【写真】卒業公演を終え、SKE48劇場の壁写を外す須田亜香里、ほか卒業公演【5点】
須田亜香里は意志の人だ。彼女ほど意志の強いアイドルに会ったことがない。
1日の卒業公演でもその一端を垣間見ることができた。須田はSKE48チームEのリーダーを務めてきたが、次期リーダーに佐藤佳穂を指名した。その理由は、「いつもファンの方の方のことを思って、動いているところ」と「プロとしての姿勢、覚悟を持っている」ことだという。この2点はまさに須田が信条としていたものだ。
須田といえば、握手会。選抜総選挙でも全国的に名前を売った。ファンを第一に考えていた。
プロとしての姿勢には何度も感服させられた。たとえば、まだ1期生と2期生がグループの中軸を担っていた10年以上前のこと。私はあるコンサートを開場前から見学していた。リハーサルが終わり、先輩メンバーの数人が全体に何点か注意を促した。その後、3期生の須田はすっと挙手し、全メンバーの前で、「ここはこうしたほうがいいと思います」と発言をした。近年こそそのイメージは薄れてきたとはいえ、当時バリバリの体育会系集団だったSKE48で、そんな場面を見たことがなかった。甲子園常連校の野球部において1年生が3年生を前にして意見するようなもの……といったら大げさかもしれないが、それに近い衝撃を受けた。
何年も経ってから、このことを本人にぶつけてみた。
「震えながらでしたよ(笑)。自分なんかが言っちゃダメかなって。でも、そう思ってしまったら、それは舞台に対する妥協なので。だから、私は言ってきました。言わないのが協調性だと思っている子が多いと思うけど、それはただの妥協です」
まったくの正論だ。耳が痛い。本人も自覚しているように、須田はステージに対して厳しい。先輩という括りに入るようになってからも後輩たちにたびたび注意を促してきた。何も言わないことは協調性ではない。気づいたことは発言する。その姿勢がいいステージを作る。
卒業公演での須田は「プロとしての姿勢」だけでなく、「覚悟」という言葉も使った。これまでのインタビューでも、彼女から覚悟を聞いたことがある。
「血がにじむくらいアピールしようと思ってました」
加入当初を振り返ってもらった時の言葉だ。
「目立つためにはどうすればいいか。逆算して行動していました。私に気づいてくれた人をどうやって自分のブログにまで誘導するか――。そういうことをすごく意識していました」
ある番組で、加入当時に高級ブランドバッグを持っていたところ、スタッフから「やめなさい。そういう物を使っているアイドルをファンは応援したくならないでしょ?」ととがめられ、3千円のバッグに替えたエピソードを話したことがある。
初めてカップリング曲に選ばれた際、「他の研究生が選抜になって、負けた気がして。(自分の力が)足りないんだなって思いました」と話している。
初選抜になった時は、「もっと上を目指したいです。まだチームの公演ではソロパートがもらえなくて、端っこで踊ることが多くて。だけど、観てくれる方はいてくださるんです。まずはチームでの居場所を確立したいです」と語ってくれた。
その翌年には、「今年の目標は、AKB48さんのアンダーガールズに入ることです。そのくらいの努力はしているつもりです」と胸を張った。
須田は常に上を見ていた。SKE48には先輩がいたし、東京にはAKB48がいた。目的地に到達するためには、血がにじむような努力をする。それが須田のいうところの「覚悟」なのだろう。
自分を追い込んだ結果、心が折れ、泣き崩れたこともあった。だが、そのたびに立ち上がってきた。
アイドルに憧れて、オーディションに申し込む。2010年代前半のブーム以後、そんなモチベーションのアイドルが急増した。須田は違った。彼女が申し込んだ2009年はブームもまだ起きていなかったし、須田自身も幼少期からのアイドルファンというわけではなかった。だから、アイドルがどういうものかを理解するまでに多少の時間を要した。
理解してからの須田は見る見るうちに成長を遂げた。それは、意志が強いからだ。
卒業後もその意志の強さで芸能界をてくてく歩いていくことだろう。
卒業公演の前日、須田のソロライブが開催された。名古屋のSKE48劇場まで観覧に訪れた。昨年から始めたギターの弾き語りだった。
終演後、須田と話す時間が少しだけあった。翌日、卒業公演を控えていたが、アイドル活動はもうやり切ったような、晴れやかな顔をしていた。卒業後もこんな前向きな人と仕事をしたい。そう思った。
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