中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

人間とあやかしが共存する世を描く、いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』

劇団☆新感線 41周年興行 秋公演 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』は陰陽師・安倍晴明(中村倫也)が活躍する伝奇ファンタジー時代劇。陰陽師とは祈祷や占術を行う者で、平安時代の京都、人間とあやかしが共存する世の中、貴族たちは陰陽師の力を借りて人間の平和を維持していた。

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安倍晴明はとても優秀な陰陽師ながら、帝の母として権力を誇る元方院(高田聖子)に疎まれていた。
狐と人間の間に生まれた者と言われていたからだ。元方院が気に入っているのは陰陽師宗家跡取りの賀茂利風(向井理)。正統派の利風と異端の晴明とは幼い頃から共に学んだ良きライバルであり良き友人である。

中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

利風がさらに力をつけるために大陸留学に出かけ帰ってきた時と同じ頃、大陸からあやかし・九尾の妖狐が日本に渡り京の都を脅かそうとしていた。元方院は利風を蔵人所陰陽師に任命し、それまで尽力していた晴明を追い出す。だが戻ってきた利風は九尾の妖狐のなりすましだった。


晴明は、妖狐を追って日本にやって来た桃狐霊(タオフーリン/吉岡里帆)藍狐霊(ランフーリン/早乙女友貴)からもたらされた警告を聞き、九尾の妖狐を倒そうと策を練る。

ホンモノの妖狐と、狐と人間の子とされている晴明のばかし合いを軸に、個性豊かな人やあやかしが入り乱れる。元方院に仕える左大臣・藤原近頼(粟根まこと)、橘師師(右近健一)、都を守る意思の強い実直な検非違使・尖渦雅(浅利陽介)、野武士集団・虹川党を率いる虹川悪兵太(竜星涼)、飄々として本性が読めない陰陽師・蘆屋道満(千葉哲也)等々、登場人物全員、キャラが立っている。

中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

晴明と、利風に化けた妖狐はもちろんのこと、ピンクがメインカラーのタオとブルーのランはポップなカラーリングで、しっぽと耳がついてアニメやゲームのキャラクターのようである。彼らは俊敏な殺陣で大活躍する。

あやかしたちもゲームやアニメのキャラクターのようなビジュアルで目に楽しい。
妖術や呪術の飛び交う世界は稲光のような照明がバッキバキに縦横無尽に刺さるように当たる。アナログであることが逆に臨場感たっぷりで盛り上がる。

演出のいのうえひでのりが「新しい世代のいのうえ歌舞伎をお見せできると思う」とコメントしているように、41年目という長さに落ち着くことなくまだ新しい方向を模索する、その枯れることない探究心は頼もしい。

脚本家の中島かずきはアニメにも造詣が深く、獣人や動物擬人化など萌えのツボをよくわかった描写は申し分ない。とりわけ注目すべきは晴明と利風(妖狐になる前)のブロマンス風味の塩梅であろうか。やり過ぎず、やらなさ過ぎずのちょうどいいところを描いて、中村倫也と向井理の持ち味も生かしながら観客が妄想を膨らますこともできる。


中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

そこで、ここからは中村倫也と向井理中心でレビューしていく。いのうえの言う新しさは中村倫也と向井理が醸す個性に強く現れているようにも感じたからである。ふたりは今をときめく人気者でありながら実直でどことなく控えめにすら見え、そこが極めて現代的(令和的)な印象を受けたのだ。

物語にリアリティを加える中村倫也と向井理の実直な演技

たくさんのテレビドラマや映画に引っ張りだこの中村と向井は誰よりも強烈にギラギラ輝く太陽というよりはふたりそろって静かで澄んだ月の光のようだった。ふたりは激しい殺陣でぶつかり合うというよりも心理戦のスリルを盛り上げるのである(殺陣もあります)。

まず、中村は登場した時、主人公にしてはどこか控えめに筆者は感じた。中央で決めポーズをするその顔は舞台メイクがしっかり施されきりっとして主役然としているが、ものすごく技術が高く、声も動きも自在に操り圧倒的な安定感があって、安定感があり過ぎるところが落ち着いた優秀なバイプレーヤーのように見せてしまいかねなく感じてしまうというパラドキシカルなものを感じたのである。


中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

そこがトリッキーなところであって、それには意味があることがあとでわかる。彼が演じる晴明は陰陽師の世界で中心に立つ役割ではない。中心に立つべき存在は利風(実際は彼になりすました野望にあふれた妖狐である)のほうなのだ。だから利風が登場する時は圧倒的に輝いている。



中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

晴明と利風、ふたりの役の差を考える上で、中村倫也と向井理の俳優としての歴史認識に注目してみたい。中村のデビューは2005年、最初は地味な活動を余儀なくされていたことは本人がテレビ番組でよく語っている。


バイプレーヤーとしてコツコツ積み上げて、舞台出演も多く力をつけてきたのち、朝ドラ『半分、青い。』(18年)でヒロインに優しく接する人物役で注目され、その後は人気がうなぎのぼり。主役を多くやるようになり、出演作も続々。

向井は2006年にデビュー。10年に朝ドラ『ゲゲゲの女房』のヒロインの夫役でブレイク、本人の意思とはおそらく無関係ながらイケメンブームに乗って大活躍する。その大ブームが徐々に落ち着いて来た頃、舞台出演やイケメンを封印するような意外性のある役に挑むなどして経験を増やしていった。


技巧と勘所の良さでじわじわとメインストリームにあがってきた中村と最初から隠せない華でメインストリームにいるべくしていた向井。一般人がなんとなく認識しているふたりのこの個性の違いが、晴明と利風にうまく取り入れられているように見える。

中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

中村は前述したように様々な声音を器用に使い分け(映像で人気の秘密のふんわりした声は舞台では使用せず、じつにしっかり発声している)、アクションの時はさりげなく軽やかに動いて見せる。多くの実践から獲得したものの確からしさで、舞台を風のようにのびのびと動き回っている。時々はさむユーモラスな演技も完璧だ。筆者が観た日は一回、科白を噛んでしまったことがあって、淡々と完璧に任務を遂行していた彼の意外な崩れに逆にホッとするほどだった。

一方、向井は生まれ持った華を発揮する反面、それを使ってぐいぐいと前に出ていく野心のようなものを見せることはなく常に冷静。どんなに派手な場でも熱くならず、ナチュラルであろうとするように見える。自分から率先して何かしていく欲望が淡い印象がありながら、それでも衣裳や照明で盛っていくとその恵まれた身体は決して埋もれることなく輝きを増していく。ヒール・妖狐が宝塚男役スターのようになっていくその演出に負けていないところは才能としか言いようがない。センターに正対するときは名ゴールキーパーのように圧倒的な安定感があった。

反面、衣裳や照明で派手に演出される利風はあくまでも妖狐の作り出した偽りの空虚な強大さである。向井が嬉々として着こなして振る舞わないところと役の真実が重なって見えるのだ。これもまたトリッキーである。

中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

人々の野心を飲み込み増幅させていく妖狐を晴明がいかに倒すか壮絶なバトルにおいて、中村と向井の場合、頭脳戦がものを言わせる。中村が実践的なクレバーさ、向井は大局を見つめるワイズあるいはインテリジェントというように同じ頭脳派でも各々の領域の違いがふたりの対決を面白くする。

中村と向井の繊細な内面表現が役の生きてきた時間を細やかに見せる

もうひとつ印象的なのは本当の利風と晴明が共に修行してきた時間が印象に残ることである。利風は晴明に一目置いているが、晴明は利風を立てている。その関係をふたりの俳優が自身の特性も利用してうまいこと演じているように感じる。中村と向井の映像の世界で培われてきた繊細な内面表現によって、劇的な見せ場よりも役の生きてきた時間が丁寧に見えるのである。

そのせいなのかわからないが、晴明の式神たちがすみっこで野菜をせっせと剥いているシーンを観た時も、そういう地味な生活感はこれまでの新感線の公演ではあまり見かけない気がして不思議と印象に残った。巨大な権力に立ち向かうのはコツコツと日々生活や修行を積み重ねている人達なのである。

名もなき小さき者たちの反乱は代表作の『髑髏城の七人』などで新感線が長らく描いてきたテーマのひとつではあるが、中村と向井による実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーによって説得力が増したような気がした。

中村倫也と向井理の実直な演技の積み重ねが生み出すリアリティーに注目 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』
撮影/田中亜紀

太陽のようなたったひとりの強烈なスター性で瞬間瞬間を魅せていく演劇ももちろん面白い。だが静かに輝く月の表面に目をこらすと、見る人、それぞれにいろんな絵が思い浮かぶような、そんな物語に中村倫也と向井理はふさわしく見えた。
(木俣冬)

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作品概要

劇団☆新感線 41周年興行 秋公演 いのうえ歌舞伎『狐晴明九尾狩』

<東京公演>
2021年9月17日(金)〜10月17日(日)TBS赤坂ACTシアター ※上演終了
<大阪公演>
2021年10月27日(水)〜11月11日(木)オリックス劇場

作:中島かずき
演出:いのうえひでのり

出演:中村倫也 吉岡里帆
浅利陽介 竜星涼 早乙女友貴
千葉哲也 高田聖子 粟根まこと
向井理

右近健一 河野まさと 逆木圭一郎 村木よし子 インディ高橋 山本カナコ 礒野慎吾 吉田メタル 中谷さとみ 保坂エマ 村木仁 川原正嗣 武田浩二

藤家剛 川島弘之 菊地雄人 あきつ来野良 藤田修平 北川裕貴 紀國谷亮輔 下島一成 鈴木智久 武市悠資 山崎翔太(※「崎」の正式表記は「たつさき」) 岩岡修輝 小坂奈央美 後藤祐香 鈴木奈苗 森加織

企画・製作:ヴィレッヂ 劇団☆新感線

公式サイト:http://www.vi-shinkansen.co.jp/kyubi/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami