未届けホームの数が5年ぶりに増加

昨年6月末時点の未届けホーム数は前年比15件増の656件

3月31日、厚生労働省は老人福祉法で義務付けられている届け出をしていない有料老人ホームに対する調査結果を発表しました。

調査結果によると、2021年6月末時点において確認された全国の未届けホーム数は、前年度よりも15件増となる656件となっています。

未届けホームの数が増えるのは5年ぶりのことです。

なお、届け出がされている有料老人ホームの数は1万5,363件であり、未届けホームの割合は全体の4.1%となっています。

ただし、この調査結果は自治体が調査時点で把握している未届けホームの数を、厚生労働省が収集してまとめたものに過ぎません。そのため、自治体が把握しきれていない未届けホームも一定数存在するといわれています。

厚生労働省はこの調査結果を受け、都道府県・指定都市・中核市の民生主管部(局)長に向けて、有料老人ホームに対する指導の強化を要請しました。

具体的には、有料老人ホーム入居者の安定確保の観点から、施設の正確な実態把握と継続的な指導監督が必要であること、引き続き届け出促進に向けた取り組みを行っていくこと、などです。

未届けホームの数は減少傾向にあった

超高齢社会の日本では、有料老人ホームの数が年々増えつづけています。

厚生労働省が行った調査によると、2009年時点における全国の届け出済みの有料老人ホームの数は、4,864件。2015年には1万627件と1万件を超え、2021年6月末時点には1万5,363件にまで増えています。

なお、ここでいう有料老人ホームとは「介護付き」「住宅型」「健康型」の3種類の施設のことを指し、増加傾向にあるのは介護付き有料老人ホームと住宅型有料老人ホームです。

そうした中、未届けの有料老人ホームは2009年から2021年にかけて、増減を繰り返しつつ毎年一定数存在しています。

特に数が多くなっているのは2017年で、未届けホームの数は1,049件であり、未届け率は7.7%を記録しています。

「未届けホーム」の数が5年ぶりに増加に転じる。罰則などの規制...の画像はこちら >>
出典:『令和3年度 有料老人ホームを対象とした指導状況等のフォローアップ調査(第13回)』(厚生労働省)を基に作成 2022年04月22日更新

しかしその後は減少傾向となり、2020年度調査では2017年時点の約半数となる641件となっていましたが、2021年度調査において再び増加に転じたのです。

2016年以降、このまま毎年数が減っていくようにも見えましたが、再び増えたことにより、未届けホームを巡る問題の根深さが改めて浮き彫りになったといえます。

未届けホームが無くならない理由

届け出による作業・費用負担が重い

未届けホームとは、設立時に義務付けられている有料老人ホームの届け出を行っていない高齢者向けの入居施設を指します。

届け出をする場合、居室など各種の部屋の面積や人員配置体制、設備内容や防災対策などを国の基準に合わせる必要があります。また、定期的に行政によってチェックされ、必要に応じて監督や指導が実施されるため、施設としては一定の運営水準を維持し続けなければなりません。

このような運営水準を確保するための手間や費用は、当然ながら施設側の負担です。そしてこの負担の重さが、未届けホームが無くならない大きな要因ともなっています。

厚生労働省が2017年3月に発表した「未届け老人ホームの実態に関する調査研究事業報告書」には、未届けホームに対して行った「有料老人ホームの届け出を行うことが困難な理由」を問うアンケート調査結果が掲載されています。

それによると、届け出をしない理由として最多回答となったのが「スプリンクラー等の消防設備の設置が困難」で、29.8%の施設が回答。さらに、「手続きが煩雑」(28.4%)、「建築基準法の基準を満たすことが難しい」(24.0%)と答える施設も多くありました。

「未届けホーム」の数が5年ぶりに増加に転じる。罰則などの規制強化では根本的解決にならない
出典:「未届け有料老人ホームの実態に関する調査研究事業報告書」(厚生労働省)を基に作成 2022年04月22日更新

理由を見てみると、届け出によって生じる費用負担や作業負担などを避けるために、あえて届け出をしない判断をしている施設が多いことがわかります。

低所得の高齢者にとっての最後の砦になっている

未届けホームの存在理由を考える上では、負担を避けたいという施設側の論理だけでなく、利用者側の論理も踏まえる必要があります。

実際のところ、「届け出をしていない違法性のある施設であっても、とにかく入居したい」と考える利用者が少なからずいるのです。

先述の厚生労働省によるアンケート調査結果によると、未届けホームに入居している利用者の66.7%が、入居動機として「ひとり暮らしで家族などの支援がないため」と回答しています。

入居先の選択肢としては、特別養護老人ホーム(特養)や届け出済みの有料老人ホームなどもあります。

しかし、特養だと地域によっては入居待ちをする待機者が列をなし、即入居が難しいです。

また、届出済みの有料老人ホームには入居費用が高額になる施設も多く、経済的理由で入居が困難となるケースが多く見受けられます。

さらに、これら施設では入居にあたって保証人を求められたり、認知症が悪化していると入居を断られたりすることも少なくありません。

そのような認可済みの施設だと入居が難しい場合でも、未届けホームであれば入居できることが多いです。管理体制や設備状況に不安があっても、費用が安くて即入居できる未届けホームは、利用者側からするととして見ることもできるわけです。

未届けホームの問題と今後必要な対策

未届けホームで起こりやすい事故や虐待

未届けホームは国が求める施設・人員・運営基準を満たしていないこともあり、施設での災害・問題が起こりやすいという点は否定できません。

例えば2009年3月、群馬県渋川市にある未届けホームで火災が発生し、10人の利用者が亡くなるという痛ましい事故が起こっています。この施設では、届け出済みの施設であれば設置しているはずの自動火災報知機が未設置で、さらに部屋の広さが国の基準よりも狭くなっていて、避難しにくい構造になっていました。

また、2014年には東京都北区にある未届けホームで、利用者を拘束したり、介護放棄したりしている事実が判明。改めて未届けホームの問題性が指摘されました。

職員の管理体制や人員配置体制が一定の水準に達していなければ、職員に過剰な業務を依頼する、専門外の対応を求める、研修を十分に行わないといった事態が起こりやすいです。そのような就労環境では職員のストレスがより溜まりやすくなり、虐待などの問題も生じやすくなると考えられます。

未届けホーム対策には、低所得者層への配慮も不可欠

未届けホームの方が防災面での不安や虐待の恐れが高いことを踏まえると、やはり未届けホームを無くしていくべきとする議論は正しいといえます。

しかし、未届けホームが「最後の砦」としての位置づけを持っている側面もあり、特に入居費用の面では、未届けホームの方が全般的に安いのは確かなようです。

厚生労働省が野村総合研究所の調査結果などを元に作成したデータによると、施設の平均月額費用は、有料老人ホームが約12.6万円、サービス付き高齢者向け住宅が約14万円であるのに対し、未届けホームは約10.5万円です。未届けホームの方が月平均で2~4万円近くも安いのです。

「未届けホーム」の数が5年ぶりに増加に転じる。罰則などの規制強化では根本的解決にならない
未届けホームと住宅型・サ高住の費用比較
出典:「未届け有料老人ホームの実態に関する調査研究事業報告書」(厚生労働省)を基に作成 2022年04月22日更新

未届けホームの規制強化策だけを打ち出していくと、低所得者層の高齢者が行き場を無くすという事態が発生する恐れもあります。

未届けホームに対する監視の目、指導体制を強化していくなら、低所得者層が入居しやすくなる環境整備の施策を一緒に打ち出すことも重要です。

今回は5年ぶりに増加となった未届けホームについて考えてきました。未届けホームの対策を考えるなら、そうした施設にニーズを持つ利用者への対応や配慮も不可欠。国・行政側には適切な対応を期待したいです。

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