ブラジル南部リオグランデ・ド・スル州で、4月末からの豪雨による大洪水が起こった。同州ではもちろん、ブラジル全体で見ても、水害としては歴史上前例がないほどの規模だ。

 人口約1088万人の州で、230万人以上が被災し、5月20日時点で死者157人、行方不明者85人。58万人以上が避難を余儀なくされ、そのうち7万6000人以上が臨時の避難所で生活している。

 この期間、州都ポルト・アレグレ市の広範囲で道路が川同然になり、家屋が屋根まで水に浸った。現在、水位が下がった地域もあれば、その後の降雨もあり、まだ復旧・復興へのめどを立てようのない地域もある。

ブラジル史上最大規模の水害…闘将ドゥンガは連日の救済活動に従事

屋根まで水に浸かったポルト・アレグレの街並み(Photo: Instagram@scinternacional)

 この大災害は、サッカーにも大きく影響している。リオグランデ・ド・スル州の2大クラブであるインテルナシオナウとグレミオでは、スタジアムもトレーニングセンターも、スタンドより下は水没した。

選手もチーム関係者も被災者であり、5月4日から27日までの間、この州にある全クラブ、全カテゴリーのホーム&アウェー全試合が延期となった。またブラジル全国選手権1部では、2節分の試合が全面的に延期されている。

ブラジル史上最大規模の水害…闘将ドゥンガは連日の救済活動に従事

ピッチが水没したインテルナシオナウのホームスタジアム(Photo: Instagram@scinternacional)

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 2週間、活動できる状況になかったインテルとグレミオの選手たちは、5月も半ばになって、サンパウロ州に移動しての合宿により、ようやく練習を再開したところだ。

日頃から慈善活動、そのノウハウを生かす

 支援の輪も広がっている。ブラジルサッカー連盟はリオグランデ・ド・スル州への寄付送金のシステムを立ち上げ、ネイマールやビニシウス・ジュニオール、ロドリゴ、ダニーロといった現役ブラジル代表選手たちが広く一般に呼びかけている。多くの選手や元選手個人による寄付も、当初から続々と行われている。州内のクラブの選手たちは、自らがボランティア活動にも参加してきた。

元選手たちによるチャリティーマッチなどもブラジル各地で始まっている。

 そんな中で、洪水の起こった直後から現在に至るまでの3週間、連日奔走しているのが、ジュビロ磐田でもプレーした元ブラジル代表の闘将ドゥンガだ。リオグランデ・ド・スル州は彼の地元であり、現在の住まいでもある。

 ドゥンガは現役時代から長年に渡り、常に積極的な慈善活動を行ってきた。2020年に新型コロナのパンデミックが起こってからは「Seleção do Bem 8」というグループを立ち上げて寄付の仕組みを作った。ブラジル代表を意味する“セレソン”と、彼の背番号を盛り込んだ組織名は、訳すならば「善行セレソン背番号8」というニュアンスだ。

 今回も、そのノウハウを生かした活動を拡大している。ドゥンガ自身と「善行セレソン」のインスタグラムアカウントで、どういう寄付が必要なのかを投稿する。すると、全国の企業や自治体、さまざまな組織や商店、実業家らが寄付を申し出る。ドゥンガは届いた物資などを前に、寄付元の名前とその内容を紹介し、感謝のコメントとともにスマホで撮影し、投稿する。さらに、届け先への搬入風景や、可能な時には受け取る人々の表情や言葉もビデオや写真で投稿する。

ブラジル史上最大規模の水害…闘将ドゥンガは連日の救済活動に従事

航空会社や空港の関係者とともに感謝の言葉を述べるドゥンガ(Photo: Instagram@selecaodobem8)

 ドゥンガへの信頼感と、必要なものを必要なところに確実に届けるシステムによって、支援の輪は大きく広がり、水や食料、衛生用品、マットレスや毛布などの物資、医薬品から車椅子まで、連日大量に届いている。

自ら陣頭指揮を執り物資を運ぶ

 支援の形は物だけでない。例えば、ポルト・アレグレの空港も冠水し、5月6日から閉鎖されているため、航空会社がこの活動のために協力を申し出て、近郊の空軍基地と手を組み、寄付された物資の輸送を実現している。

 同州では昨年9月にも集中豪雨によって5万人以上が被害を受け、4000人以上が避難を余儀なくされる水害が起こった。ドゥンガはその際に住居を失った人たちのために、家の建設と提供も行ってきた。今回もそのノウハウを生かし、100軒を建設するためのキャンペーンを立ち上げた。

 彼はこうした活動の陣頭指揮を執るとともに、自分も寄付を行っている。同時に、物資を運ぶための担ぎ手の1人でもある。

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 また、こうした活動を支えるスタッフやボランティアにも心を砕いているのが、ドゥンガの人柄と経験ならではだ。物資の運搬は重労働で、力仕事。彼はその作業に一緒に取り組んだ後、インスタに投稿するために「〇〇に物資を搬入しました。早朝から筋トレに励んだのは彼らです!」などと紹介し、ボランティアたちを笑わせる。炊き出しの現場では、その弁当を立ったまま食べながら「最高! すごくおいしいから、僕も食べさせてもらうよ!」と周囲を和ませる。体力も気力も消耗しやすい現場だからこそ、笑顔をもたらそうとしているのだ。

 5月12日の母の日には、普通なら家族で過ごすはずの日にボランティア活動をするお母さんたちに、小さな花束やチョコレートをプレゼントし、熱いスピーチで感涙させた。

 また、物資を届けた先では可能な限り被災者たちを抱きしめ、肩を抱いて、言葉をかける。炊き出しの弁当箱の蓋に、黙々とメッセージとサインを書いていることもある。

すべてを注いで救済に取り組む

 自分の持つ知名度や経済的なコンディションに加え、これまでの経験や人脈を最大限に生かし、仲間たちと様々な方法で被災者に手を差し伸べる。その際には、寄付する側、受け取る側、スタッフやボランティアなど、全方位に細やかに配慮し、連帯感を生み出している。

 ドゥンガ自身は今もサッカーに情熱を抱いている。監督業も、自分から探すことはないが、日頃から「今後のことは分からない」とし、「興味のあるオファーが来れば考える準備はある」と言っている。今年2月には元チームメイトであり、現スポーツダイレクターの藤田俊哉氏による発案でジュビロ磐田訪問が実現し、クラブのために精力的に活動した。

 そんな中、今回の歴史的規模の水害では、知恵、体力、経験、忍耐、愛情のすべてを注いで救済に取り組んでいる。その活動は、同州復興の長い道のりとともに、この後も続いていくはずだ。


Photos: Getty Images, Instagram@selecaodobem8, Instagram@scinternacional