「やはり、サプライズゼロ回答だった」。日本銀行は2023年6月15日、16日の金融政策決定会合で、現在の大規模金融緩和策を「粘り強く維持する」ことを全員一致で決めた。

声明文の記載も軽微な変更にとどまり、長期金利の変動幅についてもプラスマイナス0.5%程度と、これまでと全く変わらなかった。これは大方の市場の予想通りだった。

市場の関心はむしろ次回7月27日~28日の決定会合に向いている。この音なしの構えの日本銀行の姿勢、これからどう変わるのか、あるいは変わらないのか。エコノミストの分析を読み解くと――。

植田日銀総裁「円安についてはコメントしない」

足元の消費者物価指数(生鮮食品を除く)はすでに13か月連続で、日本銀行が物価目標としている「2%」を上回る状態が続いている。

しかも、市場やエコノミストの間ではかねてから、イールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)に代表される、大規模緩和政策の副作用や弊害の早期修正を望む声が少なくない。

しかし、日本銀行が発表した声明文によると、国内の景気の現状について、「これまでの資源高の影響などを受けつつも、持ち直している」とし、判断を据え置いた。

また、「3%台」となっている消費者物価の上昇については、「今年度半ばにかけてプラス幅を縮小していく可能性が高い」としながら、「その後は、企業の価格や賃金設定行動の変化を伴う形で、再びプラス幅を拡大していく」とした。

「物価上昇は一時的で、まだ持続的な賃金上昇を伴っていない」との見方から、金融緩和の継続が妥当とする従来の立場を改めて示したかたちだ。

植田和男・日本銀行総裁は会合後の記者会見で、「(経済の先行きは)不確実性が高く、2%の物価目標の持続的・安定的な達成にはなお時間がかかる。粘り強く金融緩和を続けていく」と改めて強調した。

くわえて、「物価の見通しに大きな変化があれば、機動的に政策を変更することになる」とも説明。「企業の価格・賃金設定に変化の兆しも見られている」としながらも、「先行きの不確実性が極めて高い」と指摘した。そのうえで、次回7月の展望リポートで示す数値的な見通しに向けて、「丹念に精査していきたい」と述べた。

また、日本銀行の緩和政策の影響もあって足元で拡大している円安については、「具体的にコメントしない」と言及を避けた。

円安がさらに進めば、次回7月会合で政策修正か?

こうした日本銀行の姿勢についてエコノミストはどう見ているのか。

ヤフーニュースコメント欄では、日本総合研究所上席主任研究員の石川智久氏が、

「概ね予想通りの決定となりました。
足元の物価高は円安や原材料価格上昇によるものであり、景気回復による部分は小さいとみていると考えられます。物価がこれから安定的・持続的に上昇するかを見極めるため、現在のスタンスを続けると予想されます」

と説明。そのうえで、

「日銀の金融政策に関して、別の話になりますが、個人的には、株高が続き、日銀が保有するETF(上場投資信託)の含み益(20兆円との試算あり)が巨額となるなか、その出口戦略をそろそろ示す必要があると思います。利益が出ているうちに、市場にインパクトを与えない時間をかけて売却し、それを財政再建に活用することも検討すべきです」

と提案した。

同欄では、三菱UFJリサーチ&コンサルティング主席研究員の小林真一郎氏が、

「事前の予想通り、現状のまま据え置かれました。内外経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高いことや、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比プラス幅が今年度半ばにかけて縮小すると予想されることが、大規模緩和策の維持の理由とされています。
もっとも、長期金利の上昇圧力が和らいでおり、イールドカーブの歪みや市場機能の麻痺といった問題が鎮静化していることも大きかったと思われます」

と、日本銀行の現状維持の背景を解説。今後の動きについては、

「金融市場では緩和継続を好感し、朝方下落していた日経平均株価が上昇に転じました。一方、外国為替市場では欧米との金利差拡大の思惑から円安が進行しています。特に前日利上げを実施した対ユーロで売り込まれており、一時1ユーロ=153円台後半と2008年9月以来、約15年ぶりの円安水準を付けました。
今後一段と円安が進めば、日本銀行としても放置するわけにはいかず、次回7月27日~28日の金融政策決定会合で修正に踏み切る可能性があります」

と、次回7月会合に注目すべきだとした。

政策修正は、来期の春闘が見通せる10~12月も有力か

そうしたなか、今後、日本銀行に緩和修正を動かすものは、賃金と為替の動向だろう、と指摘するのは第一生命経済研究所主席エコノミストの藤代宏一氏だ。

藤代氏はリポート「経済の舞台裏:日銀を動かすのは賃金と為替」(6月16日付)のなかで、こう述べた。

「今後の注目は物価もさることながら賃金だろう。約30年ぶりの高い伸び率で着地した春闘の後、その結果が初めて反映された4月の毎月勤労統計は現金給与総額が前年比プラス1.0%と、3月から伸び率が縮小するという意外な結果であった。また基本給に相当する所定内給与もプラス1.1%と期待していたような鋭角な加速ではなかった」
「ただし、連合が集計・公表する春闘賃上げ率(ベア相当部分)がプラス2%程度で着地したことを踏まえると、5月以降は加速する公算が大きく、それは日銀に一定の自信を与えるだろう」

また、ドル円相場のグラフ【図表1】を示しながら、こう付け加えた。

「緩和修正を促す要因として円安も重要。Fed(米連邦準備制度)の急進的な利上げを背景にドルが全面高となっていた2022年と異なり、2023年入り後は円の弱さが目立っており、これはドル円相場(USD/JPY)上昇の要因が『ドル高』から『円安』へと変化していることを意味する。
こうした変化は為替対応を巡る政府と日銀の議論において日銀に緩和修正を促す方向に作用すると考えられる」

そして、藤代氏はこう結んでいる。

「筆者(=藤代氏)は、植田総裁の慎重な姿勢に鑑みて、YCC(イールドカーブ・コントロール)の修正は、来期の春闘がある程度見通せる10~12月が有力であると判断しているが、急速な円安が進めば、7月の金融政策決定会合におけるYCC修正の可能性が高まるだろう」
日本銀行は2つの道のどっちを選ぶか、岐路に立っている

一方、日本銀行は現在、2つの道のどっちを選ぶか、岐路に立っていると指摘するのは、野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。

木内氏はリポート「物価目標達成か? 物価目標修正か?:岐路に立つ日本銀行(金融政策決定会合)」(6月16日付)のなかで、日本銀行の先行きにある2つの道の【図表2】を示しながら、こう説明した。

「2%の物価目標を巡り、日本銀行は現在、岐路に立っていると言える。先行きには2つの道がある。来年に賃金上昇率がさらに高まり、賃金上昇を伴う持続的な物価上昇となって、2%の物価目標の達成が見通せるようになる、というのが『第1の道』である(【図表2】の上の道)」
「この場合、日本銀行は金融政策を明確に転換し、植田総裁が表現する『金融引き締め』、『正常化』、『出口』に向かうことになる」

木内氏は、日本銀行が「第1の道」に向かう確率を15%とみる。続いて、第2の道」(【図表2】の下の道)は――。

「他方、この先物価上昇率が低下していき、それを受けて来年の春闘で賃金上昇率が再び下振れ、2%の物価目標の達成が見通せない状況となれば、日本銀行は2%の物価目標を『中長期』の目標などに柔軟化するだろう。その場合、金融緩和は長期化することが避けられないため、その長期戦に耐えうるように副作用を軽減するとの名目で、枠組みの見直しを進めることになることが予想される」

「金融緩和継続」のもとで、「金融緩和の枠組みの見直し」と表現されるものが行われるのだ。これが「第2の道」で、こちらを歩む確率は85%になるという。

木内氏は、植田総裁自身は2%の物価目標の達成は難しいと考えており、「第2の道」が日本銀行のメインシナリオになるとみる。

しかし、政府や国民の間では、物価上昇率が目標水準を大きく上回っていることや、春闘で賃金上昇率が予想以上に上振れたことから、日本銀行に対する強い批判が起こることは避けられない。

そこで、日本銀行は「2%の物価目標の達成が見通せるかどうか見極めるとの姿勢を当面は維持し、政策の修正はしばらく見送る可能性が高い」というわけだ。

結局、日本銀行は「金融緩和の枠組みの見直し」という名前の政策修正をいつ行うのか。

「その見極めの時期は、経済、物価動向次第では年内の可能性もなお残されているが、来年の春闘で賃金上昇率が顕著な下振れが確認された後の時期が有力になっているように思われる」

ただし、その場合でもすぐ始まるわけではない。

「内外の景気情勢悪化、米国での金融緩和観測の高まり、為替市場での円高の動きなどが生じれば、『金融緩和の枠組みの見直し』は少なくとも来年後半以降になるのではないか」

ずいぶんとゆっくりとした歩みのようだ。(福田和郎)