朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第3週「1942-1943」

第12回〈11月16日(火)放送 作:藤本有紀、演出:橋爪紳一朗〉

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第12回「二度と稔に近づかないで」引き裂かれる安子と稔
写真提供/NHK
※本文にネタバレを含みます

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安子、美都里に会う

淡い期待を抱いて安子(上白石萌音)が雉真家にお菓子の配達に行くと、怖い顔をした美都里(YOU)が出て来て、「小せえ商店街の、小せえ店で」と「たちばな」を小ばかにしたうえ(「小せえ」の言い方が絶妙)、お菓子を受け取らず、「二度と稔に近づかないで」と稔(松村北斗)との付き合いを断じて認めない。

【レビュー一覧】朝ドラ『カムカムエヴリバディ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜12回掲載中)

「暮らしの足しにしてちょうだい」とお代という名目で手切れ金をむき出しで風呂敷の上に乗せるとは、安子を見下しまくった酷い仕打ちだった。

この時かかる劇伴が、旧家の因習にまつわる悲劇を描く横溝正史のミステリー調に聞こえ(横溝正史は岡山に住んでいたこともある)、美都里が家を護るためなら冷酷に徹することのできる人物に見える。


昔の朝ドラは嫁いびりがよく出てきたが、最近の朝ドラはハラスメントになるような言動が抑えめ。ところがYOUさん演じる雉真美都里がひさしぶりに朝ドラらしいちょっと意地悪な姑キャラになる可能性を秘めている。制作統括の堀之内礼二郎チーフプロデューサーはYOUさんだから成立していると語る。

「YOUさんに出演をお願いした時、『視聴者から見たらヒール的な立ち位置ですが、美都里は安子に意地悪をするために生きているわけではなく、息子の稔が大好きで、さらに雉真家を大事にしているからきつい言動になってしまうだけなんです』と説明し、雉真家の奥様として生きてほしいとお願いしました。


台本だけ読むときつくて怖い人に感じますが、YOUさんの人柄やいい意味の力の抜けた表現が、かわいらしい少女のような美都里を作ってくれたので、YOUさんに演じていただいてよかったなあと感じています」

たしかに、ここで迫真のきつい演技をされたら心臓に悪い。艶やかな、現代でも試せそうな着物の柄や着方も素敵だし、ただの意地悪キャラには見えない。この日は『あさイチ』にゲスト出演、「国民の皆さんに謝罪申し上げます」と深々と頭を下げていた。役と俳優は違うことをしっかりアピールできるという意味で『あさイチ』の効能は大きい。

「長うて甘い夢を見続けてしまいました」

「ご注文の品を…ご注文の品を」と美都里の前でおどおどしてしまう安子。帰ってきてすっかり気落ちしてしまう。見かねたきぬ(小野花梨)が稔にお金を返しに行く。そのおかげで稔は母のしたことを知ることになる。

第11回では「母さんは……黙っていてください」と感情を抑えていた稔だが、今度はもう我慢しない。
お金を力いっぱい投げ捨て、「彼女を侮辱するな」ときっぱり言う。それでも乱れた言葉を使用しない育ちの良さ。松村北斗がまるで長時間座禅を組んでいる僧のように凛として稔の潔癖さを貫き続けていて見事。

稔は安子に会いに行くが、安子は「長うて甘い夢を見続けてしまいました」と稔を拒絶する。

「ラジオの英語講座がのうのなったら、覚えた英語忘れてしもうた」。これまでふたりの恋は英語を交わすことで特別なものになっていた。「May I write a letter to you?」や「beautiful sunset」のリフレイン……英語の響きがロマンティックで、英語をわかる人が少ない時代ふたりだけのささやかな暗号のようでもあった。

でもその英語がもう出ない。安子は英語の辞書を稔の胸に押し付けて去っていく。安子の「さよなら」の気持ちを受け取れない稔。辞書は床に落ちる。さみしく落ちた自分の名前の書かれた辞書をそっと拾って立ち尽くす稔。


「歌を忘れたカナリヤ」という歌があるが、英語、そして恋を失った安子。その代わりに、終わりのナレーション(城田優)が英語で締めた。

稔と勇(村上虹郎)のキャッチボールや、稔と安子の辞書のやりとりが登場人物の気持ちを可視化させている。そういうところが『カムカム』の丁寧さのひとつと感じる。



千吉さんの言うことはごもっとも

稔と安子の交際を反対しているのは美都里だけではない。家長・千吉(段田安則)も頭取の娘と結婚してもらわないとならないので必死である。好きにしてもいいが、だとしたら勘当すると冷酷だ。妻にも「こういうつまらんことをするんじゃねえ」としっかり釘を差す。本当に勘当したら、すぐに勇を呼び戻すのだろうなあ。

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第12回「二度と稔に近づかないで」引き裂かれる安子と稔
写真提供/NHK

「今は戦争中じゃ。ちょっと気ぃ抜いたら、隙ゅう見せたら、たちまち潰されてしまう。そういう時勢じゃ」「今のおめえにできるんは、せいぜい親の言うことを聞いて会社の益になるおなごと婚約することぐれえじゃ。そしたら、いずれ戦争が終わった時、おめえが好きなように商いするくらいの財産を残してやれるんじゃ」と物事の道理を淡々と説明する千吉に稔は何も言えなくて……。


段田安則は飄々とした演技も抜群だが、時に非情に怜悧な演技も鮮やかで、千吉のじつに合理的な反論しようのないセリフはしびれるものだった。「今のおめえにできるんは、せいぜい親の言うことを聞いて会社の益になるおなごと婚約することぐれえじゃ」という言葉までもがすごく文学的に響いてくるからすごい。

段田とYOUの資質からか、千吉と美都里は夫婦してクールなところがあって、じめじめねちねち感情的な虐め成分少なめなので見やすい。とはいえ、安子が可哀想で可哀想で……。こんなに主人公の感情に没入できるドラマも昨今珍しいのではないか。上白石萌音の物語る力の豊かさに魅せられっぱなし。
(木俣冬)

『カムカムエヴリバディ』をさらに楽しむために♪


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番組情報

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ

2021年11月1日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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