長い間、サーフィンはエンターテインメント性が弱いとされてきた。
しかしプロの試合をライブ放送しているABEMAのディレクターは「スポーツとして唯一無二の魅力がある」という。
ライブ放送と平日開催で、視聴者数の増加を実現
スポーツの関わり方には「する」「みる」「支える」があると言われる。メジャースポーツの野球を例にすればその構図はわかりやすく、年齢や性別を問わずに多くの人がプレーし、スタジアムやテレビ、オンラインで試合を観戦し、スポンサーや自治体からの支援を得て、大衆的なスポーツとして成立している。
オリンピック競技となりメダルを獲得したもののメジャースポーツになったとは言い切れない日本のサーフィンは、長く「する」スポーツだと言われてきた。「する」ことが楽しく、「みる」にはエンターテインメント性が弱いとされたためだ。
簡潔に言うと「マイナースポーツだから」ということなのだろう。マイナースポーツは多くのコア層に支えられライト層は少ない。つまり間口が狭い。
マスメディアや大手ポータルサイトのトップページを飾ることはほとんどなく、だからインターネットテレビのABEMAが、日本プロサーフィン連盟(JPSA)の年間ツアー全戦をライブ放送していることには、サーフォン普及において大きな意味がある。
しかもライブ放送は無料視聴が可能。非常に大きな間口なのだ。
加えて近年JPSAの試合は平日に開催されることが多くなった。休日は自らが波に乗りたいと思うのがサーファーの性。
大会会場以外の地域に暮らすコア層にアプローチできる平日開催の決断は視聴可能な人を増やす英断であり、そこにコロナ禍が重なった。社会的にリモートワークが推奨される中、“ながら視聴”をする人が生まれていった。
「確かに相対的に数字は上がりました。平日開催とコロナ禍のどちらが主要因か測りかねるところはあるのですが、休日に海へ行くサーファーさんを取り込めた可能性は高いのかな、と感じています」。
そう話すのはABEMAを運営するサイバーエージェント社でディレクター職にある藪本拓也さん。2014年の入社後は動画制作に携わり、サーフィンやスケートボード、スノーボードを題材とした番組「YOKONORIチャンネル」でJPSAとつながりができた。
「JPSAさんは40年の歴史を持っていて、多くのコアなファンがいる印象です。しかも、それだけ長く運営されていながらコア層が離れることなく支えているというのはマイナースポーツの競技の中では珍しいとも思います。
言ってみれば、一度ハマれば熱狂度が高くなるスポーツ、ということ。そのためか1ユーザーの視聴時間はほかのコンテンツに比べて長い傾向があるのです」。
そして藪本さんは、コア層の多いサーフィンにはメジャースポーツ化できる高い可能性がある、と続けた。
「僕がサーフィンを始めたのは20代後半から。
対応してくれた人たちはサーファーで、東京では出会いにくいタイプ。ポジティブな意味で野蛮ですし、近寄りがたい雰囲気を纏っていました。
その後もJPSAの試合など、中継で出会ったサーファーたちに影響を受けて、すぐにそれまで住んでいた都内から千葉へ引っ越したんです」。
今も藪本さんは千葉のビーチサイドに生活の拠点を置き、日常的にサーフィンを楽しみながら、東京・渋谷のオフィスと行き来する生活を送っている。
そして自身がサーファーの格好良さに触れ、サーフィンに深々とハマった張本人だからこそ、マイナースポーツから脱却できる可能性を信じているのである。
最高品質か唯一無二か。サーフィンは後者になれる
ABEMAディレクター 藪本拓也さん●1988年、東京都生まれ。2014年、サイバーエージェントに新卒入社。以降、動画制作に携わり、現在はスポーツエンタメ局に所属。スポーツ中継の責任者として多くの番組制作に携わる。サーフィンの試合は、ライブ放送は無料で、アーカイブは有料で視聴することが可能。テレビ屋としてだけでなく、サーファーとしても日本のサーフィンを盛り上げていきたい。そのような思いを抱く藪本さんが、ABEMAのスタッフとしてサーフィンに対してできるのは「プロサーフィンの試合を放送する」ことだ。
多くの人に見てもらいたいという思いを持ち、そのため常により良い演出法を思考している。無論、番組継続のために数字をあげることも重要だ。
「ABEMAでは制作コンテンツに関して“最高品質か唯一無二を目指す”というスローガンがあります。
スポーツならMLBはABEMAで放送している最高品質のコンテンツ。サーフィンも最高品質を目指していますが、おそらく勝ち筋としては唯一無二の魅力を突き詰めていくことだと、僕は感じています。
というのも競技性以外の楽しみ方に乏しい多くのスポーツに対し、サーフィンは音楽やアート、ツーリズムなどの視点からも語れるように多面的です。
勝敗の行方を追いながら副次的な要素を絡めた放送内容にすることはできないか? そのようなことを常に考えています」。
試合自体の中継方法にも伸び代はあるという。
「サーフィンの試合の面白さは、20分~30分の制限時間内に、いかに点数の出るいい波を摑めるかどうかの勝負にあると言えますし、その世界観を映像表現するのが僕らの仕事。
先日、今年の日本代表を決める大会『第3回 ジャパンオープンオブサーフィン』を放送しましたが、会場が自然の海ではなく人工的に波を造り出すサーフィン用プールであったこともあり、二画面にして見せるなど今までとは違った演出に挑めました。
とても意義深い仕事にはなったのですが、先の展開が読めないスポーツらしい緊張感を作り出せなかったという反省も、個人的には残りました」。
緊張感は筋書きがないために生まれる“スポーツならではの感動”の総量に影響する。さらにその感動は見る者を魅了し、ほかのスポーツに加え、映画や情報バラエティなど他ジャンルのコンテンツと差別化される要因ともなる。ゆえに大切なのだ。
それにしても波も時間も管理できる環境でさえ“盛り上げ”の演出は難しいのだから、少しの先行きも読めない自然の波が舞台の場合はなおさらだろう。
特に日本での試合には、波のサイズが小さく数も少ない状況がよくあり、選手が沖で波を待ち続ける模様は視聴者を退屈にさせてしまう。
「以前からの課題です」と藪本さんも認め、だからこそ効果的な見せ方を発見できれば“最後の数分での逆転劇”といったサーフィン特有の面白さや感動を大勢と共有でき、間口を広げていく契機になるはずだと考えている。
メジャースポーツ化のために不足していること
さて、ABEMAは「マイナーをメジャーへ」とすることに事業の指針を置く。つまり“サーフィンをメジャーへ”ということだが、MLBなどを担当してきたからこそ「足りていない」と感じることがある。まずは選手のメディア対応だ。
「たとえば格闘技では敗戦した選手ですら試合後のインタビューに対応します。
本音ではない部分や強がりが入っている可能性は否定しません。それでもカメラの前で自分の意見を伝えている。プロだなと感じます」。
画面の向こう側にいる不特定多数の人たちに言葉を届ける。しかもより多くの人に届くように、発する言葉を考える。格闘技の魅力が広く伝わり、できるだけ多くの人に格闘技が支えられることを期待しているから生まれる姿である。
そのようなアスリート然とした姿はメジャースポーツでは当然のように見受けられる。
プロサーファーにも世界で活躍する選手や日本代表選手を中心に同様の姿勢が見られるようになってきたと藪本さんは言う一方、JPSAが選手にメディア対応のレクチャーやトレーニングを施すなど改善の余地はあるとも考える。
家から海へ行く流れのなかで、試合やサーフィンに触れられるきっかけがほぼないとも感じる。
「車内のラジオで試合の情報は出てこないし、道中に寄るコンビニエンスストアなどではサーフィン用のワックスが売っているくらい。
でも野球やサッカーは駅からスタジアムへ行くまでの間にユニフォームを着た人たちを多く目にします。
換言すれば日本のサーフィンは伸び代だらけ。本気で発展を考えるなら、日本人選手が活躍したオリンピック後の今こそ、関わる人たち全体で策を講じることが大切だと説く。
半面、おそらく完璧な時代はやってこないとも思う。だから自らが最も大切にすべきは、思考と実験を続け、時代に即したプランを柔軟に創造して中継にのぞむこと。続けていくことが何よりもの力になるのだ。
そうして、やがて社会からの追い風が日本サーフィンに吹くことに期待もしながら、藪本さんは自身の生業に今日も邁進していく。
渡辺修身=写真 小山内 隆=編集・文
