【松尾潔のメロウな木曜日】#81
本連載の初回は2022年9月。そこに登場したのは、入稿直前の夜にたまたま新宿の酒場で出会った中森明夫さんと島田雅彦さんだった。
ぼくたちがふだん〈話し言葉〉〈書き言葉〉と言い慣わしているように、コトバにはふたつの顔がある。哲学をかじったひとなら、パロール(音声)、エクリチュール(文字)というフランス語を思いだすかもしれない。
それってどうなのよ? 上とか下とかある? と異を唱えて熱烈な支持を得たのが、ジャック・デリダ。昭和ヒト桁生まれにあたるこのフランスのおじさんは、ぼくが学生だったころ、つまりバブル期に現役スター学者として大人気でブイブイ言わせてました(死語ですね)。彼のそんな考え方には「脱構築」という日本語があてられた。この三文字に抗いがたい魅力を感じる若者は結構いたものです。ダツコーチク、と実際に口に出してみるとわかるのだが、この言葉にはちょっとクセになってしまうような魅力がある。
前置きが長くなった。島田雅彦さんの話をしたい。現在63歳。人気小説家にして法政大学教授、芥川賞選考委員、紫綬褒章受章者。
東京外大ロシア語科に在学中の83年、デビュー作『優しいサヨクのための嬉遊曲』でいきなり芥川賞候補となり、86年まで候補となることじつに6回。「吉行淳之介以来の美男作家登場!」と騒がれ、がしかし、芥川賞選考委員だったその吉行に「この男の書くものは、毎回、期待してページを開き、頭にきて閉じる」と愛憎だだ漏れの苦言を吐かせた男。
■稀少な現代の文士
何しろ『島田雅彦芥川賞落選作全集』なる2冊組(!!)を河出文庫から出しているのだから痛快きわまりない。色っぽい噂も何度となく経験しているし、昨年は元首相暗殺をめぐる発言で物議を醸したのも記憶に新しい。このひとのいるところ、何かが起こる。そう思わせる稀少な現代の文士であることに異論の余地はない。
だが、そんな島田さんが2007年公開の劇映画『東京の嘘』で主演を務めたことは、あまり知られていないのでは。
上映館数の少なさとサブスク未解禁ゆえに〈幻のカルト映画〉とも呼ばれる『東京の嘘』を、2024年のいま島田さんと井上監督が縦横無尽に語るトークイベントが、来週末4月27日に御茶ノ水のブックカフェ〈エスパス・ビブリオ〉で催される。おふたりに兄事するぼくが進行を務めるので、ぜひ気軽にお運びいただきますよう。
この顔ぶれである。トークの話題が同作品だけにとどまることはまずあり得ない、と予めことわっておこう。
(ご予約はメールか電話で。エスパス・ビブリオのホームページをご覧ください)
(松尾潔/音楽プロデューサー)