
ベストセラー作家・横山秀夫の小説『ノースライト』をドラマ化
土曜ドラマ『ノースライト』(前後編)は、『クライマーズ・ハイ』や『64』などのベストセラー作家・横山秀夫の小説のドラマ化。過去、NHKで『クライマーズ・ハイ』や『64』をドラマ化した際、脚本を手掛けた大森寿美男が引き続き脚本を担当した、信頼の出来。【関連記事】衝撃の結末『奥様は、取り扱い注意』西島秀俊が放ったのは公安の使命か、夫としての愛か、その真意を探る
主人公・青瀬稔(西島秀俊)は建築士。
友人・岡嶋昭彦(北村一輝)の営む小さな建築会社に拾われ、ようやく、世間に注目される家(Y邸)を建てることができたことで徐々に自信を取り戻しかかっていたところ、その渾身の家に誰も住んでいないことがわかる。
信濃追分、浅間山が窓からのぞき、ノースライトという北からの光がやわらかに差し込む、まるで画家のアトリエのような採光に設計された家には、椅子が一脚だけ残されていた。
設計の依頼主・吉野陶太(伊藤淳史)の行方を探し始める青瀬。巨匠・ブルーノ・タウトの作らしき椅子を手がかりにすると、いろいろなことがわかってくる。
「あなた自身が住みたい家を建ててください」という吉野の言葉によって建てた家は、青瀬の原風景からできていた。少年時代、ダム建設に従事している青瀬の父・年雄(寺脇康文)について、日本中を転々としていた青瀬には故郷らしきものはない。ただ、あちこち渡り歩いた飯場はたいてい北向きに窓があった。
前編は、人生に躓いた青瀬が原点に戻ってやり直すため、別れた妻・ゆかり(宮沢りえ)が仕組んだ大芝居だったというオチかなあ……と思って見ていた。若いときほどのがむしゃらな情熱も、それを発揮する場も減った中年男性の再生と、家族を再認識、そんなシンプルな話だとしても、見どころは多く、信濃追分の緑多き雄大な自然が目にやさしく、そこにこのドラマのためにわざわざ建てたY邸も素敵で(美術は『信長協奏曲』や『十二人の死にたい子どもたち』、『約束のネバーランド』など悠大な建物のセットを作ることに定評のある清水剛)、こんな家に住みたいものだなどと楽しめる。
青瀬が鳥好きの設定からか随所に聞こえる様々な鳥の声も癒やされ、ブルーノ・タウトという文化教養の香りも心地良い。西島秀俊と北村一輝の大人の芝居も見応えがあって……と、シンプルでも内容は充実していると思っていたのだ。
後編になると、青瀬を助けた恩人であり大事な友人である岡嶋も悩みを抱えていたことがわかり、大きな建設案件のコンペに関わる問題が起こり、岡嶋は亡くなる。吉野の行方を探すのみならず、友人の死ははたして自殺が事故かという謎まで、青瀬が背負うものが多すぎる。
やがて岡嶋の死の謎を解くことによって、青瀬がこれまで疑うこともなかった父の死の原因が紐解かれていく。吉野と青瀬の妻と、タウトの椅子と青瀬の父と、それらの奇妙な因果関係は、精密に設計された建築物のように、それぞれがしっかりと関わり合って、端正な像を成す。

個人の物語に社会の問題を横たえて描く
『クライマーズ・ハイ』や『64』などのダイナミックな社会派作品を期待すると、ミニマムにまとまっていくややドメスティックな内容である。ただ、ダム建設によって失われていった人々の住む場所のことや、建築に関する不正問題など、個人の物語のベースには社会の問題がしっかり横たわっている。高度成長期に日本がめまぐるしく変化し、上昇し、バブルを迎え、それが音をたてて崩壊していった。高度成長期を生きた青瀬の父は、ダム建設というダイナミックな仕事に誇りを持ち、バブル世代の青瀬は、鉄やガラスやコンクリートの建物を造ることに夢中になっていた。バブル崩壊から10年後に青瀬の建てたY邸は、打って変わって木を基調としている。
ただ2階にあがる階段の手すりは細い鉄製で若干、昔の名残を感じさせるようにも見える。ひとの心のなかにある、他者には見せないもの。そのひとつが、誇りや自信。
青瀬は時折、父の死の瞬間――大事にしていた九官鳥に手を伸ばす姿を思い浮かべる。だが、青瀬は死の瞬間を目撃していない。つまり、その姿は、青瀬自身の姿と重なっているのではないだろうか。
青瀬も、青瀬の父も、岡嶋も、希望の光を取り逃がしたかのように見える。ところが青瀬が様々な謎を解いていくうち、彼らは決してそうではなかったことに気づくのだ。
「埋めること足りないものを埋めること
埋めても埋めても足りないものをただひたすら埋めること」
岡嶋は、画家・藤宮春子の絵の裏に記された言葉を諳んじる。それから「おまえにとっての一番美しいものってなんだ」と青瀬に問う。青瀬の答えは――。
失意から立ち上がる人々へ、作家の眼差しから注がれる光の塩梅は、はじまりの東でも、たっぷりの南でもない。画家のアトリエのような、直射でなく、やわらかでもの静かな光。そう。
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番組情報
NHK総合・BS4K『ノースライト』
2020年12月12日(土)・19日(放送)
【原作】横山秀夫『ノースライト』
【脚本】大森寿美男
【音楽】稲本響
【出演】西島秀俊、北村一輝、田中麗奈、林泰文、柄本時生、田中みな実、井之脇海、長澤樹、竹財輝之助、池田鉄洋、戸田昌宏、でんでん、勝矢、梅沢昌代、品川徹、徳永えり、山口果林/伊藤淳史、青木崇高、寺脇康文、宮沢りえ、ほか
【公式サイト】https://www.nhk.jp/p/ts/ZYRQ3YPR17/
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami