【その他の写真:フィリピン】
一連の捜査で、警視庁は2016年以降、全国の出資者5500人からおよそ460億円を集めていたとみており、事件の全容解明を進めている。
巨額資金を集めた「成長」の物語
今回再逮捕されたのは、フィリピンの会社「S DIVISION HOLDINGS INC.」の実質的経営者、須見一容疑者(45)ら3人。警視庁によると、彼らは2022年から2023年にかけて、40代から60代の男性4人に対し、「フィリピンでの金融事業や日本語新聞の発行事業で高い利益をあげている。社債を買って投資すれば年利10~15%の高い利息を毎月得ることができる」などと嘘を言って、合計7300万円をだまし取った疑いが持たれている。
提示された年利10~15%という利回りは、日本の銀行預金がほぼゼロ金利である現状と比べ、圧倒的な高水準である。この魅惑的な数字を現実的に見せるため、彼らはフィリピン経済の成長というストーリーを巧みに利用した。豪華なパンフレットやウェブサイトには、フィリピンの熱気あふれるインフラ開発や、高級コンドミニアム建設などのプロジェクトが並び、投資家は成長著しい新興国の活気に乗り遅れてはいけないという錯覚に陥った。
しかし、冷静に考えれば、これほど高い利回りは極めて高いリスクと引き換えにしか得られない。投資の基本原則である「ハイリスク・ハイリターン」を逸脱するものであり、金融の専門家であれば誰もが不審に思う水準であった。
投資金の大半は海外に送金されず
警視庁の調べによると、3人は実際には事業が赤字だったにもかかわらず、利益が出ていると説明するパンフレットを作成し、投資を募っていた疑いがあるという。集められたおよそ460億円のうち、フィリピンでの事業のために送金されたのは、わずか16億円程度にとどまっていたとみられている。
この事実が示すのは、今回の事件が典型的な「ポンジ・スキーム」の構造を持っていた可能性が高いことだ。
被害者を誘い込んだ心理的要因
なぜ、およそ5500人もの人々がこのような詐欺に騙されてしまったのか。そこには複数の心理的要因が絡み合っている。
第一に、「フィリピン経済の成長」という、一見すると合理的に見えるストーリーの説得力だ。多くの投資家は、メディアなどで報じられるフィリピン経済の「勢い」を知識として持っており、それが詐欺的な投資話にリアリティを与えた。
第二に、勧誘者が友人や知人であったケースが多かったことだ。人は見知らぬ人よりも、信頼関係のある人物からの情報を信じやすい。親しい人からの「自分も儲かっているから大丈夫」という言葉は、安易な投資への強力な後押しとなった。
第三に、「早く始めなければ乗り遅れる」という焦燥感である。
「成長」と「詐欺」を見分けるための教訓
今回の事件が明らかにしたのは、投資における情報と知識、そして冷静な判断がいかに重要かということである。フィリピン経済が実際に成長しているのは事実であり、健全な投資機会も数多く存在する。しかし、その「成長」という魅力的なキーワードは、詐欺師にとっては格好の餌食となる。
健全な投資とは、その投資対象がどのような事業で、どのようなリスクを抱えているのか、そしてその事業が本当に収益を生み出しているのかを、自らの目で確認することから始まる。投資家は、金融商品を提供する事業者が、金融庁への登録など法的な要件を満たしているかを確認する義務がある。
今回の事件は、投資家自身の金融リテラシーの欠如、安易に「儲かる話」に飛びつく心理が、結果として巨額の被害を生んだことを痛烈に物語っている。今後、同様の詐欺を未然に防ぐためには、当局による厳格な監視体制の強化に加え、一人ひとりがリスクとリターンを正しく理解し、自らの資産を守るための知識を身につけることが不可欠である。今回の事件を教訓とし、健全な投資社会の構築に向けた取り組みが求められる。
【編集:YOMOTA】