【写真】ケイト・ブランシェットの熱演が話題『TAR/ター』場面写真
今までも破天荒、気難しい、暴力、差別的発言、ハラスメントなどが芸術界において、許されていたというわけではないが、少し前までは、どこかで芸術家だから、アーティストだから、作品が素晴らしいから……と暗黙の了解みたいなものが蔓延っていた。
しかし、そんな時代は終わりを告げ、世界は自分中心で回っていると思っているような、いわゆる芸術家肌といわれる人々は芸術家になれない生きづらい世の中になったといえるだろう。
つまり人格と芸術はリンクするということであり、ネットやSNSの普及によって、いくら素晴らしい作品を生み出す芸術家だからといっても、行動や発言に気を付けなければ、一気にどん底に叩き落されてしまう時代になったのだ。
今作の主人公リディア・ターは、男性社会のクラシック音楽界で、数少ない女性という立場から立ち向かい、世界に数人しかいない「EGOT」(エミー賞、グラミー賞、オスカー、トニー賞のすべてを獲得した人のこと)という快挙を打ち立てた人物。
ちなみに『マ・レイニーのブラックボトム』(2020)などで知られる女優のヴィオラ・デイヴィスや『キャッツ』『オペラ座の怪人』などで知られる舞台作家のアンドリュー・ロイド・ウェバーなどもEGOTの一員だが、ケイト・ブランシェットが演じていると説得力が増すというもので、実際に獲っているのではないかと錯覚してしまうほど。
リディアは、冒頭からすでに地位や名声といったものを手にしているのだが、そこに至るまでは並大抵の努力ではなかったし、綺麗ごとだけでは済まされないこともしてきたのだろう。
そういった部分は、作品の中で直接的には描かれていないながらも、ケイト・ブランシェットという女優の存在がそれを想像させる構造となっていることから、監督のドット・フィールドがケイトのキャスティングに拘ったというのは納得だ。
何としてもその栄光を手放したくないリディアをスキャンダルという闇が苦しめる。それはじわじわと周りを巻き込んで、次第に大きく膨らんでいく。時代の変化、ポリコレやコンプラによる視野の縮小、未来への不安、ネットの批判などを栄養としながらどんどんと……。
また今作は主にリディアの視点で展開されるが、リディアの目線からは相手がどう思っているか分かりづらくなっている一方で、逆に他者の目線からはリディアをどう思っているかが感じとれるようになっている。
リディアが現れるとペンをカチカチし始めたり、貧乏ゆすりが止まらなかったり、少し涙ぐんだりと、他者の表情や行動心理を通して緊迫した空気感が伝わってくるようになっていて、その複数の視点が決して交じり合わないところが、いわゆる芸術家とそうでない者の目線の違いかのようにも描かれているのも興味深いといえるだろう。
結局のところ芸術だけを追及していくと、芸術界からは孤立してしまい、落ちぶれてしまう。その例として、あるゲームのコンサートが取り上げられているのは、納得がいかない人もいるかもしれないが、監督が伝えたいのはそういった皮肉だったのではないだろうか。
【ストーリー】
世界最高峰のオーケストラの一つであるドイツのベルリン・フィルで、女性として初めて首席指揮者に任命されたリディア・ター。彼女は天才的な能力とそれを上回る努力、類稀なるプロデュース力で、自身を輝けるブランドとして作り上げることに成功する。今や作曲家としても、圧倒的な地位を手にしたターだったが、マーラーの交響曲第 5 番の演奏と録音のプレッシャーと、新曲の創作に苦しんでいた。そんな時、かつてターが指導した若手指揮者の訃報が入り、ある疑惑をかけられたターは、追いつめられていく……。
【クレジット】
監督・脚本・製作:トッド・フィールド
出演:ケイト・ブランシェット『ブルージャスミン』、ニーナ・ホス『あの日のように抱きしめて』、マーク・ストロング『キングスマン』、ジュリアン・グローヴァ―『インディー・ジョーンズ/最後の聖戦』音楽:ヒドゥル・グドナドッティル 『ジョーカー』(アカデミー賞作曲賞受賞)
原題:TÀR/アメリカ/2022年
配給:ギャガ
(C)2022 FOCUS FEATURES LLC.
5月12日(金) TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
【あわせて読む】これまでの「シン」シリーズとは一線を画す『シン・仮面ライダー』に見る庵野秀明の“こだわりと本質”