ハロー!プロジェクトを応援する若者たちの青春群像を描いた映画『あの頃。』が、2月19日に公開される。
主演のアイドルオタクを演じるのは、結婚を発表したばかりの松坂桃李。今回は映画公開を前にして、原作本『あの頃。 男子かしまし物語』(イースト・プレス)著者の劔樹人と今泉力哉監督が特別対談を実施。知られざる舞台裏と作品に懸ける想いを語りつくしてくれた。(前後編の前編)

【写真】「松坂桃李は三枚目のオタクにもなれる天才」松坂桃李ら、映画『あの頃。』の眩しい登場人物たち

──「昔のアイドルファンの生態」という内容は、大衆に向ける題材としてはマニアックかもしれません。どういう経緯で映画化が決まったんですか?

今泉 僕は「この原作の映画化、興味ありませんか?」と映画会社から持ち込まれた立場なんです。だけど踏み込んだ話をいきなりすると、実はこの原作本『あの頃。 男子かしまし物語』は以前にも映画化の話が持ち上がっていたらしくて。だからマニアックどころか、相当な争奪戦が水面下で繰り広げられていた可能性もあります(笑)。劒さん、そのへんは実際どうだったんですか?

劔 今回の映画化は2017年に決まったものなんですけど、最初に「映画にしたい」という話が出たのはたしか2015年じゃなかったかな。今回と違う映画会社、違うスタッフによる立案だったんですけど。


今泉 原作を読ませてもらって、これを映画にしたら面白いものになるだろうな、という感触はありましたけど、だけど細かい部分……たとえば楽曲をどれくらい使えるかとか、どれくらいの予算を割けるかとか、そういった部分で調整が大変だろうなとも考えていました。それで難航したのでは。低予算では難しい題材というか。

劔 そもそも原作を描いているときは、書籍化する予定もなかったですからね。出版社の人と「誰に向けてアピールするか?」という話になったとき、「まずはアイドル好きな人に訴えたい」と僕は伝えたんです。というのも『あの頃。』という作品は“余命モノ”という側面も持っているから、「泣ける」「共感できる」という方向に舵を切る選択肢もあったと思うんですよね。

今泉 そこは大きな分岐点ですね。僕は、今まで何度も、“余命モノ”とかはやらないですね、と公言してきてるんです。余命いくばくもない人の話なんて、誰がどう撮ったって泣けるじゃないですか。それは僕がやる必要がないというか。ただ、『あの頃。
』が特殊なのは、死ぬ人が“いい人”ではないということ。大抵の余命モノって、若くして亡くなり人がいい人なんですよ。でも、この原作は、仲間内で一番ずる賢くて小憎らしい男が亡くなり、死んでからも生きてると同じように粗雑にいじられる。そこが好きで。死者を美化しない、ベタな美談じゃないからこそ、この映画では堂々と余命モノ(笑)を撮りました。

劔 僕は『あの頃。』以外にフィクションの漫画も描いていますし、おそらく今後も市井の人を題材にして描き続けると思うんですけど、自分の中ではノンフィクション的な意味において『あの頃。』を超えるテーマは見つからない。『あの頃。』以上に映像化する意義のある漫画が描けるとも思えない。『あの頃。』は別にベストセラーになったわけでもないから、「なんで映画化?」と不思議がる人もいるはずです。
とはいえ、自分の中では「これしかない!」という自信作ではあるんですよ。

──この映画に出てくる人たちって、言ってしまえばアイドルを応援しているだけですよね。大会で優勝を目指すわけでもなければ、デビューを勝ち取るために努力もしない。物語としてカタルシスを作りづらかったのでは?

今泉 誰かと戦って勝利したり、主人公が成長したりする映画も、僕がつくらなくていいというか。ほとんどの映画がそうなので。僕の興味は、だらしなかったりダメだったりする人が、一応は頑張ろうとするものの何もできずに終わる……とか。そういう題材の方が興味がありますね。頑張るって素晴らしいことですけど、人間、みんながみんな頑張れるわけではないですし、僕自身も極力さぼって生きたいと考えていますし。

劔 でも確かに原作が脱力感満載だから、映画にするときは苦労したんじゃないですか(笑)?

今泉 確かにヤマ場のつくり方は少し苦労しましたね。ただそれよりも心を砕いたのは、ちょっとした下ネタや、品のない男たちの集団ならではのシーンの描き方について。原作には風俗ネタやAVなどの話が出てきますが、「現役アイドルが出演して、今は女性ファンも多いハロプロを題材にした映画で、どこまでそういった表現をするのか?」とかは考えました。

劔 こんなことになるなら原作の段階で下品な部分はすべて描き変えたかったです。
単純に時代背景も違うから、「今だったら許されない」ということも多いんです。そこは僕からもお願いしたし、スタッフの人たちも含めて神経を使ってもらったポイントでしたね。

今泉 ただ、シンプルに「すべての際どいシーンを取り除けばいい」という単純な話ではない。死ぬ間際になっても性的なことを考えるし、どこか情けないけどそれが人間のリアルな姿で。そういう部分が描かれていることも『あの頃。』の魅力というか。あと、映画が完成してみて気づいたんですけど、風俗嬢やAV女優とのシーンなどがあることで、いかにアイドルをそういう性的な対象としてみていないか、ということも強度をもって描けたと思っています。

劔 この映画、アップフロントプロモーション(※ハロー!プロジェクトを運営する芸能プロダクション)にも一応チェックして頂くことになっていたんです。先に言われていたのが「オタクを気持ち悪く描き過ぎないでくれ」ということ。

今泉 いや、言いたいことはわかるんですよ。実際、ちょっと前のテレビや漫画って過剰にアイドルオタクを気持ち悪く描いていたじゃないですか。ステレオタイプに蔑んで、ネタにして。


劔 チェックのシャツを着て、巨大なリュックサックを背負って、眼鏡をかけながらヲタ芸を必死で打つ……みたいな(笑)。

今泉 そんな風にする気は毛頭なかったですけど。オタクにもひとりひとり個性はあるし。ただ、この作品の時代は今ほどオタクに市民権はなかったですし、今みたいにライブ現場に女性が殺到することもなかった。そんな状況の中で活動していたからこその劒さんたちの青春の輝きがあったわけだし。そこはきちんと描こうとはしました。だから、きちんとオタクにひいてる人も登場させてます(笑)。

──最近の若いアイドルファンが観たらギョッとするかもしれませんね。特攻服とかのオタク文化も消えつつありますし。

劔 そういう細かいディティールが、この映画ではすごく重要だったと思います。

今泉 演出部はじめ、衣装さんやヘアメイクさん、多くのスタッフが、本当に細かく当時のことを調べてくれました。それからヲタ芸とかの文化も今とは当然違ったりしますし。


劔 ヲタ芸に関しては、実はハロプロあべの支部(※劔たちの集団)は一切やらなかったんですよ。「俺たちは他のオタクたちと違う」というプライドもあったのでしょう。正直、何も違わないんですけどね。モーヲタ言論を関西でリードしていこうという気概があったんです。なにしろ当時はテキストサイトやネットラジオ全盛期で、オタクの書く文章は面白かったですからね。

今泉 こういう細かい部分って、当事者じゃないと絶対に感覚として伝わりきらないですよ。なので、わからない部分は本当に劔さんに頼りまくってつくりました。

劔 これはアイドル映画ではなくて、アイドルオタク映画。さらにいうと、まだ「ハロヲタ」が「モーヲタ」と呼ばれていた頃の話ですからね。そのあたりは本当に徹底しているし、『あの頃。』を知るファンならニヤリとしてもらえるんじゃないかな。逆に『あの頃。』を知らない人たちの目には、すごく新鮮に映ると思います。

【後編はこちら】映画『あの頃。』原作者・劔樹人×監督・今泉力哉が語る「松坂桃李は三枚目のオタクにもなれる天才」

▽映画『あの頃。』
2月19日より東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開

あらすじ
バイトに明け暮れ、好きで始めたはずのバンド活動もままならず、楽しいことなどなにひとつなく、うだつの上がらない日々を送っていた劔(つるぎ)。そんな様子を心配した友人・佐伯から「これ見て元気出しや」とDVDを渡される。何気なく再生すると、そこに映し出されたのは「♡桃色片想い♡」を歌って踊るアイドル・松浦亜弥の姿だった。思わず画面に釘付けになり、テレビのボリュームを上げる劔。弾けるような笑顔、くるくると変わる表情や可愛らしいダンス…圧倒的なアイドルとしての輝きに、自然と涙が溢れてくる。すぐさま家を飛び出し向かったCDショップで、ハロー!プロジェクトに彩られたコーナーを劔が物色していると、店員のナカウチが声を掛けてきた。ナカウチに手渡されたイベント告知のチラシが、劔の人生を大きく変えていく――。

劔樹人
1979年5月7日生まれ、新潟県出身。 漫画家、「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシスト。 また、過去にはパーフェクトミュージックで「神聖かまってちゃん」や「撃鉄」のマネジメントを担当。 入江悠監督『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴りやまないっ』(11)には俳優として出演し、また数々のウェブサイトにて漫画コラムを執筆する等、音楽の領域に留まらない幅広い活動が注目を集めている。2月19日には新刊「敗者復活の唄。」(双葉社)が発売される。

今泉力哉
1981年2月1日生まれ、福島県出身。映画監督。2010年『たまの映画』で長編監督デビュー。13年『こっぴどい猫』がトランシルヴァニア国際映画祭で最優秀監督賞受賞。翌年には『サッドティー』が公開され、話題に。近年の作品に『愛がなんだ』(19)、『アイネクライネナハトムジーク』(19)、『mellow』(20)、『his』(20)など。公開待機作に全編下北沢で撮影した若葉竜也主演『街の上で』(4月9日公開)がある。

(C)2020『あの頃。』製作委員会
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