『エール』第17週「歌の力」 81回〈10月5日(月) 放送 作・吉田照幸 演出:橋爪紳一朗、鹿島悠〉

『エール』召集解除に罪悪感を抱く裕一 同じく作曲家の木枯はどうだったのか、実在モデルと史実を比較する
イラスト/おうか

特別な裕一

『エール』のチーフ演出家であり、脚本も一部手掛ける吉田照幸が、10月4日(日)の夜、Twitterにこのようなことをつぶやいていた。

“明日からの「エール」は、厳しい時代を描きます。朝見るドラマなのにと迷いもありましたが、主人公の人生を物語るには必要と真っ向から挑んでます。
心から見て欲しいです。”

作り手が覚悟する「厳しい時代」、心して見たい。

「裕一さんが戦地に行ったら誰が音楽作るの?」(音)
「そもそも招集は名誉なことよ」(吟)

裕一(窪田正孝)に召集令状が来た。徴兵検査は丙種(身体的に戦場に出るのは難しい)だったことと、音楽を作って国に貢献していたため思いがけないことだった。

音(二階堂ふみ)は軍人である、吟(松井玲奈)の夫・智彦の力でなんとかならないかと頼みに行くが、無理とすげなく断られる。

数日後なのか翌日なのか、間に豊橋・関内家のエピソードが挿入されるので、よくわからないが、映画会社の三隅忠人(正名僕蔵)が映画『決戦の大空へ』の主題歌を作ってほしいと頼みに来る。

海軍航空隊の予科練習生を主題とした映画で、当時大人気の女優・原節子が出ること、作詞家は西條八十であることなど、気合の入った大作らしい。小山田耕三(志村けん)に頼もうとも思ったが、裕一を選んだと熱い。

裕一は、引き受けたいのはやまやまだが招集されたと三隅に伝える。この映画の仕事を理由にすれば兵役が免除にならないかと、音は再び、吟の元へ。でも吟の態度は変わらない。「苦しい、苦しい」と胸のうちをストレートに吐くしかない音。
吟は、智彦はすでに戦場に行っていると言い、日本は勝つと信じて疑わない。

バリカンで髪を切ってくれと頼む裕一に、あきらめきれない音。すぐそばにある愛情を確かめ合っていると、三隅がやって来て、個人的なツテで招集を即日解除してもらったと言う。「僕だけ特別?」と罪悪感を抱く裕一に、音はなんとも言えない顔をする。おそらく音はほっとしている。

音にもやもやする理由

問題が起こってもすぐに解決するのは、朝ドラによくあること。いやな出来事を引きずらず、なにごともなくよかったねえで済むほうが気分のいいものだから。

ただこの、招集で落ち込んだ15分後に特別に解除されたという状況は、なんだかもやもやした。裕一が罪悪感を抱いたようだったからまだしもだが、主人公だけ恵まれているではないかという気分になる。こういう描き方を選択したことが極めて挑戦的といえるだろう。

裕一はまだいい。罪悪感を覚えたようだから。一方、音はとりわけ難易度の高い役になっている。
彼女の気持ちも行動も無理もないのだが、とても自分本位に見えてしまうような描き方がされている。

『エール』召集解除に罪悪感を抱く裕一 同じく作曲家の木枯はどうだったのか、実在モデルと史実を比較する
写真提供/NHK

古山夫妻は、裕一が戦時歌謡を作ることで、戦時下、優遇されており、どうやらそれに甘んじていた。それが突然、一週間後に戦場へと言われたら普通は呆然としてしまうだろうし、「死」がすぐそばにあったら、なんとしてでも避けたいと思うものだとも思う。音が取り乱し、ずるでもなんでもして免れようと躍起になるのもわからなくない。ただ、この時代、みんな我慢を強いられていたから、音のような言動は、とても勝手な人に見える。

主人公の妻――ヒロインという立場にもかかわらず、どうして、誰もが等しく彼女を応援できるように描かないかは想像できる。音のような考えも、吟のような考えも、なんなら国防婦人会の人たちの考えも、どれが正しいと安易に判断しないように配慮しているのだろう。古山夫妻がどうすることが最適か自ら迷うことで、視聴者にも問いかけている。

そうはいっても、迷うことや答えがわからないことがベストかというとそうでもないわけで。16週に久しぶりに登場した、裕一の同僚の作曲家・木枯(野田洋次郎)は自曲が「軟弱」と言われていると語っていた。

彼のモデル・古賀政男が当時どうだったかと自伝『わが心の歌』(展望社刊)を読むと、招集の赤紙も軍からの慰問の要請もなかったとある。軍隊からの作曲依頼は2度ほど。
ほかにNHKの依頼で軍歌を1曲。どれも哀愁を帯びたものだった。「軍部から睨まれていたとすれば、一連のコミックなラブソングの作曲者としてである」とも書いてあり、それらは「敵性音楽」として発禁に。戦争が激しくなるにつれ収入も途絶えてきた。

戦争をはつらつと応援する曲が作れないことは古関裕而も変わらないが、哀調をこめながらも多数の戦時歌謡を作ってきた古関とほぼ軍事歌謡や軍歌を作っていない古賀政男とは何が違うのか。

自伝には多くを記してはいないが、古賀政男は、そもそも軍に期待もされなかったようだし、時代に合わせた曲を作る気もなかったように感じる。古関裕而のような西洋音楽の基礎がなかったから時勢に合うものが作れなかったのかもしれないし、それはよくわからない。でも、古関裕而は多くの戦時歌謡を依頼されて作り、古賀政男はほとんど依頼もされず、自曲を発禁にすらされているのである。この違いはなんなのか。もし自分だったらどうするか。考えることが大事だと思う。

古関裕而に召集令状が来たのは昭和20年

『エール』では史実と順番がかなりシャッフルされている。古山裕一のモデル・古関裕而も実際、招集されているが、戦争が激化し、東京大空襲もあった翌年の昭和20年(終戦の年)のことで、その前の昭和19年、東宝映画『決戦の大空へ』の主題歌も作ってヒットさせ、戦地に慰問に何度も行っている。
古関の場合は、本名とペンネームによって間違えて令状が出たものだった。つまり、そもそも免除されていたらしい。軍に歌で協力しているから?

五郎と梅、結婚

全体的に重たい話のなかで、五郎(岡部大)が馬具製造の試験についに合格。7年ごしに梅(森七菜)と結ばれるエピソードも描かれ、ほっこりした。裕一の助言、好きな曲を思い浮かべたことで、試験がうまくできたのだ。サブタイトルの「歌の力」ここにあり。
(木俣冬)

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主な登場人物

古山裕一…幼少期 石田星空/成長後 窪田正孝 主人公。天才的な才能のある作曲家。モデルは古関裕而。
関内音→古山音 …幼少期 清水香帆/成長後 二階堂ふみ 裕一の妻。モデルは小山金子。

古山華…根本真陽 古山家の長女。

関内梅…森七菜 音の妹。文学賞を受賞して作家になり、故郷で創作活動を行うことにする。
田ノ上五郎…岡部大(ハナコ) 裕一の弟子になることを諦めて、梅の婚約者になる。

関内吟…松井玲奈 音の姉。夫の仕事の都合で東京在住。
関内智彦…奥野瑛太 吟の夫。軍人。

廿日市誉…古田新太 コロンブスレコードの音楽ディレクター。
杉山あかね…加弥乃 廿日市の秘書。
小山田耕三…志村けん 日本作曲界の重鎮。モデルは山田耕筰。
木枯正人…野田洋次郎 「影を慕ひて」などのヒット作を持つ人気作曲家。
コロンブスから他社に移籍。モデルは古賀政男。

梶取保…野間口徹 喫茶店バンブーのマスター。
梶取恵…仲里依紗 保の妻。謎の過去を持つ。

佐藤久志…山崎育三郎 裕一の幼馴染。議員の息子。東京帝国音楽大学出身。あだ名はプリンス。モデルは伊藤久男。
村野鉄男…中村蒼 裕一の幼馴染。新聞記者を辞めて作詞家を目指しながらおでん屋をやっている。モデルは野村俊夫。

藤丸…井上希美 下駄屋の娘だが、藤丸という芸名で「船頭可愛や」を歌う。

御手洗清太郎…古川雄大 ドイツ留学経験のある、音の歌の先生。 「先生」と呼ばれることを嫌い「ミュージックティチャー」と呼べと言う。それは過去、学校の先生からトランスジェンダーに対する偏見を受けたからだった。

『エール』召集解除に罪悪感を抱く裕一 同じく作曲家の木枯はどうだったのか、実在モデルと史実を比較する
写真提供/NHK

番組情報

連続テレビ小説「エール」 
◯NHK総合 月~土 朝8時~、再放送 午後0時45分~
◯BSプレミアム 月~土 あさ7時30分~、再放送 午後11時~
◯土曜は一週間の振り返り

原案:林宏司 ※7週より原案クレジットに
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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