
※本文にはネタバレがあります
ツッコミどころとエロバカ度は三ツ星クラス『殴り愛、炎』前編
2週連続ドラマ『殴り愛、炎』前編(テレビ朝日 / 金曜よる11時15分〜)はSNSでのツッコミを意識した、ドラマとバラエティーが融合したような新ジャンルドラマである。【関連記事】山崎育三郎 “華がある”存在そのもの 「ミュージカル界の王子」と称される由縁
そのさきがけといっていい『奪い愛、冬』(17年)、その続編、『奪い愛、夏』(19年)ときて、ジャンルを確立したのが『M 愛すべき人がいて』(20年)。これらはすべて、脚本家・鈴木おさむ作品で、今回も鈴木が脚本を手掛けているため、ツッコミどころとエロバカ度は三ツ星クラスであった。
この手のドラマの特徴は、シンプルなストーリー、もつれあう人間関係、へんなキャラクター、度を越した出来事の数々。これらがオンエアと同時にSNSでつっこんでいける適度なスピードと分量で繰り出されていく。そこから得られる快感は、誰でも軽くストレス発散できるもぐらたたきゲームのノリに近いが、簡易な規則性のあるゲームのような中に、普遍的な人間の滑稽さも必ず抑えているところが鈴木おさむドラマの巧妙さなのである。
『殴り愛、炎』では、朝ドラ『エール』(20年)で大ブレイクしたミュージカル界のプリンス・山崎育三郎が、へんなキャラクターながらじつはいちばん可哀相な人物を演じてドラマを引っぱっていく。案の定、「ヤバい」とSNSを沸かせた「ここにいるよ〜」(ウィスパーボイスで)については後述するとして、まずはドラマの概要をざっくり振り返ろう。
面白く見えてしまう市原隼人の肉体美
いかにもテレ朝的なスーパードクター・明田光男(山崎育三郎)と結婚目前の看護師・豊田秀実(瀧本美織)は、急患で病院に運び込まれた高校時代の先輩・緒川信彦(市原隼人)と再会。光男と秀実の仲を嫉妬する徳重家子(酒井若菜)の策略に陥れられ、かつての恋の炎が再燃する。当然ながら嫉妬する光男。真面目な彼の行動はエスカレートしていく。幸せは砂の城とはよく言ったもの。悪魔のような家子の画策で、結婚目前、幸せいっぱいの光男と秀実の仲はまたたく間に崩れていく。極めて善良な人たちが、たったひとりの邪悪な者に振り回されて、間違った方向に勢いよく転がっていく。
元凶である家子は、さながらシェイクスピアの『オセロー』のイアゴーのように、不信の種を人々に植え付けていく(ちなみにイアゴーは、主人公オセローに妻が不貞していると嘘をつく悪役)。
秀実は秀実で、信彦のことが忘れられないところがある。しかも、あのとき、信彦にフラれたのは、信彦の友人も秀実のことが好きだったため気を遣ってのことだったと知ると、ついつい心が動いてしまうのであった。
ここまではごくごくありがちな人間の心の脆弱さ、愚かさを滑稽に描くメロドラマのプロットである。だが、入院中、看護師の秀実にカラダを拭いてもらう信彦の体があまりにも鍛えられてたくましく、ここからドラマはおかしな方向に突入していく。
いや、だって、病気で入院した人が、こんなにパツンパツンに筋肉が張っているものなのだろうか。それでいて、高校時代、陸上部で鍛えていた頃と比べたら「偽物だよ」とか言うのだ。「偽物」とは、マシーンやプロテインで鍛えたものは人工的だという意味であろうか。
ともあれ、信彦は高校時代、陸上部所属。いまは陶芸家設定。
市原隼人はきっと真面目にカラダを鍛えてきたのだと思うが、それが面白く見えてしまうとは思ってもみなかったであろう。つぶらな瞳が魅力の市原は、デビュー作は岩井俊二監督のレジェンド映画『リリィ・シュシュのすべて』(01年)で繊細なナイフのような少年役だったのだけれど、その後は、ちょっとおバカな衝動で動く熱血漢みたいな役も多く、すべてひっくるめてとびきりピュアな人物を演じたら屈指の俳優である。
最近だと映画『ヤクザと家族』が印象的。ヤクザの世界に足を踏み入れつつ、やがてできた家族のためにヤクザを辞めて人生をやり直そうとするも、うまくいかない悲哀が切々と胸に迫ってきて、歳をとっても変わらないものを持ち続けていると思ったものだ。
『殴り愛、炎』でも、その純粋さは変わらない。彼の放つプリミティブな人間の生命力が、ドラマの上で秀実を捉えて離さないのである。
秀実とふたりで映画『ゴースト ニューヨークの幻』(90年)ごっこする場面も、回るろくろの上で土がくるくると太く屹立していく画は生の根源そのもの。あまりにもベタ過ぎて、筆者はキュンとなる前に笑えて笑えて正視に耐えなかったが。
「ここにいるよ〜」
こんなところを目撃したら光男が殴りたくなるのも無理はない。可哀相なのは光男である。DVなんかじゃ全然なくて、秀実想いの良い人なのに、なぜか、愛する秀実の心が信彦のほうに向かってしまう。
秀実が家に帰ろうと工房の戸を開けると、
秀実「きゃ〜〜〜」
光男「ここにいるよ〜」(青山テルマか)
「見てたんだよ。ずっーと見てた。11回。11回キスしてた〜」(え〜、11回も?)
いっちゃった目をしてにやにやしながら浮気現場に乗り込んだ光男(その前に美声で歌も歌う)の小道具が出色。秀実との思い出のバードウォッチングの双眼鏡とカウンター。双眼鏡でしっかり目撃し、カウンターでキスの回数を数える。鈴木おさむ脚本の優れたところは、使い古されたドロドロの浮気ドラマの幹に咲かせる花のアイデアである。
「やっぱりやっぱりやっぱり」とカウンターを楽器のように使って信彦を責める光男は、ミュージカル『ウエストサイドストーリー』でおなじみの指を鳴らす場面にも見えた(うそ)。
光男はスーパードクターとして、その神の手を人を治すために使用してきて、人を殴ったことが一度だってなかった。それが秀実を奪おうとする信彦をついに殴ってしまう。
そして、ここでも生かされる市原隼人の鍛えられた肉体。殴られて殴り返す信彦の力は圧倒的で、ギャラクティカ・マグナム(『リングにかけろ』より。古い例えですみません)みたい。信彦は吹っ飛ぶ。こんなにも肉体の差のある信彦に、光男は勝てるのか。
光男と信彦にはなんの落ち度もなく、とにかく家子が悪いのに。あと、やっぱり歯止めがきかずに昔の恋に流されていく秀実も悪い。じつは節度のない秀実がいちばん悪いといっても過言ではない。冷静に考えるとそうなのだが、なぜか瀧本美織が演じる秀実は被害者のように見え、酒井若菜がエキセントリックに演じる家子はどこか憎めない。市原隼人演じる信彦はひたすら誠実(だってDVの被害に遭っていると思いこんでいるのだもの)。
3人がそんなふうだから、結果的に光男がただただ危うく見えてしまう。
【関連記事】綾野剛主演『ヤクザと家族』20年の描かれていない時間をも演じ切った2時間15分
【関連記事】『酒井若菜と8人の男たち』岡村隆史を救った言葉の力
【関連記事】『先生を消す方程式。』最終回 演技巧者たちによる土曜深夜のドラマの解放区『せんけす』
※エキレビ!を更新しましたら、ツイッターにてお知らせしています
番組情報
テレビ朝日系『殴り愛、炎』
【前編】4月2日(金)
【後編】4月9日(金)
よる11時15分〜
出演:山崎育三郎 瀧本美織、酒井若菜 永井大 市原隼人 石野真子 西岡徳馬
脚本:鈴木おさむ
演出:樹下直美
制作著作:テレビ朝日
番組サイト:https://www.tv-asahi.co.jp/naguriai/
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami