『鬼滅の刃 無限列車編』で夢を攻撃に用いる有効性は? 悪夢を研究する大学教授に聞く

『鬼滅の刃 無限列車編』で夢を攻撃に用いる有効性は? 悪夢を研究する大学教授に聞く

10月16日の公開以来、記録的なヒットを続けている劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』。

人の夢に入り込んで攻撃することができる鬼の魘夢(えんむ)と、主人公の炭治郎らが繰り広げる闘いが魅力ともなっている本作。

「催眠術」や「夢を使った心理戦」などが描かれているが、実際の「夢」はどういったものなのだろうか。今回は、劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』での夢の描き方について、人の見る夢や悪夢を研究している東洋大学社会学部教授の松田英子氏にお聞きした(以下、映画のネタバレを含む)。
『鬼滅の刃 無限列車編』で夢を攻撃に用いる有効性は? 悪夢を研究する大学教授に聞く

魘夢の攻撃は実際にされると大きなダメージがある


――劇中に登場する敵・魘夢は「催眠術で相手を眠らせ、夢を見させて、精神的に攻撃する」という技が使える鬼なのですが、これは実際どこまで現実的なのでしょうか?
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そもそも催眠術というのは「催眠状態」にするものであって、夢を見る状態にするものではないんですね。

催眠術は、術をかけてかかればそこから「催眠状態」がスタートしますが、夢は睡眠の中のひとつの状態なので、眠り始めてもすぐに見られるわけではないです。
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――そうなんですね……! 次に「思った通りの夢を見せる」「夢の中に入る」といったことは可能なのでしょうか?

いまのところ「人が見ている夢を誰かがモニター越しに見る」というようなことはできません。

ただ、人が何の夢を見ているかを推測する実験はされていますね。

――他人が何の夢を見ているかがわかるんですか?

たとえば、(起きているときに)成人男性の画像を見たり、イメージを思い浮かべた時の脳活動と、仮眠をとって入眠した脳活動が似ていたら「この人はいま男性の夢を見ているな」と推測できるという実験ですね。

夢のストーリー全体がわかるわけではないですし、通常の睡眠中の夢はそもそも情報量が膨大なので難しいですが、研究自体はチャレンジされて進められています。

――おもしろいですね! あと、魘夢は「夢を使った精神的な攻撃」が多いのですが、実際夢で精神的にダメージを受けることはあるのでしょうか?

私は主に悪夢の研究をしているんですが、悪夢って自殺するリスクとの関係性がすごく強いんですね。

たとえば、自殺を試みて助かった人に聞いてみると、自殺の直前に悩まされている症状って悪夢だったりするんです。

もちろん、不眠に悩んでいる方も多いですが、専門家として言うなら悪夢を繰り返し見るなら特に治療や支援が必要だと思います。

――悪夢ってそんなに深刻な問題なんですね。

そうですね。それから、魘夢って「夢か現実かわからなくなる」という技も使いますよね。

これも実際に起きることで、すごくトラウマがある人に出る症状です。強いトラウマがあると、そのトラウマのシーンをそのまま再生する悪夢を見ることがあります。しかも、起きているときにも急に脳内にトラウマのシーンが再生される「フラッシュバック」を起こしたりするんです。

その場合、寝ていても起きていても実際にあったトラウマのシーンが再生されるので、夢か現実かわからなくなってくるんですね。悪夢の症状が強い人に出る症状で、すごくつらいです。目覚めの気分が悪いことも、その日の気分や考え、行動にも影響を与えることが調べられているんですよ。

――悪夢ってある意味でよくあることなので軽く見ていたのですが、本当に精神的に大きなダメージを与えることがあるんですね……。魘夢の技が実際に効力(攻撃力)があることにも驚きです。
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魘夢の技にかかるとしたら善逸だけではないか


――続いて、魘夢の技への反撃シーンについて見ていきます。まずは炭治郎が夢の中で「これは夢だ」と気付きます。

これは明晰夢ですね。夢の中で「これは夢だ」と気付く夢のことです。現実との違いを発見したときなどに起こりますね。

なかなか見られるものではなくて、たとえば月に1回の頻度で明晰夢を見れる人は10%以下ですね。

――明晰夢はどういう人が見やすいのでしょうか?

一般的にはクリエイティビティ、創造性が豊かな人の方が明晰夢を見やすいですね。

関係はまだはっきりとわかっていませんが、明晰夢をよく見る人と、そうでない人を比べると、創造性のところで違いがありますね。

なので、真面目で現実的にしっかりとしている炭治郎さんが明晰夢を見るのはちょっと意外ですね。

――炭治郎も戦闘ではかなりクリエイティブな闘いをするので、その影響かもしれないですね……! 次に、炭治郎が夢から起きるには自決が必要だとわかって自決するシーンです。

実際の明晰夢なら、声を出したり、指を動かすと起きられます。よく見る方ならストーリーを自分の都合のいいように変えて、いい気分になったら起きるということもできます。

あとはこれ、夢だから痛くないんじゃないかと思ったんですけど、どうなんでしょうか?

夢では、痛みを感じる場面でも痛みがないなど、痛覚の体験はたまにしかない人が多いです。炭治郎さんは身体感覚に敏感になるように鍛えられているので痛みを感じた可能性もなくはないですが……。

――炭治郎が痛そうだから勝手に痛いんだと思ってましたが、きっと夢なら痛くないですよね……!?

むしろ覚悟がすごいってことの表現なんだと思いました。おそらく夢の中では痛くないはずです。寝る前に負った傷があれば別ですが。

――すごく痛そうなシーンだったので少し安心しました。あとは、善逸や猪之助など他の鬼殺隊士たちは、炭治郎のようには起きないものの夢の中で闘い始めるんですが、ここについてはどうでしょうか?

善逸さんも猪之助さんも「異常に我が強い」から夢の中で違和感を察知できたというシーンですね。

実際に暗示や催眠にかかりにくい人いるのは確かなんです。そして、どのキャラクターもかかりにくそうな子だとは思いました。

――登場人物全員、けっこう我が強そうですよね。

そうですね。この中でひっかかりやすいのは善逸さんぐらいじゃないのかな。

ギリギリのところですごく素敵な女の子たちに誘われたりしたら危なかったかもしれませんね。
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――リアルですね(笑)。おもしろい考察をありがとうございます!

魘夢の言うことはだいたい間違っている


――次に、魘夢が夢について語っているシーンがいくつかあるので、それが本当に正しいのかをお聞きしたいです。まずは「夢を見ながら死ねるなんて幸せだよね」というセリフですね。

夢を見ながら死ぬことはないんじゃないんでしょうか?

睡眠中って、夢を見ているときと見ていないときがあるんですけど、ざっくり言うと夢をみているときは体の休息、夢を見ていないときは脳の休息なんですね。

つまり、夢を見ているときって体が正常に休息を取れているときなので、そのまま死ぬのはけっこう難しいんじゃないのかな。
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――なるほど! では次に、「幸せな夢(中略)を見ていたいっていう人間の欲求はすさまじいのにな」というセリフについてお願いします。

普通は生活の中でストレスを感じていると幸せでない夢を見るのですが、確かに「夢くらい幸せに……」という気持ちはあるでしょう。

ただ、夢の中で感情がたかぶってくると、目が覚めやすくなるんですね。だから幸せな夢の中で「やったー!」って大きく喜んだりしたら覚醒レベルが上がって、そのまま目が覚める可能性があると思いますけど。
『鬼滅の刃 無限列車編』で夢を攻撃に用いる有効性は? 悪夢を研究する大学教授に聞く

――魘夢、けっこう夢について間違った知識で鬼殺隊と戦ってますね……。あとは魘夢には「自分が精神的に影響されたくないから、自分は人の夢には入らない」というポリシーがあるんですが、これについてはどうでしょうか?

そもそも人の夢には入れないですけれど(笑)。人の精神に影響されやすいという点では、精神科医や心理士に近いですね。精神を扱うような仕事の場合、その人の気持ちに近付いていきながらも第三者的に見るというトレーニングすることで距離を保つんですね。

なので、トレーニングすれば自分が相手の感情に巻き込まれることは少ないはずです。
『鬼滅の刃 無限列車編』で夢を攻撃に用いる有効性は? 悪夢を研究する大学教授に聞く

――魘夢の知識不足と怠慢が目立ちますね。最後に「人間の心なんてみんな同じ 硝子細工みたいに脆くて弱いんだから」というセリフがあります。

鬼から見たらそうなのかもしれませんね。「限りある命の中でいろんな体験をして、喜怒哀楽の感情を持っている」ということで言えば、人間の心は繊細なのかもしれません。

ただ、心理学として言うなら、人間の心は「傷つくこともあるけれど、そこから回復する」というものです。いろんな体験をして、そこから得たもので強い自分になっていくという点でみれば、必ずしも繊細なだけではないと思います。
『鬼滅の刃 無限列車編』で夢を攻撃に用いる有効性は? 悪夢を研究する大学教授に聞く

――鬼から見たら弱く見えても、心理学で考えると人間には人間なりの強さがあるということですね。おもしろい話がたくさん聞けて嬉しいです! ありがとうございました!

【前編】炭治郎の夢はサバイバーズ・ギルト 『鬼滅の刃 無限列車編』を夢を研究する大学教授が解説

■まいしろ
社会の荒波から逃げ回ってる意識低めのエンタメ系マーケターです。音楽の分析記事・エンタメ業界のことをよく書きます。
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Profile
松田 英子

お茶の水女子大学大学院人間文化研究科修了。博士(人文科学)。公認心理師・臨床心理士。2015年より東洋大学社会学部社会心理学科教授。著書に『夢と睡眠の心理学』(風間書房)などがある。現在朝日出版社のウェブマガジンで「夢をデザインする―夢の世界の住人」を連載中。


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