な方法をとったのだと思う。

多分ピーター・ジャクソンという人は、第一次世界大戦という歴史的事実それ自体にはさほど興味がない。そうではなく、例えば布と木材と不安定なエンジンだけでできた飛行機で実際に飛んで戦うとはどういうことかとか、泥まみれの塹壕で震えながら砲弾の音を聞くのはどういうことかとか、そんな前線の兵隊の体験への興味の方が強いのではないか。

100年前の、今と似ているようでいろんなところが違う戦争とはどういう体験だったのか。それを探るための手段のひとつが『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』だったのだ。とてもオタクっぽい興味だが、こんな第一次大戦の映像は見たことがない。ここまでやられたら完敗である。オタクの世界チャンピオンが情熱と丁寧さをパンパンに詰めて作った映像に、是非ともノックアウトされてみてほしい。
ピーター・ジャクソンの第一次大戦「ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド」に配信中毒者もノックアウト

(文と作図/しげる タイトルデザイン/まつもとりえこ)