『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨のパワハラ会議で損害賠償請求はできる? 弁護士に聞いてみた
(左から)竈門炭治郎、鬼舞辻無惨[出典元:鬼滅の刃 2 (ジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版/Amazon]

先日、国民的ヒット漫画「鬼滅の刃」(作者:吾峠呼世晴)が週刊少年ジャンプにて完結。7月3日には単行本21巻が発売された。


「鬼滅の刃」はその名の通り、鬼狩りが人を喰らう「鬼」を滅ぼすまでを描いた冒険譚だが、主人公・竈門炭治郎および鬼殺隊の宿敵である鬼たちには鬼舞辻無惨(きぶつじ むざん/以下、無惨)という名の絶対的な支配者がいる。

この無惨の冷酷無比な性格や、部下の鬼すら簡単に切り捨ててしまう冷徹さは読者の間でも度々話題になってきた。そんな無惨の人格をよく表したエピソードが、部下の鬼たちをまとめて叱責する通称「パワハラ会議」のシーンである。

折しも、日本では6月から大企業向けに「パワハラ防止法」の雇用管理上必要な措置を講じる義務が施行された。今回は現実世界でも議論されつつある「パワハラ」について、自身もマンガ好きという村田浩一弁護士に「『鬼滅の刃』のパワハラ会議は、どう対応するのが法律的に正解なのか」という観点でインタビューを実施。パワハラ防止法の解説も交え、前後編にわたってお届けする。

『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨のパワハラ会議で損害賠償請求はできる? 弁護士に聞いてみた

無惨さんは、パワハラをやりがちな人の典型例


――今回は、事前に「鬼滅の刃」を読んでくださったということで、ありがとうございます!

村田浩一 弁護士(以下、村田):「パワハラ会議」の名前の通り、まさに問題ばっかりで問題じゃないところを探すのが難しかったです。

ただ、反面教師になるとは思いますので、管理職の方は「鬼滅の刃」を読んで、パワハラに正しい知識を持って仕事をしてほしいですね。

――最初から厳しいご意見です……! まずは「パワハラ防止法」がどういうものかをお聞きできますか?

村田:「パワハラ防止法」とは2019年に改正された法律で、正式名称は「労働政策の総合的な推進並びに労働者の雇用安定及び職業生活の充実等に関する法律」という法律です。
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――名前がめちゃくちゃ長いんですね……。

村田:そうです。長いので「労働政策総合推進法」と呼ばれています。その法律のなかでパワハラは次の3つを満たすものとしています。

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――「立場が有利な人が不必要に攻撃してくるせいで、誰かの仕事に差し支えが出ること」といった意味ですね。

村田:さらに、今年は「パワハラ指針」というのが出て、こういうことがパワハラになりますという『パワハラ6類型』が指針で明記されました。今回の無惨さんは、1番目の「身体的な攻撃」や2番の「精神的な攻撃」そして4番の「過大な要求」に関連しそうですね。
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――無惨さんはかなり性格に問題があると思うんですけど、実際にパワハラをする人はどういう方が多いんでしょうか?

村田:無惨さんは、パワハラをやりがちな人の典型例だと思っています。

――無惨さんが典型例……!!

村田:仕事はできるが独善的なところがある人、できないやつは組織を辞めてもらうしかないという考え方、気分にムラがあり感情的になりやすい、といった点がパワハラをする人の特徴にあてはまっています。

自分は正しい、部下はできない、他人は間違っているといった考え方ですね。


――お話を聞いているとまさに無惨さんですね……。自分の職場に無惨さんがいることを想像するとつらいです……。

冒頭だけで大量発生する無惨さんのパワハラ


――では、実際のシーンを見ていきます。まず、状況としては「下弦の鬼」という鬼の精鋭部隊があり、そのうち5番目に強い鬼が人間に倒されました。それに激怒した無惨さんが、残りの「下弦の鬼」を招集したところから始まります。
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村田:ここでまず引っ掛かったのは、全員の前で鬼を責めるところです。パワハラ指針にある「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返しおこなうこと」に引っかかります。

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――無惨さんが「下弦の鬼」を個別で呼んで怒れば大丈夫でしょうか?

村田:個別だったら100%セーフというわけではないですが、注意指導をする場合は、他の人の間で本人の評価が傷つかないよう個室に呼ぶのがポイントです。

あとは部下の鬼のことを「貴様」と呼んだり、「くだらぬ」などと言っていますが、これもパワハラ指針の「人格を否定するような言動を行うこと」にあたります。
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ただ、厳しい言動をしても注意指導の緊急性・必要性が高いときは許されることもあります。たとえば、部下が重大なミスをして、その場で注意するならOKといったことですね。

――無惨さんの場合は、いま精鋭の鬼がやられてけっこう緊急事態なんですけど、この場合だと叱責が法的に許される可能性もありますか?

村田:それはひとつ理由になります。下弦の鬼がやられて、緊急集会で注意指導するということであれば、必要かもしれません。
ただ、状況にふさわしい注意指導をしているのかというと、そうとは言えなさそうですが……。

あとは「平伏せよ」も気になります。義務がないことをやらせていて、いわば強要のようなことだと思います。「くだらぬ意志でものを言うな」このあたりも義務がないことを強制しているようにも見えます。
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――なるほど、冒頭だけでもパワハラが大量発生してますね……。ちなみにこの状況で「下弦の鬼」が訴訟を起こしても法的に闘えるんでしょうか?

村田:難しいです。
下弦の鬼としては「損害賠償請求」をすることになると思うんですけど、その場合は損害が発生している必要があります。たとえば、メンタルが不調になるといったことですね。

このシーンで言うと、下弦の鬼たちは恐怖は感じていますが、まだ彼らに損害は発生していないと思います。

――つまり、下弦の鬼たちは損害が出るまで耐えるしかないのでしょうか?

村田:損害賠償請求はできないんですけれど、パワハラ防止法の「雇用管理上の措置」を求めることはできると思います。

たとえば、人事に相談をしたり、相談窓口を使って、対応を求めることはできます。組織の方も申し出があったらすぐに事実を調べて、対応をとる必要があります。上司のパワハラをやめさせる、被害者と行為者を引き離す、行為者の謝罪などですね。
『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨のパワハラ会議で損害賠償請求はできる? 弁護士に聞いてみた

――なるほど、読んでいると冒頭ですでにつらいんですが、これだけではまだ無惨さんを訴訟に持ち込むことは難しいんですね。

自分が無惨さんかもしれない場合はどうするのか?


――続いて、無惨さんが呼び出した下弦の鬼たちに事情を説明し、他人のミスを他の部下になすりつけているシーンです。
『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨のパワハラ会議で損害賠償請求はできる? 弁護士に聞いてみた

村田:パワハラかどうかの判断として「教育する目的があるかどうか」がポイントになることが多いんですが、こういう「連帯責任」の場合は教育目的があるのか疑問です。

まさに下弦の鬼の「俺たちに言われても」というセリフにある通りで、「あいつに能力がなくて殺された、お前たちもダメだ」と言われても、そもそも残りの鬼に怒る必要があるのか疑わしいです。
『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨のパワハラ会議で損害賠償請求はできる? 弁護士に聞いてみた

――無惨さんは根本的にかなり理不尽ですが、ここは特に理不尽だと思います。

村田:そうですね。最後に「何がまずい?言ってみろ」と言っていますが、やっぱりこういう風に感情的になりやすい人はパワハラをやりがちなので、気をつけた方が良いと感じます。

――ここまでずっと下弦の鬼たちに感情移入しながら読んできたんですけど、ここで「もしかして自分は無惨さんなんじゃないか?」と思っている方、「自分がやっていることはパワハラなんじゃないか?」と悩んでいる方へのアドバイスもいただけますか?

村田:「もしかして自分は無惨さんなのか?」と悩んでいる方には、パワハラに対して正しい知識を持つことがポイントだと思います。周りに注意指導をする時に一度立ち止まって「ただ怒りをぶつけているのではないか」「注意する必要性がそもそもあるか」などを冷静に考えられるといいと思います。

パワハラに関する正しい知識については、最近は企業で管理職研修をやったりしているので、そういうものを活用してください。

それから、やはり無惨さんのような独善的な態度をとる方、感情的になりやすい方、気分にムラがある方はパワハラをしがちなので、より危機意識を持って周りに接することが必要だと思います。
『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨のパワハラ会議で損害賠償請求はできる? 弁護士に聞いてみた

――なるほど。パワハラの定義や実際どういうものがあるのかは知らないことも多いので、まずは「何がパワハラになるのか」知るところから始めていくべきなんですね。

後編では上記の続きとなるシーンと、鬼舞辻無惨のその他のパワハラについて「どう対応するのが法律的に正解なのか」をお聞きしていく>

【後編】『鬼滅の刃』鬼舞辻無惨のパワハラ言動を適法な言い方に直すと?
【インタビュー】 炭治郎の「水の呼吸」「ヒノカミ神楽」は実在する技がある? 武術のプロに聞いてみた
【インタビュー】日輪刀について武術の専門家に聞いたら最強武器が意外すぎた

■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。

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Profile
村田浩一

弁護士。2009年中央大学大学院法務研究科修了。2010年弁護士登録。根本法律事務所に在籍。近著『外国人雇用の法律相談Q&A』(法学書院、編集代表)が発売中。