『おかえりモネ』第8週「それでも海は」
第39回〈7月8日(木)放送 作:安達奈緒子、演出:桑野智宏〉

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新次(浅野忠信)は、息子で漁師のあとを継いだ亮(永瀬廉)がメカジキ50本あげて喜ぶ。その一方で、行方不明の妻・美波(坂井真紀)と一緒に息子の成長を喜べないと嘆く。「俺は立ち直らねえよ」という言葉がずしりと重かった。
そんな彼を、耕治(内野聖陽)と亜哉子(鈴木京香)は支えていこうとする。
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亮がメカジキ50本
朝ドラの前作『おちょやん』に続いて、愛する妻を失くしてから酒浸りになって働かなくなる父親像が描かれている。朝ドラでは尊敬できない父親がよく出てくるのだが、「モネ」では耕治が勤勉で子ども想いで明るいというわりと理想の父親なので、その分、新次が従来の困った“父”を担っている。とはいえこれが洒落にならない。ただのにぎやかしの困ったお父さんではなく、真剣な問題を抱えている。
『おちょやん』のお父さん(テルヲ)は妻を失くして人生激変な部分よりは酒浸りで子どもを借金のかたに売り渡す、主人公にとってまがまがしい厄災そのものであったことと比べ、新次は真の厄災の被害者であり、立ち直れるのか否かという問題が描かれている。だから、どんなに酒びたりでも新次が忌々しくてたまらないとは視聴者は思わないし、それどころか応援したい気持ちになる。
亀島の及川家は随分と海辺に近いところにあって、震災によっていまは更地になってしまっている。そこに座って海を眺めながら、ぐびぐびチューハイのロング缶を飲んで美波の残した留守電を聞いている新次。
耕治に発見され永岡家につれてこられた新次は「5年って長いですか?」と問いかける。彼にとって5年は立ち直るに足る時間ではなかった。それを突きつけられて永岡家の居間の空気は沈む。ところが新次はふいにメカジキ50本をあげた亮の成長を感じてすごく嬉しかったと言いだすので、耕治や亜哉子の表情は少し和らぐ。
嬉しくてはめを外してしまったのかなと思ったら――その後、すぐにその喜びを言い合える相手(美波)がいないとめそめそ泣き出してたちまち空気はしゅっと縮こまる。「モネ」にはこういうことがよくあって、喜・怒・哀・楽と感情がシンプルに切り分けられない。めちゃめちゃ自信家で輝いていた新次が嘘のように迷子になった子どものようにめそめそ泣いている。その感情は裏と表でもない。喜哀がくっついて互いの感情に侵食していっている滲み。その重なった感情をどう言葉にしていいかわからない。人の心の神秘である。

立ち直らない宣言
新次を心配して駆けつけてきた亮。庭から窓ガラス越しに父の本音を聞いて、我慢できずに部屋に飛び込んで来て「よっしゃ一曲歌うが」と言い出す。「誕生日まだだから酒も飲めないし、一曲歌わせてもらってもいいでしょ」と、母と共に喜べないからせめて母がいつも歌っていた歌で哀しさと喜びを発散しようとするのだ。「親父!」「親父!」と叫んでも新次はめそめそ泣き続ける。「俺は歌なんかでごまかされねえからよ」と頑なに「俺は立ち直らねえよ。絶対に立ち直らねえよ」と意地を張る。

この「立ち直らない」宣言の壮絶さ。そういう人がいてもいいのだ。そう言う新次に、今後、何度も立ち直りかけては元に戻るであろう彼に付き合っていくと考える耕治の優しさが染みる。
「でも今日飲んでしまったんなら、明日から……明日からまた前を向く一日目を始めればいいと言ってやりたい。言い続けてやりたい」
良い歌をかけて、なんか良いムードになるドラマが多いところ、「歌なんかでごまかされねえ」と言うのもいい。そんな新次と亮の場面を、ふわりと包むように、柔らかいボーカルの入った劇伴がかかる。良いことも悪いことも主観で判断せず、ただその状況を見つめるような曲である。百音の「なにもできない」という謙虚さがそこに現れているし、それは観ている私たちもそうなのだ。
「同じ方向を向いてる」
百音の部屋で、百音と未知の動きが「シンクロしてんな」と笑う亮。自分のほうが哀しいのに、笑ってみせたり、やたらと「ごめん」と謝ったりする亮が切ない。いつも笑ってる、その顔は悲しい。未知が進学しないのは、亮と同じ海の仕事をしたいからではないかと百音は考えるが、そんなことないとごまかす未知。
「みーちゃんと同じ方向を向いてる。
耕治は新次に伴走しようとし、未知は亮と……。百音はまだ誰かのためにそういうことができないと思っているのだろう。でも本人は気づいてないようだが、徐々に菅波とそういう感じになってきている。百音の人生の絵のなかにそっと思いがけず恋の色がぽたりと落ちて滲んで。その波紋は日に日に変わっていく。そんな人間の心模様が「モネ」の魅力である。
(木俣冬)
番組情報
連続テレビ小説『おかえりモネ』
2021年5月17日(月)~<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら
作:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami