マグロ豊漁の影で何が…漁獲枠拡大の議論は「足踏み」
日本人が愛してやまない「マグロ」。その中でも「黒いダイヤ」とも呼ばれる「クロマグロ」は、食卓では「本マグロ」として親しまれています。
一時は絶滅が危惧されるほど数が減少したこともありましたが、国際的に漁獲量を規制するなどした結果、個体数は劇的に回復しました。
しかしなんと今度は、増えすぎたマグロが新たな問題を引き起こしているといいます。
マグロをめぐっては、14日まで行われていた新しい漁獲ルールを話し合う国際会議で漁獲枠拡大の交渉がされていましたが、合意に至ることはできませんでした。
これらの流れはほかの魚の価格にも影響が出てしまうのでしょうか?そして日本人の食卓に欠かせないクロマグロは今後どうなっていくのか―。
東京大学・大気海洋研究所の木村伸吾教授と近畿大学・世界経済研究所の有路昌彦教授への取材をもとに解説します。
漁獲枠上限に達した後に獲れたマグロは「リリース」
“黒いダイヤ”とも呼ばれる高級食材のクロマグロ。ことしは豊漁ということで値段が下がっていると思いきや、どうやらそうではないようです。
専門の業者も買い付けに来るという大型の鮮魚店で話を聞くと「(値段は)去年に比べて横ばい」とのこと。「漁獲枠が決まっているため、水揚げ自体は増えても、入荷量は変わっていない」ことが理由だということです。
クロマグロはかつて、乱獲が原因で一時「絶滅危惧種」に指定されるほど数が減っていました。その後水揚げできる量を国際的に規制した結果、最も少なかった2010年ごろから増え続け、2022年には約12倍にまで回復。実際に獲れる量も、今の規制の枠を大きく上回るようになったという経緯があります。
加えて、近年の「地球温暖化に伴う海水温の上昇」も豊漁の要因の1つです。近畿大学・世界経済研究所の有路昌彦教授は「クロマグロは温水を好むため、その期間も長くなっている近年では、北海道付近までうろつき、日本近海でエサを食べ続け長く居着いている」と話します。
また、東京大学・大気海洋研究所の木村伸吾教授は「従来の東シナ海(水温26℃が仔魚の生存に適温)から日本海へと産卵場が変化している」と指摘します。
その結果、漁が解禁されてわずか一日で漁獲量の上限に達してしまう地域もあり、網にかかっても海に返すしかないということも出てきました。
豊漁なのに、水揚げできない―。先ほどの鮮魚店では「一度網にかかってしまった魚は海に返すとほとんど死んでしまう」という声も聞かれています。
徹底した資源管理で個体数は劇的に改善
では漁獲枠はどのように決まっているのでしょうか。
実は世界のマグロは「5つのエリア(機関)」で管理されています。回遊魚というマグロの性質から、特定の国だけで資源を保護するのが難しいからです。
今回(~14日まで)そのなかの1つ「中西部太平洋まぐろ類委員会」の国際会議が開催。漁獲枠拡大の交渉が行われました。
このエリアをめぐっては2010年、クロマグロの数が歴史上最低水準まで落ち込んだことを契機に次のような対策がとられました。
▽30kg未満の小型魚の漁獲を2002~2004年水準から半減
▽30kg以上の大型魚の漁獲を同じ期間の水準から増加させない
対策は功を奏し、資源状況が回復。2024年の会議では漁獲枠増加が決定されました。
こうした経緯を経て、2025年以降の漁獲枠は次のようになっています。
【2025年以降の太平洋クロマグロ漁獲枠】
小型上限:5125t
大型上限:1万1869t
このうち日本の上限は以下の通りです。
小型:4407t(従来より400t増加)
大型:8421t(従来より2807t増加)
ほとんど日本が占めているのがわかります。それでも今年は豊漁で、都道府県に割り振られた漁獲枠はすぐに上限に達してしまったということです。
合意寸前で…メキシコが突如突き付けた「NO」なぜ?
漁獲枠をなんとか拡大させることはできないか―。今回の国際会議で日本政府は、大型クロマグロ(30kg以上)の漁獲枠を全体で25%拡大する一方、30kg未満の小型クロマグロを6%削減するという「資源管理を両立させた拡大案」を提案していました。
合意に向けて順調に議論が進んでいたものの、会議終盤に状況は一変します。太平洋クロマグロの漁獲量が日本に次いで世界2位を誇るメキシコが、突如として反対を表明したのです。
水産庁の福田工審議官は「メキシコが本国から強い指示を受けたということで、交渉の余地なしということを繰り返した。1か国の不合理な対応により、合意できない事態となった。強い憤りを感じている」と強い口調で述べました。
メキシコが反対した理由について明らかになっていませんが、東京大学・大気海洋研究所の木村伸吾教授は、「クロマグロが単なる水産資源の枠を超え、外交交渉における強力な「政治的カード」として使われた可能性」を指摘しています。
合意は先送りとなり、現在の漁獲枠のまま議論は継続されることになりました。
私たちの食卓への影響は?マグロ価格は変化なしも「ブリやサケ」に悪影響?
漁獲枠の拡大交渉は合意に至りませんでしたが、クロマグロの価格について専門家の見立ては一様に「悪影響が出る可能性は低い」というものです。
国内には大西洋からの輸入や冷凍解凍品、養殖物の在庫が大量にあるほか、日本の漁獲枠は都道府県ごとに割り当てられて分散して供給される仕組みであることから、より安いキハダ・メバチマグロとも連動することはないだろうということです。
一方で、懸念されているのは「マグロ以外の身近な大衆魚」への影響です。
実は、日本の食卓でおなじみのブリ、サケ、アジ、サバ、イカなどを獲る網に、クロマグロがかかってしまうケースがあるようです。網に入ったクロマグロだけを取り除いて逃がすことは物理的に困難であり、結果として網ごとすべての魚を一度にリリースせざるを得ない局面が増えています。
この結果、クロマグロ以外の魚の価格に影響が出ることが懸念されているのです。
専門家が警鐘を鳴らす「豊漁貧乏」と、世界最大の消費国・日本が背負う重い責任
漁獲枠の拡大が足踏みした今回の結果について、木村教授は「漁獲の半分以上を日本が消費していることから、世界的な責任も含めて日本が背負っている」と指摘した上で、「議論の場に一石を投じたという、少し大きな目で見たほうがいい」と冷静な姿勢を求めています。
今後、漁獲枠の大幅な拡大が実現したとして、市場に大量に流通することで価格は下落しますが、燃料費高騰や物価高を背景に漁師側の操業コストが跳ね上がっており、漁獲量が増えても単価が安くなってしまうと「豊漁貧乏」に陥るリスクもあると木村教授は指摘しています。
クロマグロを大衆魚のように安易に消費すべきではなく、高級魚としてのブランド価値を維持していくことこそが、結果として資源を守りることにつながるのではないでしょうか。
世界一のマグロ消費国として、ルールを守りながら国際社会とともに資源の未来をどのように保っていくのか。漁獲枠拡大の今後の交渉なども含めて注視していかなければなりません。
(2026年7月15日放送 MBSテレビ「よんチャンTV」より)

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