さまざまな介護のトラブルに日々向き合う介護者の多くが、睡眠や休息時間を削っています。いつ倒れてもおかしくないような状況下で頑張らなくてはならない人もいらっしゃいます。
介護疲れからなかなか抜け出せない人の中には、周りに助けを求められずに抱え込んでしまいがちな介護者が多いのも事実です。
そういった方々には、誤った思い込みが隠れていることがあります。
【事例】疲れたと言ったら母親を傷つけてしまうのでは?
関東地方に住む会社員Aさん(40代・女性)の事例です。
5年前に父が亡くなってから、母親(76歳)は一人暮らしをしています。母親はコロナ禍の第1波が始まった頃に両膝の手術をし、買い物などに支援が必要となりました。
Aさんは、自転車で20分ほどの距離の実家へ立ち寄りサポートをする生活を1年以上続けていましたが、リモートワークの日も多くそれほど負担に感じていませんでした。
しかし、昨年秋ごろから出社が必要になったため、実家に寄り、週末に買い出しの付き添いをするのが辛くなってきました。
週末には起き上がれないほど疲労が溜まっていますが「疲れたなんて母親に言えない、傷つけしまう」と母親の前では元気に振る舞っています。
夫にも心配をかけたくないと悩みを打ち明けられません。とうとう体調を崩し、会社を1週間休まざるをえなくなりました。
上司も同僚も「しっかり休んで、体調を回復させることを優先して!」と気遣ってくれますが、仕事を辞めて母親のための時間をとった方がいいのかと思い悩みます。
将来のキャリアや、来年に高校と大学の受験を控えている息子たちの学費といった経済的な不安もあって決心がつきません。結論を出せないまま思い悩む日が続いています。
行動を支配する“自動思考”に注意
疲労の自覚はもちろん、「つらい、苦しい」と感じることは、すでに限界がきていることや、今までとは違うやり方をしなければならい時期を知らせてくれる「体からのサイン」です。
しかし、Aさんは体からの「疲れた」というサインに気づきつつも、「母親が傷つく」「夫に心配をかける」との考えから、体が望んでいる休息を選択できなくなっていました。
介護者はAさんのように、無意識に起きる自動思考(頭によぎる考え)、認知(考え方、思考のクセ)が休息を取る障壁となっていることがあります。
「傷つけてしまう」「心配をかけてしまう」といった考えのほか「甘えていると思われる」「どうせ何もしてもらえない」といった、相手への不信感で助けを求められなくなるパターンもあります。
この自動思考や認知は、これまでの経験や体験から学習した思考パターンで、誰もが持っているものです。
より良く生きるうえで役立つ反面、過去とは違う状況にあるのにもかかわらず「AするとBになるからAをすべきではない」と行動を制限する原因になったり、「〇〇すべきだ!」と強迫観念的に私たちの行動が支配されてしまうこともあります。
Aさんが母親に「疲れた」と打ち明けることと、母親が傷つくことはイコールではありません。
ですが、Aさんの頭の中では、母親を傷つけ、夫にも心配をかけてしまうという自動思考でいっぱいになり、助けを求められずにいたのです。
頑張りすぎると、要介護者の自信を奪うことも
Aさんには、毎日の実家通いがつらいこと、仕事を辞めなければと考えが浮かぶほど追い詰められていることを母親と夫に打ち明けてみるようアドバイスをしました。
その結果、Aさんは「頑張りすぎちゃだめよ。私も頑張るから!」と逆に母親から励まされてびっくりしたそうです。
夫も「ネットスーパーでの注文ができたら、お義母さんうれしいんじゃないかな」とタブレットを購入し、使い方を母親に教えるために一緒に実家に行ってくれるようになりました。
その後、Aさんは母親と相談して介護保険を申請し、母親は要介護1と認定が出ました。
ケアマネージャーの勧めで、リハビリに特化したデイサービスに週2回通うようになった母親は、「若い人たちに応援されるって気分がいいわね!」と、以前より元気になってきたそうです。
また、買い物や調理負担を減らすために、宅食など介護保険外のサービスも導入しました。母親は、食材が使いやすくカットされているミールキットを「これ便利ね!いろいろ試してみたいわ!」と喜んでいます。
最近では、夫が使い方を教えてくれたタブレットを使って自分で注文するようになりました。
自分でできることが増えて活気を取り戻した母親を見て、Aさんは「私が頑張りすぎて母親の自信を奪ってしまっていたのかも」とハッとしたそうです。
Aさんが母親に弱音を吐いてから10ヵ月が経過した今では、実家通いが月2、3回に減りました。
Aさんの「母親を守らなければ!」「いつも元気に笑顔でいなければ!」という強い責任感も緩み、精神的に楽になったそうです。
「疲れたって言ったら母親を悲しませるという考えが取り越し苦労だとわかって、ただただ驚いています。なんであんなにも頑張っちゃったんだろう。恥ずかしい」と、Aさんは照れながら話されました。

つらい、苦しいといったネガティブな感情は悪者ではなく、私たちの心身に休息や助けを求める時期がきていることを教えてくれる貴重なものです。
その大切なサインですが、Aさんのように「こんなこと考えてはいけない!」「つらいなんて言っちゃいけない」と、無理やり気持ちを奮い立たせると、過剰に頑張り続ける悪循環につながることがあります。
自分一人で思い悩んでいるときほど、「べき論」に無意識のうちに支配されて疲れを見過ごしていないか、「助けを求めてはいけない」といった思考が動いていないかチェックをすることを意識してみましょう。
まずは「つらい」「苦しい」と誰かに打ち明けてみてください。相談することでぐるぐる巡っていた思考の突破口が見えたり、自分の思考の癖に気づくことはよくあります。
相談できない、相談する人がいない、という方はぜひ、弊協会の介護相談問い合わせフォームからお気持ちをお寄せください。
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