【写真】藝大院卒、元女子プロレスラーの谷綿ヒヨリ【2点】
昨今の女子プロレス界にはさまざまなキャリアを持つ選手が増えてきた。アマチュアスポーツで輝かしい実績を残してきたスポーツエリートがいる一方で芸能界からの転身組も激増中。完全なる転身ではなく、芸能界とプロレスラーの二刀流で奮闘する選手も少なくない。
そんな中でもインパクト絶大な女子プロレスラーがいた。なんと現役大学院生との二刀流! もともとプロレスラーだった人が大学院に通うケースはこれまでにもあったが、現役の大学院生が在籍したままプロレスをはじめる、というのはなかなかにレアケースである。
その女子プロレスラーの名前は谷綿ヒヨリ(やわた・ひより)。この3月までさくらえみが主宰するチョコプロに所属し、東京藝術大学大学院でデザインを学びながら、約1年10カ月に渡って毎週のように試合をしてきた。
大学との両立だとしたら、なんとなくイメージも沸くのだが、大学院となると、さすがに通っていた人でないとタイムスケジュールすら想像できない。勝手な印象だと、夜中まで校内に残って研究に勤しんでいるみたいな光景を映画やドラマで見たような、見ていないような……そうだとすると、なかなか両立は難しいようにも思える。
「なにを専攻しているかによって、大学に通う頻度や時間は変わってくるんですけど、そもそも夜は大学が閉まって、居残れないようになっているので、そこは大丈夫です(笑)。昼は大学、夜はプロレスの練習と切り替えられるので、両立は問題なかったんですが、さすがに朝から大学に行って、そのまま練習に向かうと1日、ノンストップになってしまうので、最初のころは大変でした」
大学院に体育の時間がないため「授業の代わりに」とチョコプロが運営する『誰でも女子プロレス』(通称・ダレジョ。
「あの場所は私にとってのサードプレイス。ダレジョに参加することがなかったら、きっと自宅と大学だけを行き来する『デザインをする人』になっていたと思うんですけど、プロレスをやる、という新しい選択肢が生まれて、実際にプロレスをはじめたことで『あっ、私にもできるんだ』って自信をもらった。これから先の人生で、仕事をしながらでも、あっ、私にはこんなこともできるんだなってことが見つかるかもしれない。そんな可能性を広げてくれたのがプロレスだったんです」
そして、今年。大学院の卒業展示のテーマに彼女はプロレスを選んだ。題して『アーカイブ視聴におけるプロレス観戦体験の再構成について』。展示会場にはリングを模した体験装置が置かれ、そこに立つとまるでプロレスラーの視点に立ったかのような映像を体感できるという新感覚というか、実際にリングに立って闘った経験がないと、絶対に形にできないものに。まさに大学院生とプロレスラーの二刀流を続けてきた谷綿ヒヨリにしかできない展示発表だった。
このオリジナリティーあふれる卒業展示は話題を呼んだが、なんと優秀作品賞となるサロン・ド・プランタン賞に選ばれるという最高の評価まで得てしまったのだ。
「私もびっくりしました。
現役大学院生にして、卒業展示で大きな賞に輝いた。下世話な話になってしまうが、これだけの肩書きが並べて、プロレスラーとしてはかなりおいしい状況。世間からの注目も集めやすいし、なにより、すべての肩書きがプロレスラーという立場とのギャップがものすごい。
しかし、彼女は大学院を卒業すると同時に、リングからも卒業するという道を選んだ。もったいないな、と思ったが、大学院を卒業したら就職するのが当たり前の道筋。むしろ、彼女が闘い続けてきたことが「特別なこと」だったのだ。
「かなり早い段階で企業への就職は決まっていたんです。最初は悩みました。プロレスをやるのは楽しいし、なんとか仕事とプロレスを両立できないかな、と。でも、これから新しい仕事をはじめようというタイミングなので、両立どころかどっちも中途半端に終わってしまうなって。それでプロレスの卒業を決めました」
プロレス卒業を発表してからの1か月はゆかりのある選手から憧れの選手まで、毎週のように充実した試合が続いた。
ただ、あまりにも盛りあがった卒業ロードだけに、またプロレスへの未練が沸いてきてしまったのではないだろうか?
「それはないですね。最後の試合は私にとって最高の『最終回』になったな、と思っていて、きっと、また復帰してもあれ以上の試合はできないと感じているので」
4月から新社会人としてスタートをきった彼女。多いときには週に4日、練習に通った上で試合にも出場してきた。そんな生活が激変しての1か月間、なにか変わったことはあったのか?
「目の前にいる人にヘッドロックをかけたくなる衝動にはかられますね(笑)。なんか、まだ一般的な社会の距離感に慣れていません。プロレスはロックアップ(お互いに向き合って肩口をがっつり掴みあう体勢。プロレスの試合はここからはじまることが多い)の距離感でしたけど、日常生活ではあそこまで行くとちょっと近すぎる。これからどんどん慣れていくんでしょうけどね」
プロレスラーしか知らないロックアップの距離感と、組み合ったときに伝わる感情。きっと、それは日に日に薄れていって、夏になるころには、もうヘッドロックをかけたくなくなるのだろうが、プロレスラーとして体感してきたことは、いつまでも彼女の心のどこかに残り続けるし、それをファンが語り継ぐことで永遠に生き続けるはずだ――。
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