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「失敗から学ぶ移住」とは……


大企業の元営業担当という肩書きは、大自然に囲まれた田舎では都会と同じような評価を得られない。「自分とはいったい何者なのか」というブランディングの焼き直しは、地方移住の“あるある”かもしれない。



それを現在進行形で実践しているのが電通を退職後、岡山県に移住し、真庭市の公務員として働く平澤洋輔さんだ。

元・電通マンが地方公務員に転身。湘南から岡山に移住して5年でいまだ感じる4つの葛藤
平澤洋輔(ひらさわ・ようすけ)●2012年電通に就職。営業としてJAグループを担当し、国産農畜産物の消費拡大PRなどを手掛ける。自分の広告スキルを地方で活かしたいと、2017年に妻と子ども3人で岡山県に移住。現在は真庭市で公務員を務める。

平澤洋輔(ひらさわ・ようすけ)●2012年電通に就職。営業としてJAグループを担当し、国産農畜産物の消費拡大PRなどを手掛ける。自分の広告スキルを地方で活かしたいと、2017年に妻と子供3人で岡山県に移住。現在は真庭市で公務員として勤務する。


湘南生まれ、湘南育ちの彼が目の当たりにしている地方移住のリアルとは? 平澤さんの葛藤を包み隠さずお届けする。


電通時代に地方へ意識がシフト

元・電通マンが地方公務員に転身。湘南から岡山に移住して5年でいまだ感じる4つの葛藤
電通時代、撮影で訪れた地方のロケ地でスタッフと記念撮影。貴重な思い出のひとつ。

電通時代、撮影で訪れた地方のロケ地でスタッフと記念撮影。貴重な思い出のひとつ。


「30代前半の2016年あたりから、地方移住という選択肢が頭にちらほら浮かんでいたんです。湘南の暮らしには満足してました。でも、自分の人生を考えたときにほかの土地を知らないまま終わりたくないな……とも思ったんです」。

移住先として高い人気を誇る湘南だが、そこで生まれ育った人間には外の世界の方が魅力的に映る。平澤さんは、電通時代に見て回った地方の一次産業の取り組みに直接関わりたくなったという。


「電通ではJAの営業を担当し、国産農畜産物の消費拡大PRに関わりました。あるとき地方出張で岡山県の西粟倉という村に出会ったんです。人口1500人弱でローカルベンチャーが集まる、森林に囲まれた村です。

ここでは農業・林業・漁業すべてに取り組むという珍しい試みをしていて、3つの資源をうまく循環させるサーキュラー・エコノミーにも挑戦していた。これはめちゃくちゃ面白い! と思いましたね」。

自分の周りを見渡せば、当然自分と同じスキルを持つ人がたくさんいる。
東京よりも、地方の方が自分の個性が活きるのではと、挑戦を決意した。

元・電通マンが地方公務員に転身。湘南から岡山に移住して5年でいまだ感じる4つの葛藤
国産農畜産物の消費拡大を目的に、新宿駅の地下通路に野菜の出現させたり、都内の寺社 に鏡餅をかたどったイルミネーションを設置するなど、屋外広告を活用してPRを実施。

国産農畜産物の消費拡大を目的に、新宿駅の地下通路に野菜の出現させたり、都内の寺社に鏡餅をかたどったイルミネーションを設置するなど、屋外広告を活用してPRを実施。


「自分の商品を知ってもらったり、売ったりする方法を知らない人が地方には多いんです。だったら、自分のマーケティングスキルを地方で活かそうと思いました。地方創生の取り組みにも直接的に関われるし。ということで、反対していた妻を猛烈に説得して、2017年に家族5人で岡山へ引っ越したんです」。


東京から西粟倉村に移住をした平澤さんは、転職先のローカルベンチャー企業で、国内初の取り組みになった「うなぎのASC認証」や自治体初となる「仮想通貨での資金調達」など、話題を集めたプロジェクトを多数手掛けた。

だが、常に自分をより活かせる場所を追求し、移住5年の間に「退職→独立→起業→地方公務員」という変遷を辿ることに。その裏には、自分を社会に役立てたいという平澤さんの想いがあった。

「広告って人々の琴線に触れられるし、意識変容や行動変容を起こせるポテンシャルもある。社会を良い方向に導く力があるとも思っています。だから、衰退している地域や消滅すると言われる地方都市でも、本気でやれば元気になるはず。


僕はそう信じているし、それが広告の醍醐味で面白いところ。自分のキャリアアップより、そういう使命感みたいなものが原動力ですね」。

葛藤① 仕事のプロジェクト規模や裁量権が小さい

だが、そんな熱い想いとは裏腹に、目の前の現実には満足できていないという平澤さん。今は“公務員の壁”に直面している渦中だ。

元・電通マンが地方公務員に転身。湘南から岡山に移住して5年でいまだ感じる4つの葛藤
「まさか自分の人生で公務員になる時が来るなんて…」。真庭市役所の前でポージングする平澤さん

「まさか自分の人生で公務員になる時が来るなんて……」。真庭市役所の前でポージングする平澤さん


「公務員とはいっても“経験職採用”の枠だったので、過去のスキルをもっと活かせると思っていました。でも、公務員としての基礎を想像以上に求められているのが最大のジレンマですね。


移住者であり、ビジネスマンだった僕の視点が、ひとりの職員の意見になってしまう。違う畑から来た僕のスキルや経験を活かせていないと感じてます。それでは僕がここにいる意味がないなって考えてしまいますね」。

分かってはいたが、プロジェクトのスケール感の違いも顕著だ。

「電通という大企業と比べると当たり前なのでしょうが、プロジェクトのスケールが大きいし、裁量権も大きかった。規模が大きい仕事はやりがいも楽しさもあったし、社会とのつながりも感じられた、というのは正直な思いです」。

葛藤②「ネットがあれば情報格差はない」は嘘

元・電通マンが地方公務員に転身。湘南から岡山に移住して5年でいまだ感じる4つの葛藤
予想外の環境やジレンマと向き合いつつも「貢献したい」というモチベーションで日々邁進する平澤さん。

予想外の環境やジレンマと向き合いつつも「貢献したい」というモチベーションで日々邁進する平澤さん。


インターネットさえあればどこにいても欲しい情報は得られる。これは正しい。だが、偶然的に出合う情報に満たされる部分が実は大きいことに、平澤さんは移住後に気付いたという。

「インターネットがあれば情報格差なんてないって、僕もたかを括ってたんですけど、格差は結構ありました。

例えば東京の場合、歩いているだけで素敵なお店に出合ったり、お洒落な人を目にしたりする機会がありますよね? それって知らない間に自分の刺激になっていたし、自分を満たすものだったんだなって今になって思います」。

元・電通マンが地方公務員に転身。湘南から岡山に移住して5年でいまだ感じる4つの葛藤
「田舎へ移住するなら、何か熱狂的に没頭するものを持ってる人の方が生きやすいと思います」と平澤さん。ちなみに平澤さん自身は多趣味派の非オタク系。

「田舎へ移住するなら、何か熱狂的に没頭するものを持ってる人の方が生きやすいと思います」と平澤さん。ちなみに平澤さん自身は多趣味派の非オタク系。


分かりやすい例が「本屋」だ。

「こっちの本屋ってセレクトされたものではなく、万人受けするものしか並んでないんですよ。刺激になる出合いがない。僕は浅くてもいいから多種多様な情報に触れていたいタイプなので、それでは満足できません。

でも、ここでじっとしていたら本当に何にも出合わないので、Facebook、Instagram、Twitter、TikTok全部やってます(笑)。ただ、これが結構疲弊するんですよね」。

葛藤③ 自分を再ブランディングする必要性

名乗らずとも街に埋没して生きていけるのが都会の特徴だが、田舎は自分を放っておいてはくれないとも平澤さんは話す。

「近所の人に、自分はこういう者ですって説明する必要がないのが都会の特徴だなって改めて思いますね。でも、田舎に行くと、私はこういう人間で、こういう理由でここにいますって言えないと『あいつは誰だ』っていうのが常につきまとうんですよ」。

平澤さんはこの作業を自分の「ブランディング」と呼ぶ。

元・電通マンが地方公務員に転身。湘南から岡山に移住して5年でいまだ感じる4つの葛藤
平澤さんは、田舎の風景を背景にした自身のスナップ写真を#里山スナップををつけてInstagramで投稿し続けている。「田舎では元電通マンの公務員という肩書きより、こっちの方が面白がってもらえるんです」。

平澤さんは、田舎の風景を背景にした自身のスナップ写真を#里山スナップをつけてInstagramで投稿し続けている。「田舎では元電通マンの公務員という肩書きよりも、こっちの方が面白がってもらえるんです」。


「地域の人に聞かれるからっていうのもありますが、むしろ自分は何者で、なぜここにいるのかを自分でわかっていないと、そもそも地方移住は難しいと思います。いずれそれを問う時期は必ず誰にでも訪れると思うので。まさに自分のブランディングですね」。

「電通で仕事をしていた」がdoの肩書きなら、田舎で必要なのは「どうありたいか」というbeの肩書き。都会にいるときより自分の存在価値と向き合う機会が多いのが田舎暮らしなのだ。


葛藤④ 子供たちの選択肢が少ない

都会から地方に移住するというと、子供に自然豊かな住環境を与えられると思われがちだが、そこにはちょっとした落とし穴があるという。

「岡山に来てから気付いたことですが、湘南ってめちゃくちゃいいところですよね(笑)。海や山の豊かな自然があって、都市機能もある。映画が見たければ駅のモールに行けばいい。ちょうどいい自然って実は難しいんですよ」。

平澤さんは職業の選択肢の幅も圧倒的な差があると指摘する。

「こっちでアンケートを取ると、将来なりたい職業は公務員や病院関係などが上位に挙がりますが、東京だとカメラマンやエディター、コピーライターなど、横文字の職業が普通に出てくるじゃないですか。選択肢の差はあると思います」。

地方移住を考える人のためにあえて地方移住の難しさを語ってもらったが、平澤さんは自分の決断を肯定している。

移住を人生の一大事みたいに捉えるのではなく、いくつもあるチャレンジのひとつとして捉えれば、失敗も経験として糧になります。移住するかどうか悩んでいる人がいたら、ぜひ挑戦してほしいです」。


なかなか聞けない地方移住で直面する心の葛藤。包み隠さず話してくれた平澤さんの話は、これから田舎に移り住もうと考えている人にはいい参考書になるはずだ。