古来「鳥が尽きれば弓はしまわれる」とはよく言ったもので、困った時はさんざん利用しておいて、いざ平和になればお払い箱が世の習い。

戦国時代の武士たちも、乱世が過ぎ去ればもはや用済み。
世渡り下手な武辺者たちはたちまち職を失いました。

武士は食わねど高楊枝、とは言うものの、意地を張るにも限度があります。また自分ひとりなら我慢できても、妻子が飢えに苦しむのは何より悲しく惨めなものです。

今回は江戸時代の武士道バイブル『葉隠(はがくれ。葉隠聞書)』より、とある鍋島藩士のエピソードを紹介したいと思います。

■武士の家に居る者が、米などの無きとて……

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「ちょいと待ってナ。すぐに米を持って来てやるから」一体どこへ行くつもりか(イメージ)

一六 齋藤用之助内証差し支へ、晩の飯料もこれなく候について、女房歎き申し候。用之助これを承り、「女なりとも武士の家に居る者が、米などの無きとて草臥れ候事腑甲斐なし。米は何程にてもあるなり。待つて居り候へ。」と申して、刀を取り外に立ち出で候へば、……

※『葉隠聞書』第三巻より

今は昔し、齋藤用之助(さいとう ようのすけ)は生活に苦しみ、女房が「今夜のご飯も炊けやしない」とブーブー文句を垂れていました。

「やかましい。たとえ女子(おなご)といえども、武家の人間が米のないくらいでへこたれていかがする。
まったく……米などいくらでも用意してやるわい。しばし待っておれ」

そう言うなり、用之助は刀を持って外出。いったいどこへ行くのでしょうか。



■用之助立腹致し、刀をすはと抜き……

【葉隠】武士は食わねど高楊枝…しかし生活苦で家臣が強盗、戦国大名・鍋島直茂かく語りき【前編】


米を運ぶ百姓(イメージ)

……馬十疋ばかり米を負うて通り申し候。用之助見て、「これは何処へ参り候や。」と申し候。百姓共承り、「下台所へ参り候。」と申し候。「さらば斯う参り候て我等所へ下ろし候へ。我等は齋藤用之助と云ふ者なり。役者衆へ引き合ひ申す米これある事に候。あちこち致すは其方共大儀にて候。手形は出し申す事に候間、これを庄屋に見せ候へ。」と申し候。百姓共請け合ひ申さず、直に罷り通り候について、用之助立腹致し、刀をすはと抜き、「一人もやるまじき。」と申し候について、皆皆手を立て断り申し候て、用之助所へ持ち越し、手形を取り罷り帰り候。
……

※『葉隠聞書』第三巻より

「よう、暫く」

用之助は道行く荷駄を止めて、行き先を尋ねます。馬を曳いていた百姓らは「村の年貢米を、お城へ納めますだよ」とのこと。

「それは好都合。それがしは齋藤用之助と申す。米を集めるよう申しつかっておるゆえ、我が家へ運んでもらいたい」

「え?そんな指示は受けておりませぬ」

「いいから申す通りにせえ。一度お城へ運んでから、わざわざ我が家へ運ぶのは面倒であろう。我が家で手形を渡すゆえ、それを庄屋に見せれば問題ない。ささ、早うせぇ」

そんな事を言われても……百姓たちがなおも渋っていると、しびれを切らした用之助は抜刀して詰め寄りました。

「左様か。それがしの申すことが聞けぬならば、うぬら一人も生かして帰さぬ!」

あまりの剣幕に震え上がった百姓たちは平伏して米を齋藤家へ運び、用之助が偽造した手形をもらって引き上げます。

■御僉議の上、死罪に相極り……

【葉隠】武士は食わねど高楊枝…しかし生活苦で家臣が強盗、戦国大名・鍋島直茂かく語りき【前編】


天網恢恢、疎にして漏らさず(イメージ)

……用之助女房に申し候は、「米はこれ程沢山にあるなり。心まかせに使ひ候へ。」と申して罷り在り候。
然る處、右の段相聞え、用之助御究めなされ候處、有体に申し出で候。御僉議の上、死罪に相極り、例の如く、「加州様へ御耳達し候様に。」と仰せ付けられ、当役の衆三の丸へ罷り出で、右の次第申し上げ候。……

※『葉隠聞書』第三巻より

「おう、戻ったぞ」

帰宅した用之助は、女房に馬十頭分の米を見せて言いました。

「米ならこの通り、いくらでもある。好きなだけ使うがよいぞ」

ドヤ顔の用之助に対して、女房は喜ぶどころか青くなってしまいます。いきなりこんな大量の米を持って来るなんて、ただごとではありません。

「あなた、一体何を……」

「案ずるな、大丈夫じゃ。これからはもう、そなたに苦労はかけさせぬ」

そんなことを言った矢先に、用之助は役人に捕らわれてしまいました。当たり前ですね。

僉議の結果、用之助は強盗(がんどう)の罪により死刑判決が下ります。気の毒とは言え、これまた仕方ありませんね。

「加州(かしゅう。
加賀守=鍋島直茂)様へお伝えせよ」

齋藤用之助、これこれの次第につき死罪と相極まり候……藩主・鍋島直茂(なべしま なおしげ)の元へ報告が届きました。

【後編】へ続く

※参考文献:

  • 古川哲史ら校訂『葉隠 上』岩波文庫、2011年1月

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