『おかえりモネ』第21週「胸に秘めた思い」

第103回〈10月6日(水)放送 作:安達奈緒子、演出:田中諭、舩田遼介〉

『おかえりモネ』第103回 抱えてきた本音が徐々に漏れ始めた百音の家族の物語がおもしろくなってきた
イラスト/AYAMI
※本文にネタバレを含みます

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ノーベル物理学賞に選ばれた真鍋淑郎さんが地球温暖化の研究――それも、大気と海洋の循環を考慮した気候変動のモデルの開発を行っていたことは、気象をテーマに海と陸が水で繋がっていると伝える『おかえりモネ』とも繋がっているような気がする。『モネ』は“今”をビビッドに描くドラマなのである。

【レビュー一覧】『おかえりモネ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜第103回掲載中)

ちょうど今週の冒頭で、未知(蒔田彩珠)が水産試験場で働きながらわかめの新種を発見した人物として東京の大学から声がかかるほど優秀であることが示されていた。
このまま研究を続けたらノーベル賞も夢じゃないのかもしれない? ところが未知は家業のことや亮のことも気がかりで、東京で研究を極める決意がつかない。

「私は何を選んだらいいの?」と涙声で百音(清原果耶)に気持ちを吐露する。家のためにもなりたい、好きな人とも一緒にいたい、自分の才能も伸ばしたい。これらがすべてうまいこと統合したら最高。それが百音である。気象予報士になり地元や実家の役立つ情報を提供し、遠距離ながら理解ある恋人もいる。


反対に未知は、何もかもがバラバラで、あちらを立てればこちらが立たず状態になりそうで引き裂かれそうになっている。なまじ才能があって、東京に出ようと思えば出ることができてしまうから余計につらい。親に反対されているとか貧しいとか絶対に地元を離れることができない理由があったり亮にはっきりフラれたりしたら諦めもつくが、親も放任主義で貧しくもないし亮もなんだかんだいって優しい。ある意味、未知は贅沢な悩みを抱えている。選ぶことができるからこそ何を選択するのか最も悩ましいともいえるだろう。

でも姉は持っていて、自分は持たざる者と思い込んでいる。
なぜこんなに抱え込んで堂々巡りをしているのか、百音は訝しみ、未知の声をもっと聞こうとするが……。百音が未知の腕をぎゅっと握る。亮に腕を掴まれた時は拒否した百音は亮を思う未知の腕はぎゅっと掴む。なんて皮肉なことであろうか。

長年抱えてきた本音が徐々に漏れ始める時期。百音の家族の物語がおもしろくなってきた。
最も本音を語らず徹底的に作り込んだ笑顔で家族にも対してきた亜哉子(鈴木京香)の気持ちを家族は誰も知らない。

亜哉子が亡き雅代(竹下景子)のやっていた民宿を再開したいと思っている理由のひとつに「島の里親制度」があったことがここへきて初めてわかる。学校や家庭になじめない子どもたちを夏休みの間預かる取り組み。教師をやっていた亜哉子が民宿再開に興味をもつ理由もその取り組みに魅力を感じているからではないか。

この「里親制度」。汐見湯の宇田川のような会社でなじめず引きこもってしまった者のことを描いてきたことで、唐突感はない。
自然豊富な島が社会に馴染めない人の心を癒やす可能性。誰かの役に立ちながら島もまた活性化していく。これは復興にも役立つことだろう。

『おかえりモネ』第103回 抱えてきた本音が徐々に漏れ始めた百音の家族の物語がおもしろくなってきた
写真提供/NHK

龍己(藤竜也)は亜哉子が民宿と里親制度をやりたいのではないかと慮る。だが、その気持ちを知らない亜哉子は龍己が彼女に黙って牡蠣棚修理を諦め自分の代で永浦水産を閉めようと考えていたことを知ってショックを受ける。水産業を手伝っていたのに何も言ってもらえないなんてどんなに長くいても“嫁”でしかないのかと心をよぎったかもしれない。


未知もまた自分が期待されてないと思ってしまったかもしれない。いや、龍己は亜哉子や未知を縛ってしまうことを心配しているようなのだ。彼女たちには我慢しないでやりたいことをやってもらいたいとむしろ亜哉子たちを気にかけているのである。

亜哉子が雅代の介護のために教師を辞めたことが心残りだったのではと思いこむ龍己に「おじいちゃん、そんなふうに思っていたの?」と思わず本音を言いそうになって止める亜哉子。彼女には何かもっと根深いものがありそうだ。

決して仲の悪い家族ではないが、なんでもかんでも腹を割って話しているわけではない。
相手を慮るあまり語らないことがあって、それがけっきょく、相手を苦しめてしまう。みんな不器用な人たちばかりだ。「みんなが誰かのためを思って迷ってる。苦しいね」という雅代のナレーションがすべてを物語っている。『モネ』は自分のための前に誰かのことを考えて結果的に身動きできない人を描いている。そこが今までにない物語だと感じる。



今までの朝ドラは主人公の自己実現を目指すものが多かった。『モネ』では自分のことより他人のこと。誰かのために少しばかり忍耐しながら、それでも一歩も進めないのではなく、少しずつ前に進んでいると信じている。前述したノーベル物理学賞受賞の真鍋さんはアメリカで暮らしていて、日本に帰らない理由は、朝日新聞の記事によると「日本では、いつもお互いのことを心配しています。とても調和の取れた関係性で、うまく付き合うことが最も重要なことの一つです」と語り、自身は「私は調和の中で暮らすことはできないものですから、それが私が日本に帰らない理由です」としている(朝日新聞デジタル「ノーベル賞の真鍋さん、日本に帰らない理由語る 印象的な発言を紹介」より)。

真鍋さんは他者とうまく付き合うことを気にせず研究を選択したことで、人類に役立つ研究をすることができた。これもまたひとつの選択である。一概にどっちがいいとは言えないことだが、未知や亜哉子のように他者のことを考えて立ち止まることもあっていい。

『おかえりモネ』第103回 抱えてきた本音が徐々に漏れ始めた百音の家族の物語がおもしろくなってきた
写真提供/NHK

朝、出かける百音は耕治がトランペットのケースを傍らに置いているのを見つける。耕治にとってのトランペットは置き去りにしてきた別の生き方の象徴である。

「いやもう音出ないよ。決めんのは自分だ。でも俺の決断が正しかったのかなあ」と肩を落とす耕治。ここではホルン奏者からボイラー修繕業者になった宮田(石井正則)を思い出し、音が出ないなんてことはないと感じるが、耕治はこれから何を選択するだろうか。この日の朝はけあらし(気仙沼の風物詩。幻想的な霧)が港に出ているらしい。耕治の心の霧は、家族の心の霧はどんなふうに晴れるだろうか。
(木俣冬)

『おかえりモネ』をさらに楽しむために♪








番組情報

連続テレビ小説『おかえりモネ

2021年5月17日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら

:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami