シェイクスピアが生涯で唯一買ったロンドンの家、360年ぶりに場所が判明
ウィリアム・シェイクスピア Image by Istock <a target="_blank" href="https://www.istockphoto.com/jp/portfolio/Gwengoat?mediatype=illustration">Gwengoat</a>

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 『ロミオとジュリエット』『ハムレット』で知られるイギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピアが、生涯で唯一購入した、英ロンドンの家の正確な場所が360年以上の時を経てついに特定された。

 ロンドン大学キングス・カレッジのルーシー・マンロー教授が、1666年のロンドン大火直後に作成された間取り図など3点の文書を新たに発見。

 長年「この付近」としか記されていなかった銘板の場所が、まさにその家が建っていた地点そのものだったことも判明した。

故郷とロンドンを往復し続けた劇作家の素顔

 ウィリアム・シェイクスピアは1564年、ロンドンから北西に約160kmほど離れたイングランド中部の町、ストラットフォード・アポン・エイヴォンで生まれた。

 18歳で結婚し、3人の子をもうけたが、20代後半にはロンドンへ出て劇作家・俳優としての道を歩み始める。

 ロンドンでの生活は、故郷との往復を繰り返しながらも、20年以上にわたって続いた。

 その間、シェイクスピアはロンドン市内を転々としていた。

 1596年頃にはシティ・オブ・ロンドン北東部のビショップスゲート地区、1598年頃にはテムズ川南岸のサザック地区、1604年頃にはシティ北西部のシルバー・ストリートでフランス人家族の2階に間借りしていたことが記録に残っている。

 いずれも賃貸であり、ロンドンに自分の家を持ったことは一度もなかった。

 その間に『ロミオとジュリエット』『ハムレット』『マクベス』『オセロ』など、今日も世界中で上演され続ける作品を次々と書き上げた。

 1599年にはテムズ川南岸のサザック地区にグローブ座を建設し、座付き劇作家として名声と財をなしていった。

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死の3年前に唯一購入した家の場所が長らく不明だった理由

 1613年3月10日、シェイクスピアは死の3年前に、ブラックフライアーズ地区に生涯で唯一となるロンドンの物件を購入した。

 ブラックフライアーズ地区は、13世紀にドミニコ会の修道院があった場所で、宗教改革後に貴族や富裕層の居住地として再開発された、当時のロンドンでも格式ある街区だ。

 ところが、その家が正確にどこに建っていたのかは長らく不明のままだった。

 同地区、セント・アンドリューズ・ヒル5番地の建物の壁には、ロンドン市が歴史的な場所に設置する慣例となっている濃紺の金属プレート(銘板)が掲げられており、こう記されている。

1613年3月10日、ウィリアム・シェイクスピアはこの場所の近くにあるブラックフライアーズ・ゲートハウスに宿泊施設を購入した

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 この銘板に刻まれた「この場所の近く」という表現が、長年にわたって研究者たちを悩ませてきた言葉だった。

 18世紀以来、シェイクスピアがブラックフライアーズに物件を持っていたことは把握されていたが、正確な場所の特定には至らなかった。

 その物件は、かつてブラックフライアーズ地区の入り口に設けられていた「グレート・ゲート」と呼ばれる門の上にまたがる建物の一部だったと考えられてきたが、確証がないまま、銘板には「近く」という言葉が添えられるにとどまっていた。

アーカイブの奥に眠っていた1668年の区画図

 ロンドン大学キングス・カレッジでシェイクスピアおよび近世文学を専門とするルーシー・マンロー教授は、別の研究プロジェクトを進める中で、ロンドン・アーカイブスの資料を調べていたところ、これまで見落とされていた3点の文書を発見した。

 そのうちの1点が、1666年のロンドン大火の2年後、1668年に作成されたブラックフライアーズ地区の詳細な区画図だ。

 この図はロンドン・アーカイブスに保管されていたもので、大火の際にどの物件に誰が住んでいたかを記録したものだった。

 残る2点はロンドン・アーカイブスとナショナル・アーカイブスにそれぞれ保管されており、シェイクスピアの孫娘による物件売却に関する文書だった。

 マンロー教授は、調査中に広げた区画図の中にシェイクスピアの家が描かれていると気づいた瞬間、自分の目が信じられなかったという。

 それまでこの物件に関する証拠はほぼ出尽くしたと思われており、研究は長らく休止状態にあったからだ。

 今回発見された3点の文書によって、その家の全体像がようやく明らかになった。

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劇場の目と鼻の先に建っていたL字形の家

 間取り図と2点の文書を照合した結果、物件の正確な場所と規模が初めて明らかになった。

 家はL字形で、東西方向に約13.7m、東端の南北方向に約4.6m、西端の南北方向に約4.0mという大きさだった。内部の間取りや部屋の配置まではわからないが、1645年までに2軒に分割できるほどの広さがあったことも確認された。

 現在の地図に当てはめると、アイルランド・ヤード東端、バーゴン・ストリート南端、そしてセント・アンドリューズ・ヒル5番地とバーゴン・ストリート5番地の建物にまたがる場所に建っていたことになる。

 長年「この場所の近く」としか言えなかった銘板が、まさにシェイクスピアの家が建っていた地点そのものに立っていたことが、今回初めて確証された。

 この家はブラックフライアーズ劇場のすぐそばに位置していた。

 ブラックフライアーズ劇場は、シェイクスピアが所属したキングズ・メンという劇団が1609年から使用していた屋内劇場で、『テンペスト』『冬物語』など晩年の作品が上演された場所だ。グローブ座もテムズ川を渡ればすぐの距離にある。

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引退説を覆すかもしれない新たな証拠

 従来の研究では、シェイクスピアは1613年にブラックフライアーズの物件を購入した後まもなくロンドンの演劇活動から引退し、故郷のストラットフォード・アポン・エイヴォンに戻って余生を送ったと考えられてきた。

 また、投資目的で買われたにすぎないという見方も根強かった。

 マンロー教授は、投資目的であれば劇場から離れた場所にも物件を買えたはずだと指摘する。

 それにもかかわらずシェイクスピアが選んだのは、職場であるブラックフライアーズ劇場のすぐ近くだった。

 1613年の後半、シェイクスピアは、後継者として劇団の座付き作家を務めた劇作家ジョン・フレッチャーと共著で、ジェフリー・チョーサーの『カンタベリー物語』を原作とした悲喜劇『二人の貴公子』を書いている。

 シェイクスピアが手がけた最後の作品のひとつとされるこの戯曲の一部が、ブラックフライアーズの家で執筆された可能性も考えられる。

 さらに1614年11月、シェイクスピアがロンドンを訪れていたことも記録に残っており、自分の家に滞在していた可能性は十分にあるとマンロー教授はみている。

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孫娘が売り、ロンドンの大火が家を飲み込む

 シェイクスピアは1616年、52歳で故郷のストラットフォード・アポン・エイヴォンにて死去した。

 遺言によって、ブラックフライアーズ地区のセント・アンドリューズ・ヒル5番地の物件は長女スザンナとその子孫に受け継がれることになった。

 しかし相続は順調には進まなかった。

 1640年代には所有権をめぐる法的な争いが起き、スザンナとその娘エリザベスが家族の所有権を主張する事態になった。

 今回発見された文書によって、エリザベスがその後の法廷闘争を経て正式に物件の権利を取得したことが初めて明らかになっている。

 エリザベスはシェイクスピアの直系子孫として最後の人物で、1665年に2番目の夫とともに物件をエドワード・バグリーという人物に売却した。

 翌1666年、ロンドン大火が街を焼き尽くし、この家も炎の中に消えた。

 建物は失われたが、バグリーはその後、土地の権利を別の人物に売却したという。

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建物の壁に残る「この近く」の銘板、実はここだった

 建物の壁に残る「この近く」の銘板、実はここだった

 以来その建物には、印刷会社、印刷インク製造業者、カーペット卸売業者、建設会社、ナショナル・ブック・アソシエーションなど、時代とともにさまざまな企業や団体が入居し、近年は公認測量士や投資管理会社、マンションの住居としても使われてきた。

 そしてその建物の壁には、先で触れた「この場所の近くにシェイクスピアが宿泊施設を購入した」と刻まれた濃紺のプレートが今も掲げられている。

 360年以上の時を経た今回の発見によって、「近く」ではなくプレートが立つまさにその場所こそが、シェイクスピアの家を購入した地点だったことがついに証明されたのだ。

References: Shakespeare's 'missing' London house mapped with new discovery[https://www.kcl.ac.uk/news/shakespeares-missing-london-house-mapped-with-new-discovery-1] / Shakespeare’s long-lost London home is finally found[https://www.popsci.com/science/shakespeare-london-home-found/] / A man of property[https://www.the-tls.com/regular-features/commentary/a-man-of-property-essay-lucy-munro]

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