国民的大ヒット漫画『鬼滅の刃』(作者:吾峠呼世晴)に登場する「必殺技」を、武術の専門家に解説してもらう本企画。
本作は人を喰らう「鬼」を滅ぼすまでを描いた冒険譚。主人公・竈門炭治郎をはじめとした鬼殺隊らが、敵である鬼と闘う際に用いているのが「呼吸法」や「日輪刀(にちりんとう)」である。
前編(※関連記事参照)では、炭治郎が使う「水の呼吸」や「ヒノカミ神楽」を中心に解説してもらったが、後編となる今回は我妻善逸や嘴平伊之助、そして胡蝶しのぶ、宇髄天元、甘露寺蜜璃、伊黒小芭内、不死川玄弥ら「柱」と呼ばれる精鋭部隊らが使う刀の特徴や必殺技について聞いていく。
「雷の呼吸」神速の踏み込みで有名な流派がある
――「鬼滅の刃」にはたくさんの剣士が出てくるんですが、なかでも主人公・炭治郎の同期である我妻善逸は、”神速の踏み込み” が特徴の「雷の呼吸」という技を使います。
横山雅始氏(以下、横山):実際に「神速の踏み込み」で有名な流派があって、九州の薬丸自顕流(やくまるじげんりゅう)というものです。
薩摩藩士の技なのですが、幕末の頃には新撰組の近藤勇たちに「薩摩の初撃はかわせ」と言われていたほど恐れられていた流派です。
この流派は、映画などで刀を高く上にかまえた姿がよく出てくるんですが、それとは別に「抜き」という技があります。鞘におさまっている刀をすごいスピードで抜いて大きく飛び込む技なんですが、その速度と飛び込む距離が異常なんです。
その1つしか彼らの抜き技はないんですけど、これがまた強いんですね。
――「鬼滅の刃」の我妻善逸も、事実上1つの技しか出来ないんですけど、薬丸自顕流がモデルなのかもしれないですね。
横山:そうですね。薬丸自顕流もその技1つしかなくて、その「抜き」に命をかけて練習している流派です。
――かっこいいですね……! 「雷の呼吸」の場合、神速が出せる代わりにあまり連発ができなくて、初撃がかわされるとやや困るんですが薬丸自顕流の場合はどうなんでしょうか?
横山:薬丸自顕流も基本的には一発で倒すことを目標としています。なので、初撃をかわされるとつらいところがあります。
――なるほど。「雷の呼吸」はアニメでも人気の技なのですが、それが実在していると聞くとわくわくします! それから、同じく主人公の同期の嘴平伊之助が使う「獣の呼吸」という二刀流の技があります。
横山:二刀流は江戸時代から賛否両論の技ですね。いわゆる宮本武蔵の「二天一流」などが典型ですが、武蔵も刀を二本持ったのは鍛錬のためだったという説があります。
刀を二本持つというのは有利に見えるんですが、操作がしにくいので実戦ではそんなに有利ではないんですね。
――確かに利き手でない手で刀を振るのは難しそうです…! それから伊之助はノコギリのような刃を持つ刀を使うんですが、これは実在する武器なんでしょうか?
横山:これは、厳密に言うとすべての日本刀が実はこういう形なんです。日本刀って刃先を拡大するとノコギリ状なんですよ。
「寝刃をあわせる」というんですけど、昔から切り合いをする前に、わざと荒い砥石で刀に傷をいれたり、砂の山に刃を突っ込んだりするんです。そうして刃先に小さなギザギザを作って刀を斬りやすくするんですね。
だから、伊之助はそのギザギザが大きい刀を好んでいるということだと思います。
――実際、伊之助はきれいな刀を石にぶつけてわざわざノコギリ状にしたりしているんですが、あれは実は「寝刃をあわせ」をしていたんですね!
蟲の呼吸の「毒」は効果的なのか?
――続いては、鬼狩りの精鋭部隊である「柱」が使う技のうち、比較的現実でも出来そうな技を中心に見ていきます。まずは、小柄な隊士・胡蝶しのぶが使う「蟲の呼吸」。彼女は力がないので突きで勝負している剣士で、刀に毒を仕込んでいます。
横山:「実戦で毒が使えるのか」に関して言うと、一対一の勝負ならあまり効果はないんです。
毒というのは効くまでに少なくとも数秒かかるので、その数秒で相手にやられてしまいます。実戦では0.5秒でも命取りになってしまうので、効くまでに数秒かかる毒は使い物にならないし、結局相打ちになってしまうんですね。
ただ、合戦などでは毒を仕込むこともありました。この場合は「昼に仕込まれた毒が、夜になったら効いてきた」といった使われ方です。
――毒はあくまでチーム戦向きで、個人戦には向かないものなんですね……。それから、しのぶさんは切っ先がとがった剣を使うんですけど、これについてはどうでしょうか?
横山:これはフェンシングのように、振り回す、突くといった動きに向いている剣ですね。敵に思いっきり剣を払われると折れますが、軽いので実際に使うのにもアリだと思います。
――鬼滅の刃にはいろんな形の剣が出てくるんですが、実際にそれぞれの戦い方にあった剣が選ばれているんですね。では続いて、元忍の宇髄天元が使う「音の呼吸」という技です。
横山:これは動きとしては中国武術に近そうですね。剣術ではないですが、鎖術でこういう長い鎖を振り回す技があります。
――刀が特徴的なんですが、これはどういう意味があるんでしょうか?
横山:うーん、刀剣類は刃渡りが15cm以上だと銃刀法違反にひっかかるから、刃渡りを15cm未満にしたかったのかな。
――爆発音を鳴らしまくる「音の呼吸」を使う宇髄さんが、銃刀法を気にするか怪しいですが、そうかもしれないですね……! 「蟲の呼吸」はフェンシング、「音の呼吸」は中国武術といったように「柱」の技は海外の武術を元にしたものが多いようですね。
「恋の呼吸」と「蛇の呼吸」は実際にある?
――続いて、同じく「柱」である甘露寺蜜璃の「恋の呼吸」を見ていきます。これはムチのようにしなる剣を使うのが特徴です。
横山:これはインドのWhip swordが近いですね。鉄で出来たムチのような剣なんですが、先がしなるので敵にバーンと当てて攻撃できます。
――これも実在する武器なんですね! 甘露寺さんは体がやわらかいのでこのムチのような剣が使えると言われているんですが、実際「ムチの剣」でも体の柔らかさはいるんでしょうか?
横山:重要ですね。そもそも鉄鞭は生まれつき体が柔らかくないと使いこなすのが難しくて、100人がこれを習ったとして、モノにできるのは1人か2人という世界です。
――なぜそんなに体のやわらかさが必要なんでしょうか?
横山:体がやわらかくないと、思うようにムチが動いてくれないからです。鉄鞭は体の動きに合わせてムチを振るうように動かすんですが、固いとその操作ができないんですね。
――甘露寺さんは作中でも特に身体能力に恵まれた人とされていますが、実際にかなり才能が必要な武器を使っているんですね。それからその甘露寺さんと仲が良い伊黒小芭内は「蛇の呼吸」を使います。
横山:この刀は日本のものではないですね。東南アジアや中国などで見られる「蛇刀」です。
大きいので重さがあって、刃のどこが当たっても威力があるという刀ですね。
――扱いが難しい刀なのでしょうか?
横山:東南アジアや中国は、根本的に日本と体の動かし方が違っていたので(昔の)日本人には難しいです。
伊黒さんの刀を当時の日本人がムリに使うと、体にスキが出来たり威力がなくなったりしたはずです。
その昔、海外からこの伊黒さんの刀のような武器が入ってきたこともあるんですが、身体の使い方が違うこともあり日本では普及しませんでした。
――甘露寺さんや伊黒さんは、やや特殊な身体能力が必要とされる刀を使っているんですね。
もっとも強いのは不死川玄弥の銃ではないか説
――最後に、主人公・炭治郎の同期で、鬼狩りの中で唯一「銃」を使う不死川玄弥について見ていきます。
横山:これは逆に私からの質問なんですが、なぜ他の隊士は銃などの飛び道具を使わないんでしょうか?
――鬼の首を斬るには銃より刀が有利なのかと思っていましたが、違うのでしょうか……?
横山:首を落とすなら、まず飛び道具を使う方がいいと思います。一発で倒そうとせずに、まず飛び道具でひるませてから、槍で首を斬るとかですね。
実際に、戦国時代も武器の40%は銃だったし、平安時代でも弓矢は重要でした。
――新しい視点すぎるんですが、「鉄のように硬い」という鬼の首を斬る場合でも銃の方がいいんでしょうか?
横山:銃と刀では破壊力が違うので、やはり銃の方がいいですね。
たとえば、昔の火縄銃なら50m離れたところから打っても、厚さ1mmぐらいの鉄のよろいを簡単に貫通できるんですよ。ところが、刀で鉄のよろいを突くと刃こぼれして、厚さ1mmでも致命傷を負わすほど貫通させることは出来ません。銃と刀は、威力が全然違うんです。
――鬼狩りの隊士には刀が与えられるんですけど、これはもしかして銃を配った方がいいんでしょうか?
横山:そうですね。刀を配るより、不死川玄弥の銃をもう少し大きくして、破壊力をあげたものを全員に配る方がいいと思います。
大正時代ならリボルバー式の銃もあるし、連発式の銃にして隊士には早撃ちの練習をしてほしいです。
――「鬼滅の刃」のイメージがだいぶ変わりますね。刃が出てこなくなります。
横山:刀って持ち運びやすいのと、短いので部屋でも使えるのが便利ですが、すぐに折れるし攻撃力も弱いんですね。
威力や武器としての強さを考えると、炭治郎たちにはぜひ銃のような飛び道具を使うことを検討してほしいです。
――わかりました。週刊少年ジャンプでの連載は完結しましたが、単行本ではまだ鬼殺隊が死闘を繰り広げているのでこの考察が炭治郎たちにも届いてほしいです。実践的なお話をたくさんお聞かせいただき、ありがとうございました!
【前編】炭治郎の「水の呼吸」「ヒノカミ神楽」は実在する技がある?
【インタビュー】鬼舞辻無惨のパワハラ会議で損害賠償請求はできる?
【インタビュー】鬼舞辻無惨のパワハラ言動を適法な言い方を弁護士が解説
■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。
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日本甲冑合戦之会/ガチ甲冑合戦 代表