北前船(きたまえぶね)――大阪と北海道を日本海回りで結び、各地の特産品を売買して莫大な利益を上げた商船のことだ。江戸時代から明治時代にかけて、数多くの北前船主や廻船問屋たちが活躍したと言われている。

その中に、富山を拠点に巨万の富を築いたとされる馬場家がある。北陸の「五大北前船主」のひとつにも数えられた。明治中頃には汽船経営に舵を切り、事業の近代化にも成功した。そんな馬場家の住宅が、今も残っている。

「北前船で栄えた東岩瀬の廻船問屋・旧馬場家住宅。立派な通り庭は圧巻の30メートル」

2026年4月16日、Xユーザーのryugamori(@re_ryugamori)さんがそんな呟きと共に紹介されたのは、長くまっすぐな道(通路)に貫かれた住宅。長さは30メートルもあるらしい。

ポストには住宅内の数点の写真に添えて、「昭和初期の増築部分には一変して可愛らしいステンドグラスも。全てに圧倒されました」というコメントも続けられていた。

X上では、「窓と光の使い方が非常に巧妙ですね」「うつくしい」「この建物のデザインは本当に日本の伝統的な風味がありますね」などといった声が寄せられている。

富山の北前船主の住宅を実際に訪ねた感想は、いったいどんなものだったのだろう? 投稿者・ryugamoriさんに詳しい話を聞いた。

大きな窓や天窓、日光を取り込む工夫

「全てに圧倒されました」「うつくしい」 富山に残る文化財「旧...の画像はこちら >>

投稿者・ryugamoriさんが富山市東岩瀬町にある「旧馬場家住宅」を訪れたのは、2026年4月10日の昼過ぎ。「この日は雨でした」とのこと。

住宅内の印象を、こう語った。

「まず玄関を入って目の前に現れる長さ30メートルもの通り庭に圧倒されました。大規模な住宅でありながら華美になりすぎず木造ならではの重厚感と落ち着きを兼ね備えていて、とても居心地のよい雰囲気に感じました」
「大きな窓や天窓など、日光を取り込む工夫が多くなされていて、家の内から外へ目を向ける時、いつも美しい光の対比が見られることが特に印象的でした」(ryugamoriさん)

明治・大正・昭和戦前期の絵葉書を蒐集しているという、ryugamoriさん。デザインに惹かれて入手した絵葉書の中に東岩瀬のものが複数あり、「いつか訪れてみたい」と思っていたそう。

「町について調べる中で旧馬場家住宅を知り、今回訪問が叶いましたが、想像以上の素晴らしさでした」
「明治時代に発行された絵葉書にある屋号の紋が、今も町に点在していること。出格子の側面に家紋や屋号を彫ることは、東岩瀬の大きな町屋に見られる特徴的な様式だそうです」(ryugamoriさん)

細部にまで洗練されたセンス

函館、神戸、大阪といった拠点の街はもちろん、日本海沿岸の各港で、「総合商社」のような業務に日常的に従事していたと言われる、北前船主・廻船問屋商人たち。ときには西洋人商人とのビジネスにも携わっていたこともあるのかもしれない。

旧馬場家住宅の写真を仔細に見ると、住宅内の細部にまで、彼らの洗練されたセンスやこだわりが感じられるような気もする。

旧馬場家住宅は、2016年に国の登録有形文化財に指定された。主屋のほかに、前蔵・壱番蔵・弐番蔵・米蔵・西門・西塀も現存し、廻船業が盛んであった頃の面影が残っている。

「このポストが東岩瀬や旧馬場家住宅へ訪れるきっかけに少しでもなれば嬉しいです」

「今回は旅程の都合で滞在時間が短めだったため、またの機会にはゆっくりと観光したいと思っています」と、ryugamoriさん。

富山・東岩瀬で、北前船交易のロマンに想いを馳せる......、そんな旅も素敵だ。

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