地域包括支援センターをはじめ、福祉業界では「本人の意志」を最大限尊重しなければなりません。
しかし、「本人の意志」が本来行うべき支援や対応を阻むことがあるのもまた事実です。
介護従事者も思考停止に陥りやすい
自宅での入浴ができなくなり着替えすらできない状態の方にはデイサービスやヘルパーを、食事が食べられず起き上がれないような状態の方には入院を勧めるというように、地域包括支援センターは状況に応じてふさわしい対応を探ります。
しかしそれはいつも受け入れられるわけではありません。
- 人と交わるのは苦手
- 自宅から離れたくない
- 自宅に他人を入れたくない
そのような理由で対応を断られます。そんなとき、地域包括支援センターやケアマネージャーはとても苦しみます。
なるべく関係者で安否確認を継続して、状況を打破するタイミングを注意深く探るのですが、いつもうまくいくとは限りません。結果、状態が悪化したり最悪亡くなってしまうこともあるのです。
また、「本人の意志」はしばしば私たちを思考停止に陥らせます。
「本当はこうするべきだけど…本人の意志だから…」
介護関係者なら、そんな思いに囚われたことが一度はあるのではないでしょうか。
「きっと良い方向に切り替えるチャンスはある!」
「ほかの手段や本人の気持ちが変わる言い方や方法はないか?」
利用者の人権の尊重と楽しい生活のために、さまざまな仮説を立て、行動に移すことをあきらめないと気持ちを奮い立たせています。
本人の意志で対応が困難になった2つの事例
私はここ数ヵ月の間に「本人の意志」により適切な医療やサービスが利用できずに、残念ながら亡くなってしまったケースを2件経験しました。
1件は急な心身状況の低下から起き上がることができなくなり、食事や排泄にも支障が発生したケースでしたが、再三の説得や主治医からの説得にも応じませんでした。
すでに入院をする身体レベルにもかかわらず頑なに入院を拒否。担当ケアマネージャーによる救急要請も拒否。
その後、毎日担当ケアマネが安否確認を行い、継続して説得を試みましたが、結果的に自宅で亡くなってしまいました。
もう一つのケースは、身寄りのない一人暮らしの方でした。
急激な認知機能の低下と原因不明の歩行不能により、自宅での生活が困難となりましたが、福祉サービスの利用はおろか介護保険の更新申請も拒否されていました。
このケースでは、福祉サービス利用の拒否が強いため、買い物の支援や通院支援を地域包括センターで行っていましたが、いよいよ排泄が自力でできなくなってしまいました。
そこで、地域の特別養護老人ホームに要請し、緊急的にショートスティの利用を行いましたが、施設に入っても食事を拒否されていました。やむなく医療機関に入院となりましたが、医療機関でも食事を拒否され、1週間ほどでお亡くなりになりました。
病院の霊安室で最後のお別れをしましたが、亡くなる直前まですべての介護を拒否した方とは思えない安らかにほほ笑むようなお顔でした。
家族は延命処置をするかしないかだけでも確認を
この2つのケースは、ほとんど身寄りのない方でしたが、もしご家族に高齢者がいるのであれば、平時の本人の意志と緊急時(体調が不良になり生命の危険性があるような事態)の意志をあらかじめ確認しておくことをおすすめします。
延命処置をするのかしないのかだけでも把握ができているといざと言うときに関係者の混乱が少なくなります。
さまざまなケースを通じて感じるのは、もし「本人の意志」を尊重するのであれば社会全体として在宅で亡くなることや孤独死をする可能性について、ある程度許容していくといった認識が必要だと感じます。
身寄りのない独居高齢者の孤独死のリスクは高いです。

もう一つ忘れてはいけない重要なことがあります。それは本人の意志の尊重にはおのずと限界が生じるということです。その最たるものが現在の日本では認められていない安楽死ではないでしょうか。
いくら本人の意志で死にたいと宣言しても安楽死の対応はできないのですから。
本人の意志だからと思考停止に陥ることなく、本来あるべき生活に少しでも近づけるよう支援することが大切です。