『おちょやん』第3週「うちのやりたいことて、なんやろ」
第12回〈12月15日 (火) 放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉
わーー高城百合子…さん
8年前に、千代(杉咲花)の心を鷲掴んだ名女優・高城百合子(井川遥)が川べりでボロ布をまとって立っていた。何かから逃げているらしき百合子を岡安に連れていく途中、ライバル茶屋の椿、ぼたん、あやめに呼び止められ、誤魔化す千代。【前話レビュー】千代が将来について考える第3週の始まりに、杉咲花の良いところをたくさん挙げてみる
11回に続いて「椿さん、ぼたんさん、あやめさん」と千代がいちいち早口で呼ぶものだから、脇役の3人の名をすっかり覚えてしまった。
あいにく、ご寮人さん(篠原涼子)は留守。かめ(楠見薫)は、百合子のことを知らない。
かめ「知らん」
千代「あかん」
かめは芝居茶屋に長くつとめながら芝居に興味がないのだろう。その素っ気なさが魅力。
一方、ハナ(宮田圭子)はさすが道頓堀のことを知り尽くす重鎮、百合子を知っていた。「ここ道頓堀は役者さんとともにいる街だす。またええお芝居見せておくれやす」と思いやりをこめて声をかけるが、百合子は通された部屋の窓辺に座ってぼんやり外を眺めるばかり。
照明が強烈に当たって白く光るその横顔を「やっぱりきれいやな」と見とれてしまった千代は、彼女のことを思って仕事が手につかない。8年経過していれば、千代が毎田暖乃から杉咲花に変わったように人は変わるものだが、百合子の美貌は変わらない。
「……ってこの人、行ったときのまんまや」
えびす屋の熊田(西川忠治)の話から千代は、百合子がなぜ身を隠しているか理解する。鶴亀興行の社長と喧嘩して飛び出したのだとか。
「役者辞めてしまうかもわからへんな」という熊田は、早川延四郎(片岡松十郎)といい、まだまだやれるのにもったいないとぼやく。
「ほんまに役者ちゅうもんは……」と熊田は言うが、役者と乞食は3日やったらやめられないという言葉もある。
ちょうど『おちょやん』では役者の街・道頓堀に乞食も暮らしていることを描いている。役者も昔は「河原乞食」と言われていて、ある種同類なのである。
ここは役者にも乞食にもやさしい世界だから、暮らしやすそうにもかかわらず、百合子や延四郎を俳優の道から遠ざけようとする原因はなにか。わからないまま千代が岡安に戻ると――
「……ってこの人、行ったときのまんまや」(黒衣 / 桂吉弥)
百合子は窓辺にもたれていた。たぶん、ここ笑うところ。
百合子はのんきに食事はまだかしらなどと言い、出された食事は、きのこ類ばかり食べている。千代がお酒をお持ちしましょうかと気を利かせると、ぶどう酒を所望する百合子様。
あれしか飲まない、飲むと気分が高ぶってくるのと言う百合子様っぷりに「女優さんてみんなこないなもんなんやろか」と千代は思う。将来、彼女が女優になったとき、こんなふうになるんだろうか。
「一生一回自分が本当にやりたいことをやるべきよ」
百合子は千代になんでお茶子になったのか聞く。「そういうのすごく気になっちゃうの」とのことで、ぶどう酒で気分を高揚させ、他者の成り立ちを知りたがる、それが俳優ってところだろう。百合子が役者になろうと思った理由は「男に負けたくなかったし」「私は自分の力だけで生きていかなくちゃならなかったの」と強い意思を見せる。
なかでも一番のモチベーションは「(自分自身に)言われたから」と聞いた千代は、ぶしつけに、いまはやめろという声が聞こえているのか、と尋ねてしまう。
気まずさを誤魔化すように、いや、なぜかしらねど役者をやめようとしている百合子を元気づけたくて、「私がしようと思うことはぜひしなくちゃならないと思ってるばかりだす」と千代は『人形の家』のセリフを諳んじる。
走って持ってきた字の勉強した台本。何度も読んで、紙が膨らんだ台本が8年間に及ぶ、千代の歴史を物語っていた。
千代と百合子は『人形の家』の一節を読み交わす。百合子は徐々に生き生きとノラになっていく。
「私には神聖な義務がほかにもあります」
妻や母というあらかじめ決められた役割に甘んじることなく、自分のやりたいことを自覚し、それを貫く、女性にもそんな生き方を提案する『人形の家』のセリフ群が、舞台から映画に転向しろと言われ失望していた百合子をいま一度、奮い立たせ、同時に千代の心を目覚めさせていく。
「一生一回自分が本当にやりたいことをやるべきよ」
百合子は、千代がお芝居を大好きなことを感じ取って、やってみるといいと助言して去っていく。
その晩、もうひとりの芝居をやめようとしている俳優・延四郎とシズが20年ぶりの再会をしていた。
優れた戯曲の言葉が俳優を生かしていく、そういう様は心わきたつ。百合子と千代の心に戯曲の言葉が火を灯すシーンは素敵だけれど、『人形の家』をモチーフにすることで、千代の芝居の目覚めをやや理屈っぽくしてしまったようにも感じる。
ここで、これまでいい意味で理屈を超えたプリミティブな女性性で同性視聴者の共感をわしづかんできた篠原涼子のキャスティングが生きてくるのかと合点もいく。篠原涼子はなにか胸をざわつかせるものを持っている。
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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■篠原涼子(岡田シズ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■宮田圭子(岡田ハナ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西川忠志(熊田役)プロフィール・出演作品・ニュース
■楠見薫(かめ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■土居志央梨(富士子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■仁村紗和(節子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■三戸なつめ(竹井サエ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■井川遥(高城百合子役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』【放送予定】
2020年11月30日(月)~
<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami