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「ファンベース」とは、ファンを大切にし、ファンをベースにして中長期的に売上や価値を上げていくこと。ビジネスの基盤となり得る考え方で、いま見直されているものだ。



前編では、コミュニケーション・デザイナーの佐藤尚之さんにファンベースが必要とされている理由や取り入れ方について伺った。今回は、企業が行っている取り組みについて、より具体的に掘り下げていこう。

一歩目は「ファンミーティング」でファンを知ること

「ファンに愛される企業」ってどんな取り組みをしているの?


「何よりも自社のファンと向き合うことが重要。ファンを見ずに進めた施策は、ファンから見透かされてしまうからです。さまざまな企業から相談を受ける際、『まずはファンミーティングを行いましょう』と伝えています」(佐藤さん・以下同)

ファンミーティングといっても、ファンを招いてもてなすイベント的なものではなく、ファン同士で話す場だという。

「ファンミーティング=ファンを知る場なので、ファンの言葉を傾聴して、分析しましょう。アンケート調査でも同じと感じるかもしれませんが、アンケートを書くのは大変ですし、書いている間に考えすぎて一般的な回答になってしまいがちです。その点、ファン同士で会って話すと、『私はこういうところが好き』『僕もそう感じてた』『こういうところもいいよね』と話が広がり、本音が出やすくなります。なので、人数も5~6人で十分。多くても十数人くらいでいいでしょう」

ユーザーのなかからファンを探して集めるのが大変であれば、まずは社員の家族や友人のなかからファンを探し、話を聞いてみるのもいいそう。

「ファンミーティングを開くことで、企業側が考えていた魅力とファンが感じている魅力が異なることに気付くと思います。企業は製品の機能性ばかりに目が向きがちですが、ファンは『この商品が生まれたストーリーが好き』『開発者の人柄に惹かれる』など、感情の部分で評価していることが多いからです。ファンに評価されている点がわかると、変えてはいけない文化や風土、押し出すべきポイントなどが見えてきて、施策にも反映できます。

これがファンを大切にするということです」

ファンミーティングを行うことで見えてくるのは、「企業やブランドによってファンが求めていることが異なる」ということ。

「例えば、プロ野球の巨人ファンと阪神ファンでは応援の仕方が違うように、企業によってファンの性質は異なります。だからこそ、ファンミーティングが重要なのです。いくつかファンベースの事例を紹介しますが、そのまま真似したとしても、うまくいくとは限りません。あくまで参考として、自社で取り入れるとしたらどのような形がいいか、考えてみてください」

●ファンベース事例(1)ピエトロ
ドレッシングやパスタソースでおなじみのピエトロはファンベースを経営の軸に据え、ファンミーティングやファンイベントを開催。ファンコミュニティ「ピエトロホームタウン」も立ち上げた。ファン同士やスタッフと“食”をテーマに交流できる場になっている。

●ファンベース事例(2)三菱地所
不動産デベロッパーの三菱地所は、東京都・丸の内でファンミーティングを開催。三菱地所が開発を進める丸の内のファン=三菱地所のファンと捉え、ファンが好きな場所や望む街づくりを知ることで、開発のヒントとする「BwithF」を実践している。

「ファンをもてなす」のではなく「ファンを仲間にする」

「ファンに愛される企業」ってどんな取り組みをしているの?


三菱地所のような「ファンとの共創」も、ファンベースがあってこそ成立するもの。ただし、「ファンと一緒に新製品を立ち上げる」という意味ではないという。

「ファンがずば抜けたアイデアマンというわけではないので、発案してもらうということではありません。ファンが評価している部分、愛してくれている部分を開発者が知ることで、ファンが求めている商品やサービスが生まれやすくなるということです。

ファンの思いを大切にした開発を行うことによって、ファンの熱がさらに高まり、ファン度も上がっていくといえます」

自動車メーカーのマツダは「会いに行ける開発者」として自動車開発主任とファンが交流する機会を設けている。これが新たな開発の種となっているのだ。また、新車を発表する際は、プレス向けの発表会より先にファンに情報を発信するそう。ファンを大切にし、ファンが喜ぶことを実践している。

「マツダがさすがなところは、開発者を表に出しているところです。ファンミーティングやイベントを高級ホテルなどで開催しても、ファンには響かないものです。ファンが本当に喜ぶのは、普段入れない本社のオフィスや会議室に行けたり、社内のスタッフと交流できたりすることだったりします」

また、ファンを接待するのではなく、仲間にすることがポイントとのこと。

「例えば飲食店の場合、『常連客はビール1杯サービス』みたいなことをすると、さらなるサービスを要求してくる悪い顧客になりかねません。では何をすればいいかというと、『最近お店の調子が悪いけど、どうすればいいかな?』と聞いたり、『いま忙しいから、この料理をあのテーブルに届けてもらえる?』とお願いしたりするなど、仲間扱いすることです。そうするとファンは一生懸命応えようとしてくれて、共創へとつながっていきます」

これからの時代のカギとなる「ファンベース」

「ファンに愛される企業」ってどんな取り組みをしているの?


ファンミーティングでファンと向き合い、ファンが愛してくれている部分を大切にした商品やサービスを生み出す。ファンベースは、ビジネスの基本ともいえる形だ。

「実は当たり前のことで、『本当に好いてくれている人のことを大切にしましょう』という話です。

美容院や飲食店などの個店は、お得意様と向き合うファンベースの典型のようなビジネスでしたが、最近はオンラインのクーポンなどを使って新規獲得に走ってしまっています。単発の客に頼ると売上は安定しません。観光業もいまはインバウンド需要で伸びていますが、インバウンドに偏ると国内の常連客が離れかねません。再びコロナ禍のようなことが起きたら、大変なことになるでしょう」

時代が変わっていくとしても、ファンを大切にするというビジネスの基礎は変わらない。その意味を理解している企業は、今後も生き残る可能性が高いという。

「これからAIがさらに進化し、パーソナルエージェントとして個々の嗜好に合わせて買い物をサポートしてくれる世界になっていくでしょう。そうなると広告も口コミも必要なくなるように感じますが、好みに合うものばかり勧められるとセレンディピティ(思いがけない発見)がないように感じてくるはずです。そうなると強いのは、信頼している家族や友人の言葉。AIが勧めるものとは別に、家族や友人が勧めるものの存在感が増してくるはずです。前編で話したように、今後ますますファンの存在が重要になるでしょう」

最後にもうひとつ、これからの社会を生き残る可能性が高い企業の共通点も聞いた。それは「従業員が自身の勤めている企業のファンであること」。

「『うちの会社は真面目にいいことやってるんだよ』と胸を張って言っている人がいたら、いい会社なんだなと思いますよね。

それが家族や友人であれば、なおさらそう感じるでしょう。従業員が勤務先のファンになっていると、その思いが周囲に広がり、共感を伴ってファンが増えていくという現象が起こります。顧客だけでなく従業員もファンにしていくことが、今後の企業には求められることかもしれません」

「ファンに愛される企業」ってどんな取り組みをしているの?


これからのビジネスの基礎となるであろう「ファンベース」。労働者としても消費者や投資家としても、頭の片隅に入れておくと、企業の見え方が変わってくるだろう。

(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)

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