『おかえりモネ』第12週「あなたのおかげで」

第59回〈8月5日(木)放送 作:安達奈緒子、演出:一木正恵〉

『おかえりモネ』第59回 かつて“風の神”と呼ばれた駅伝選手だった朝岡を描写する演出が印象的
イラスト/AYAMI
※本文にネタバレを含みます

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「キャスターを辞めようと思っています」と満面の笑みで語る朝岡(西島秀俊)。彼が気象予報の仕事についた理由も明かされた。穏やかに見える朝岡の意外な一面とは――。


【レビュー一覧】『おかえりモネ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜第59回掲載中)

朝岡はキャスターを辞めようと思っていた

朝岡がスポーツ気象に力を入れていて、気象キャスターをゆくゆくは辞めようと思っていることを知った百音(清原果耶)莉子(今田美桜)内田(清水尋也)はびっくり。

ただ、莉子だけは彼が辞めて空いたポストに自分がつけるかもしれないと野心を隠さない。「次はいよいよ私だ〜」とさっそくJテレの高村(高岡早紀)に売り込む。高村もまんざらではなく莉子を推すと約束する。じつは高村も15年前、キャスターをやっていたから莉子の気持ちがわかるらしい。

たしかにしゅっとして華があってキャスターと言われてもそう思ってしまいそうな立ち居振る舞いの高村。そんな彼女がなぜ今、裏方にまわったのか……その過去も気になるが、まずは朝岡の過去が気になる。


朝岡は駅伝の選手だった

ここで活躍するのは内田。気になったことにはとことん調べるタイプらしく、過去に朝岡を扱った記事を「新聞縮小版検索機能」を使って見つけ出した。

23年前、駅伝の選手だった朝岡。「風の神」と呼ばれて期待されていたが、天候を読み間違えて大会の途中で棄権した痛恨の過去があった。回想するとき、演劇のように照明が変わって、みるみる朝岡の思考が過去に巻き戻っていく臨場感がよく出ていた。気象データを映し出すライトテーブル(?)に回想場面が映っていたのも面白い。

第58回はチーフディレクターの一木正恵の決して派手ではないが丁寧な演出が発揮されていた。
アヴァンの百音、莉子、内田の会話にかかる劇伴も洒落ていたし、朝岡が高村を探して、テレビ局の2階から階下の彼女をのぞき込むカットなど印象的な画を挿れている。

通常、朝ドラのチーフ演出家は新章のはじめの部分を担当するが(その章の基準を作るため)、今回、東京編の最初は彼女ではなかった。宮城と東京と離れており、スケジュールの問題もあるのかもしれないが、彼女が東京編の3週目から担当しているのは、車椅子マラソンの鮫島(菅原小春)登場週だからであろうか。

一木と菅原はオリンピックを描いた大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(2018年)に関わっていた。第1部完結編の重要回である24話「種まく人」で一木は日本人女性初のオリンピックメダリストで陸上競技選手の人見絹枝役の菅原を演出している。

この回は関東大震災で東京が壊滅的な打撃を受け、主人公・金栗(中村勘九郎)の提案によって焼け跡で復興運動会を行うことになる話。
人見は、地震で亡くなった陸上競技にあこがれていたシマ(杉咲花)から生前、手紙をもらっていて、彼女の想いを背負って運動会に参加することになる。志半ばで亡くなった人の想いを受け継ぎ、男も女も関係なく、思いきり走り、女性の夢を体現する姿に心を打った。その菅原小春と一木演出、再び――と思うと胸が熱くなる。

『おかえりモネ』第59回 かつて“風の神”と呼ばれた駅伝選手だった朝岡を描写する演出が印象的
写真提供/NHK

「負けん」鮫島の熱さ

菅原小春が車椅子マラソン用の車椅子を腕でガンガン動かす迫力は目をみはるものがあった。この時ばかりはいつも落ち着いた百音のテンションがバク上がりして見えた。「負けん」と絶叫しながら腕を回し続ける鮫島。自分のためだけに全身全霊賭けている人物がここにいる。


自分のためか、人のためか

朝岡がキャスターをいずれ辞めるだろうことを高村は知っていた。でもそれが具体化していることを百音たちから聞いて、高村は朝岡と話をする。どうやら朝岡は、百音が地元の実感で情報を伝える姿を見て、気象予報の限界を確信したようだ。だが、高村は、広い目で見ることの必要性を説く。

『おかえりモネ』第59回 かつて“風の神”と呼ばれた駅伝選手だった朝岡を描写する演出が印象的
写真提供/NHK

地域密着したきめ細かい報道も必要だし、自分の地域から離れた場所のことにも思いをいたすための報道も必要。第58回で問題提議された、人のためと自分のための相違についてここで理路整然と説明される。この理屈っぽく、それもド正論をテーブルに並べて仕分けするように丁寧に描いているところが誠実である。


とはいえ、ここをこのドラマはこういうことを描いていると腑分けしたところで、まるで学校の授業のようで味気ない。そこで、朝岡の気象予報へのこだわりは、じつは個人的なリベンジによるものであることや、百音と未知の高湿度の人間関係が絡んでくることで、パサパサのドラマがしっとりしてくる。

かつて風の神、いま、人気気象予報士でビジネスにも余念がない朝岡が、熱中症でチャンスを逃した鮫島に共感して協力を申し出ることは乾いた理屈だけでは済まない感情の柔らかな部分からくるものであろう。それが西島によってぐっと熱と湿度を帯びる。

「お姉ちゃん、ずるい」姉妹の葛藤

百音と未知はしょっちゅう電話している。耕治(内野聖陽)が百音のテレビ出演をネタにして営業していると楽しそうに話していた未知だったが、亮(永瀬廉)の父・新次(浅野忠信)が再び船に乗った話を百音が亮からのメールで知っていたことを聞いた未知は「お姉ちゃん、ずるい」と嫉妬めいたことを言う。

亮と百音は同級生だから連絡を取り合っていてもおかしくないのだが、未知は寂しい気持ちになるのだろう。
未知はなんだかんだいって行動規範が亮への恋心なので、理性よりも感情が先に立つからちょっと厄介である。めっちゃ湿度が高い人物である。“水”そのものって感じ。

対して百音はテンションは低いけれどねちっこくはなく、“風”タイプと感じる。主人公としてはちょっと乾いていて感情移入しづらいところがある。鮫島は“火”という感じで、いろんなタイプの人物が出てきて人物バランスがよくなってきた。

地方はコミュニティが大事だから「人のため」が第一になるが、東京に出てきている人は「自分のため」の個人主義の人が多い。地方から東京に出てきた百音は「自分のため」に生きている人たちにも揉まれはじめたところである。
(木俣冬)

『おかえりモネ』をさらに楽しむために♪







番組情報

連続テレビ小説『おかえりモネ

2021年5月17日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら

:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami