
社会問題てんこ盛りの『逃げるは恥だが役に立つ』新春スペシャル
『逃げ恥』は幸せの架け橋である。2016年、連ドラとして放送され、社会性とエンタメ性をかけ合わせた傑作として支持されたドラマの続編『逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!』は、改元の瞬間からはじまった。【U-NEXT】『逃げるは恥だが役に立つ』全話配信
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『逃げ恥』の主人公・みくり(新垣結衣)が政治家ふうないでたちで「令和」の文字を掲げ、「人々が美しく心を寄せ合うなかで文化が生まれ育つ」と紹介する。
『逃げ恥スペシャル』を一回視聴してから、もう一回見返すと、この言葉がいっそう染みてくる。
いま、私たちは「令和」の言葉に込められた想いを実行できているであろうか。とりわけ、いま、政治を司ってる人たちは、この言葉をどう理解しているのだろうか。現実ではなかなかうまくいかないけれど、『逃げ恥スペシャル』のなかではせめてこうあろうとする願いと祈りがあった。
家政婦と雇用主からはじまり、契約結婚へ、そしてパートナーへと紆余曲折を経ながら段階を一歩一歩踏んできたみくりと平匡(星野源)。みくりが妊娠したことで新たなフェーズへ。
みくりが妊娠検査薬を使って「陽性」だったと平匡に報告するとき、「陽性」という言葉に妊娠ではなく違うことを連想したら、それが後々意外な形で出てきて、にやりとなった。
姙娠を機に事実婚だったみくりと平匡は籍を入れる。そこで指摘されるのは「選択的夫婦別姓」問題の解決が進んでいない実情。そこから難題は次々やってくる。
職場での妊娠問題。
社会問題てんこ盛りの『逃げ恥スペシャル』が教育バラエティー化しないのは、平匡とみくりが育休の前例を壊して、これからの人たちに道を作ろうとするとき、「さも当然」という顔で、とみくりに助言され、その顔はどういう顔か、レクチャーされるエピソードなどが付与されているからだ。このときレクチャーされた顔をあとで平匡がしっかりやって見せるところが楽しい。
「痔」「尿もれ」当たり前のことを当たり前に扱う大切さ
原作から連ドラまで、しっかり形作られた『逃げ恥』の世界観がある。みくりと平匡、そして、彼らを取り巻く人々の個性と感情に私達は大きな愛着を感じている。みくりの叔母の百合ちゃん(石田ゆり子)が、年齢を気にする呪いをはねのけて、17歳下の風見(大谷亮平)と付き合い始めたものの破局し、そんな矢先、子宮体がんを患い、独り身の苦労を痛感する、とてもヘヴィな体験をドキドキしながら見守った。百合ちゃんは苦難を乗り越えて、男性もまた、女性と同じく、かけられている「呪い」があることに思いを寄せることができるようになる。
「男らしくあらねば。それもまた呪いかもね」
社会の張り巡らされたいばらの茂みをかいくぐり、女性がどう自分らしく生きていけるかを『逃げ恥』は描いてきた。みくりには、百合ちゃんがいるし、親友・やっさん(真野恵里菜)がいる。百合ちゃんにも、高校時代の同級生・花村伊吹(西田尚美)が現れる。このように女性同士は悩みを打ち明け合う、愚痴をこぼし合う相手がいるが、男性はどうなのだろう。妊娠中、ホルモンバランスが崩れ、いつになく感情的になり、平匡に当たりまくるみくり。だが、やがて、男性だって大変だということに気づく。
もともと「プロの独身」とネーミングすることでコンプレックスに折り合いをつけてきた平匡に手を差し伸べたのはみくりであった。彼は悩みを他者に話せない性分である。みくりの妊娠に戸惑い、仕事と家事の両立にいっぱいいっぱいになり、でも男だから泣き言が言えない、男には責任があると、昔ながらの男の役割(「大黒柱」という役割)に苦悩する平匡を、みくりは思いやれるようになる。
すべては、女だから、男だから、ということではない。

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「恋ダンス」に感じた作り手の矜持
みくりの妊娠中は極めてストレスフルな状況だったが、子供が誕生すると、すっかり世界が明るくなって気分が上向きに。原作は子供が生まれたところで終わっているが、ドラマはまだ続く。ここからは完全にドラマのオリジナルストーリーだ。そして、ドラマではまだ難関が待ち構えていた。亜江(男女関係ない名前)という名になった子どもに夢中になっている頃、外界ではコロナ禍が猛威を奮っていた。ドラマの序盤、妊娠検査客の「陽性」がこの時期、コロナ感染の「陽性」として私たちには馴染み深くなっていた。新生児がコロナ陽性にならないように、みくりと亜江は父母のもとにコロナ疎開し、平匡だけが東京に残る。
ちょうど、1月2日に再び緊急事態宣言が東京、埼玉、千葉、神奈川が政府に要請したときに、ドラマでは、20年の最初の緊急事態宣言が再現されて、現実とドラマが重なりあった。マスクが必須で、他者と触れ合えないもどかしい状況は、みくりと平匡が理想のパートナーのようでいて、折につけ、お互いの違いにぶつかり面くらっていく、決してひとつにはならない、各々別の考え方を持っている状況を、月と地球の距離に例えたことと並ぶ、究極の象徴になる。
離れれば離れるほど、会えたときの喜びは大きい。
「生きていれば、また会える」
みくりのマスクには「KEEP SMILE」の文字。彼女が平匡にメールで送ったファイルがGood luckドライブ。「笑顔」と「幸運」を祈る言葉、小道具からも前向きなメッセージが伝わってくる。
そしてZOOM飲み会。みくり、平匡、風見、沼田、梅原(成田凌)、日野(藤井隆)、山さん(古舘寛治)、やっさん、最初はハラスメントの権化、前時代的価値観の象徴のようだった灰原(青木崇高)も……。バーではなかなか沼田会が集まらなかったけれど、ZOOM飲み会ならこんなに集まることができる。
みくりと平匡は、子どもに名前を付けるとき、津崎と森山、山と港をつなぐ「川」という言葉を使おうと思いつき、「江」が」付くわけだが、男も女も夫婦も独身も、人と人の間にはみんな川という距離があり、そこに橋を架けることこそ「人々が美しく心を寄せ合う」ことなのだ。ZOOMはまさにコロナ禍における橋だった。
フィクションのなかに明確にリアリティーが入ってきたとき、そういうものが好きと思う人と、もう少し現実を忘れるものが好きと思う人がいる。それも人それぞれ。
エンディングを飾る「恋ダンス」は、ひととき現実を忘れた夢の世界。それは現実の部屋に黄色い花や飾り物がたくさん足されていることからもわかる(連ドラのときもそうで、ここをCGで足したりしないで、ちゃんと飾り足しているところに、人間は自らの手で夢の世界を作ることができるという矜持を感じるのだ。もちろんCGも人間の力なんだけれども)。
祝祭のフェーズでみんなが笑顔で踊る姿に、「人々が美しく心を寄せ合う、そんな社会になるといいよね」と、冒頭のみくりの言葉が浮かんでくるような気がした。
言葉はときに呪いになるけれど、幸せの祈りにもなる。
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木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami