炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説

劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』が絶好調だ。10月16日の公開以来、記録的なヒットを続けており、興行収入は259億円(※11月23日時点)を突破し、日本歴代3位となっている。


本作は、コミック単行本『鬼滅の刃』(作者:吾峠呼世晴)の7-8巻をもとにアニメ化したもので、人の夢に入り込んで攻撃することができる鬼・魘夢と主人公・炭治郎らの闘いが描かれている。

夢をめぐる心理戦や激しい闘いが魅力ともなっている本作だが、実際の「夢」とはどういうものなのだろうか。今回は、劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』での夢の描き方について、人の見る夢や悪夢を研究している東洋大学社会学部教授の松田英子氏にお聞きした(以下、映画のネタバレを含む)。
炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説


夢は1度の眠りで何回も見ることが多い


――映画の内容に入る前に、そもそも夢とはどういうものなのでしょうか?

まず「(脳には)自分だけの記憶の図書館がある」と思ってください。

その中に「家族」「小学校」「会社」「恋愛」みたいなカテゴリーがあるんですね。

――図書館で、棚ごとに本のジャンルが分けられているようなイメージですね。

そうです。
そんな風に、私たちの生まれてからの記憶というのは全部どこかに保存されているんです。

そして、夢というのは日中にあった出来事や寝る前に見たり聞いたりしたものをきっかけにして、そこから連想したものが出てくることが多いです。

たとえば、その日あった人が夢の中に出てきたら、次はその人に関係しているものが出てきたりするんですね。例えば、名前が似ている人とか、関わっている活動とか。
炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説

すべてが連想から繋がったものではありませんが、夢の最初の方は繋がっていることが多いですね。

――夢って実際には何分ぐらい見ているんでしょうか?

夢は寝ている間に1回だけではなく何回か見ているんです。


最初の夢は2〜3分ですが、見るたびにだんだん長くなるので、最後の方の夢だと30分くらいのものもあります。

――起きたときに覚えているのは最後の夢、ということでしょうか?

そうです。最初の夢も中盤の夢も、見ているときに起こされると覚えていますね。

――なるほど。知らないことがたくさん聞けておもしろいです!

炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト、善逸の夢は女の子がメイン


――映画では敵に眠らされた炭治郎たちが、それぞれ「本人にとって一番幸せな夢」を見させられます。まずは主人公・炭治郎の夢についてはどうでしょうか?
炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説

リアリティがありますね。「亡くなった人が夢では生きていて会えた」という夢は、世界共通で多いです。


特に炭治郎さんはすごく家族思いなので、普段から脳の中の「家族」のカテゴリーが活性化されやすいんでしょうね。彼はもともと家族の夢をよく見る子なんだと思います。

ただ、これが幸せな夢なのかは難しいところですね……。

――本人は家族に会った瞬間から泣いていますよね。

そうですね。「サバイバーズ・ギルト」といって、生き残った人が亡くなった人に対して感じる罪悪感だと思います。


「助けられなかった」「自分だけ生き残ってしまった」「自分以外に助かるべき人がいた」と思って自分を責めてしまうことですね。

――「助けられなかった」「自分以外に助かるべき人がいた」というのは『鬼滅の刃』でよく出てくる言葉で、そう言われると全体的にサバイバーズ・ギルトを持っている人物が多いように思います。

次に(炭治郎の同期の)善逸の夢についてはどうでしょうか?
炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説

善逸さんって、女の子に対するこだわりがすごく強い子ですよね?

――そうです。

「女の子」というのが自然と夢に出てきやすい子だと思います。

――納得感があります!

夢って、興味があってよく考えているカテゴリーのものが出やすいんですね。

善逸さんのように「女の子」というカテゴリにすごく興味があって、コンプレックスや憧れもあって何度もそのことを考えている人は夢に「女の子」が出やすいんです。


だから、善逸さんはこういう夢を実際見ていそうだなと思います。

――善逸の夢は読者としても納得の内容だと思うのですが、専門家から見てもあり得そうなのがおもしろいです……!

伊之助の夢はリアル、煉獄さんの夢は心残りが現れたもの


――続いて、同じく炭治郎の同期の伊之助の夢です。
炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説

これもリアルだなと思います。仲間の中でも一番強くなりたいという気持ちが強い。特に、ここでは夢に出てくる炭治郎と善逸の顔があまりわからなくなっていますよね。

――名前も少し違っています。

こういう、「Aさんと話していることはわかるが、Aさんの顔ははっきり見えない」とか「誰かが夢に出てきていたけど、それが誰だかわからない」といった現象は、夢の特徴なんですね。
だからリアリティがあるなと思いました。

――なるほど! 次に、炭治郎たちより強い「柱」という階級の剣士、煉獄杏寿郎の夢です。
炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説

これは煉獄さんの心残り、なんでしょうね。

「どうして父は変わってしまったのだろう」「残してきてしまった父と弟はどうしているだろう」といったことを、「考えてもしかたがない!」と言いつつ、心の中では考えてしまっているんだと思います。

夢って、そもそもこういう「気がかりなこと」や「まだ解決していない出来事」が出てきやすいんですね。

変わってしまった父のことや、両親に代わって愛情をかけてあげたい弟のことが、本人の中でまだ決着がついていなくて夢に出てきたんだと思います。しかし、辛くても現実を直視するまっすぐな心が現れていると思います。

――煉獄さんは、登場人物の中でも面倒見がよい人と言われているので残してきた家族のことを気がかりに思っているのは納得です。それぞれ人物にあわせた夢を、違和感がないように描かれているのもすごいですね。

鬼滅の刃は「夢」がよく出てくる作品


――夢の専門家として見たときに、鬼滅の刃はどう見えるものでしょうか?

映画に限らず、作品全体を通じて「眠り」というものをすごく大事なものとして考えているんだろうと思います。

鬼の禰豆子さんが(人を食べる代わりに)眠って回復する、善逸が眠っている状態で技を出す、映画に出てくる夢の技と、「夢」や「眠り」に関わるエピソードが多いですよね。
炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説

――確かに、「眠り」が重要な要素になっていることは多いですね。

「眠り」を、本人のポテンシャルを引き出すものとして考えているのかもしれません。

あとは、こんなにキャラクターの夢を書き分けて、いろいろな人の心象風景を描かれているということは、原作者の方がそもそも夢をよく見る方なのかもしれないですね。専門家として、一度お話を聞いてみたいです。

――なるほど、『鬼滅の刃』を新しい視点で知ることができておもしろかったです!

<後編では、劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』に出てくる睡眠術の技が実際にできるのかなどを聞いていく>

【後編】『鬼滅の刃 無限列車編』で夢を攻撃に用いる有効性は? 悪夢を研究する大学教授に聞く

■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。
Twitter:https://twitter.com/_maishilo_
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Profile
松田 英子

お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。公認心理師・臨床心理士。2015年より東洋大学社会学部社会心理学科教授。著書に『夢と睡眠の心理学』(風間書房)などがある。現在朝日出版社のウェブマガジンで「夢をデザインする―夢の世界の住人」を連載中。