’12年のデビューから7年、ほぼ年1冊のペースで小説を書き続けてきている加藤シゲアキさん(33)。7作目での直木賞ノミネートは出版界のみならず、世の本読みたちを大いに賑わせ、耳目を集めています。

加藤さんの作品をお読みになったことがない方は、彼が人気アイドルグループNEWSのメンバーであることから「所詮、ジャニーズが書いているんでしょ?」「直木賞も話題づくりじゃないの?」と、冷めた目で見ているかもしれません。’03年から『女性自身』で書評を担当してきた私は、それはちょっともったいないですよ、と申し上げたい。

そこで、彼のデビュー作から候補作品まで一挙に紹介したいと思います。

加藤さんはデビュー作『ピンクとグレー』で、現在と過去を混在させながら芸能界という特殊な世界に足を踏み入れた若者たちの闇と光を描きました。“ジャニーズ事務所所属のアイドルが書いた”というだけで明るい青春小説を想像すると裏切られます。作品全体に薄暗く不穏な空気が漂っているからです。

筆致や構成など荒削りな面がまだまだ目立ちますが、一般には見えてこない芸能界の状況がつぶさに描かれ、「なるほど」と興味をそそられるシーンが多々あってキラリと光っていました。行間からは著者の「書きたい!」という強烈なエネルギーも伝わってきて、それらがページを繰る推進力になっていました。次はどういう作品を読ませてくれるのだろうと期待が膨らむ一冊です。

2作目の『閃光スクランブル』も芸能界、アイドル、パパラッチ、不倫、ストーカー、幻視、大事な人の死……とキャッチーな要素がたくさん盛り込まれています。もう少し絞り込んでよかったのでは、と思う一方で、デビュー作と比べて登場人物の造形に厚みが増し、情景描写が細かく丁寧になり、全体的にブラッシュアップされたように感じました。

物語を進めるのは主人公2人の視点で、それらが交互に展開していくことから全体像を把握しやすくなり、前作よりも小説の世界に入っていきやすくなっています。

映画や写真、小説などのエッセンスが随所に挟み込まれているのも効果的でした。

3作目『Burn.―バーンー』は、子ども時代に別れを告げて大人になっていく男の物語です。孤独だった天才子役のレイジが、ホームレスの徳さんとドラッグクイーンのローズと出会い、擬似家族のような関係を構築していくなかで少しずつ気づきを得て、成長していく姿が紡がれます。

この作品でも現在と過去が交差しますが、全2作より物語を進める視点が整理されてディテールも詰められているので、主人公に寄り添いやすくなったと感じました。読後、温かい気持ちになる小説です。

4作目『傘を持たない蟻たちは』は初の短編集です。文庫版には単行本未収録の1編を加えた7作品が収録されています。「渋谷サーガ」として知られる前3作は渋谷と芸能界をモチーフにしていました。この作品集では渋谷と芸能界から離れた著者が嫉妬、傲慢、怒り、絶望、懊悩などの感情を掬い上げながら、人間の「性」と「生」を描きます。性描写あり、ファンタジーあり、SFあり、サスペンスありと作品の幅も広がり、著者の筆力が確実に向上していることがわかる一冊です。

5作目にあたる『チュベローズで待ってる【AGE22】』『チュベローズで待ってる【AGE32】』は、上下合わせて548ページというサスペンスフルなエンタメ超大作です。上巻ではホスト業界で生き抜きながら就職活動に邁進する主人公・光太が描かれ、下巻ではゲームクリエイターになった光太が10年前に封印した過去を乗り越える姿が描かれます。

下巻の設定が近未来なので、著者が考える現在は存在していない新技術が紹介されるのが刺激的。また最後の100ページでは、読み手の想像を遥かに超える展開がこれでもかと繰り広げられ、「えぇっ!」と思わず声が漏れてしまうほど驚きます。アイデア、構成、筆致と全てにおいてこれまでの作品を凌駕しており、一気呵成に読み切りました。アイドルが書いたとは言わせない、という著者の気迫が伝わってくる怪作です。

6作目『できることならスティードで』は旅先や日常生活のなかで考えたことを怜悧な文章で綴った、滋味深いエッセイ集です。祖父の死について書いたTrip「岡山」は日本文藝家協会が選ぶ『ベストエッセイ2019』に収録された名作。対象と絶妙な距離を保ちながら編み上げられていく文章には品があり、滑らかさに舌を巻きました。

そして直木賞候補になった7作目『オルタネート』は、高校生たちの出会いと別れ、不安と焦り、挫折と成長を描いた群像劇です。いくつものドラマが重なり合う構成もヒリヒリするような心理描写も秀逸です。 ページを捲るにつれて緊張が高まっていき、クライマックスの料理対決は臨場感といい迫力といい圧巻そのもの。読後に立ち上る温かさと清々しさに胸がいっぱいになる作品です。

こうしてデビュー作から一気にまとめて全著作を読むと、著者が書くことに対して不断の努力を重ねてきたことが伝わり、その真摯な姿勢に一読者として素直に感銘を受けます。

次にどういう世界を見せてくれるのかーー。読書の愉悦に浸りたい私は作家・加藤シゲアキのこれからに期待が膨らむばかりです。

ここからは、加藤さんの作品により関心を持ったあなたに向けて、全作品のあらすじをご紹介いたします。

2012年 デビュー作『ピンクとグレー』
KADOKAWA/角川文庫(560円・税別)

大阪から横浜に引っ越してきた小学生の大貴は、マンションで同い年の真吾、石川、木本と出会い、意気投合。その後、石川と木本は転校するが、大貴と真吾は中学受験をして同じ私立学校に進学する。高校時代にはバンドを組み、読者モデルもやるなどいつも2人は一緒だった。高校卒業後、2人は同じ事務所に所属し芸能活動を開始。真吾はすぐに認められスターダムを駆け上がっていくのだが、大貴はチャンスを掴むことができず無名のまま。ある日、真吾が勝手に事務所の移籍を決めたことから決裂は決定的になり……。

2013年 2作目『閃光スクランブル』
KADOKAWA/角川文庫(560円・税別)

将来を期待されていたカメラマンの巧は、妻子を亡くし写真に興味を失っていた。今は学生時代の同期のアシスタントをしながら、現場で入手した情報をもとにゴシップ写真を撮って写真週刊誌に売る日々。そんな巧に狙われたのが人気アイドルグループのメンバー・アッキーこと伊藤亜希子だった。

グループが世代交代の時期に来ていることを察し、自分の存在価値に思い悩んでいた亜希子は大物俳優と不倫中だったのだ。ところが、亜希子が相手を呼び出したホテルの部屋に有名女優である妻が現れ、言い争いになってしまう。ホテルから飛び出した亜希子はさらなるトラブルに巻き込まれてしまい、成り行きから亜希子を庇った巧は彼女を連れて逃げる。

2014年 3作目『Burn.―バーンー』
KADOKAWA/角川文庫(560円・税別)

演劇のアカデミー賞といわれる大きな賞を受賞した舞台演出家のレイジには20年前の記憶がほとんどなかった。授賞式の帰り、妊娠中の妻が運転していた車が交通事故に遭い、2人は病院に担ぎ込まれる。そこでレイジは20年前の一時期を共にしたドラッグクイーンのローズと再会し、少しずつ過去を思い出していく。当時、レイジは天才子役として活躍していたが、感情が動くことのない孤独な少年だった。ある日、渋谷の宮下公園で小学校の上級生にいじめられていたところをホームレス・徳さんに救われ、仲良くなる。ローズを紹介したのも徳さんだった。レイジは徳さんから「魂、燃やせよ」と言われ、少しずつ生きる力を獲得していくのだが、渋谷再開発を巡って事件が起こる。

2015年 4作目『傘を持たない蟻たちは』
KADOKAWA/角川文庫(560円・税別)

優等生で通っていた美大生の市村は、ある日、橋脚にカラースプレーでグラフィティを描いている女と出会う。彼女は同じ美大に通う学生で天才的な感性の持ち主だった。

市村は彼女の魅力に加速度的にハマっていく(染色)。広告代理店で働いていた大西が脱サラの日を迎えた。リサと秘密の社内恋愛をしていた大西は、これからは仕事も恋愛も自由にできると希望に満ちあふれていた。だが、リサを驚かそうと出張先の大阪に向かうと……(Undress)。美鈴の家は祖父が空から降ってきた新生物・イガヌを食べることを許していなかった。だが、彼氏も友人もみな口々にイガヌが美味しいと絶賛する。ある日、美鈴は祖父の目を盗み、イガヌを食べてしまう(イガヌの雨)。ほか4編。

2017年 5作目上巻『チュベローズで待ってる【AGE22】』
扶桑社(1,100円・税別)

2015年。就職試験に失敗した大学4年の光太・22歳は、自暴自棄になって新宿の路上で酔い潰れていたところ、カリスマホストの雫にスカウトされる。就職浪人することにしたものの学費や家族の生活費を稼ぐ必要があったため、1年限定で歌舞伎町にある雫がトップを務めるホストクラブ「チュベローズ」で働くことに。競争の激しいホスト業界でのし上がるべく腹を括った光太に、やがて太い指名客・美津子がつく。

だが、彼女は光太が最終面接まで残った大手スマホゲームメーカーDDLの幹部で、彼を落とした張本人だった。事情を知った美津子の指導もあり、次の年、光太は数多の試練を乗り越えて無事にDDLの親会社で大手ゲームメーカーAIDAから内定をもらうのだが……。

2017年 5作目下巻『チュベローズで待ってる【AGE32】』
扶桑社(1,200円・税別)

2025年。大手ゲームメーカーAIDAのクリエイターとして活躍する光太。誰からも一目置かれる存在になっていたが、大きな喪失感を抱えていた。そんなある日、「チュベローズ」のオーナーが亡くなったという知らせを受け、久しぶりに昔の仲間に会う。その頃、会社では光太が中心的に関わったプロジェクトがNPO法人から抗議を受けるトラブルの対応に苦慮していた。問題を解決するために動いた光太は、10年前の過去と向き合うことになる。

2020年 6作目『できることならスティードで』
朝日新聞出版(1,300円・税別)

旅をテーマに綴ったエッセイ15編と掌編小説3編を収録した作品集。キューバ、大阪、ブラジル、ニューヨーク、渋谷、パリなどといった旅先の風景やそこで見聞きしたり考えたりしたこと、あるいは学校に行く意味や死についてなど日常生活のなかで考えたことを怜悧な文章で綴る滋味深い作品ばかり。

2020年 7作目『オルタネート』
新潮社(1,600円・税別)

高校生限定のアプリ「オルタネート」が必須の時代の東京。「オルタネート」はユーザーが指定した条件に合わせて相性のいい人を紹介する機能やSNS機能を持つ高校生必須の人気アプリだ。「オルタネート」を使わない円明学園高校3年の蓉は料理部の部長で、ライブ配信される料理コンテスト「ワンポーション」での優勝を目指しパートナーを探していた。同校1年の凪津は母子家庭で育ち、母親に複雑な思いを抱いている「オルタネート」信望者。大阪の高校を中退したため「オルタネート」が使えない尚志は、同校に通うかつてのバンド仲間を探して単身上京し、アーティストが集まるシェアハウスで暮らしていた。高校生たちの心は「オルタネート」を巡って揺れ動き……。

(文:品川裕香)

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