▶︎すべての画像を見る「失敗から学ぶ移住」とは……大企業の元営業担当という肩書きは、大自然に囲まれた田舎では都会と同じような評価を得られない。「自分とはいったい何者なのか」というブランディングの焼き直しは、地方移住の“あるある”かもしれない。
平澤洋輔(ひらさわ・ようすけ)●2012年電通に就職。営業としてJAグループを担当し、国産農畜産物の消費拡大PRなどを手掛ける。自分の広告スキルを地方で活かしたいと、2017年に妻と子供3人で岡山県に移住。現在は真庭市で公務員として勤務する。
湘南生まれ、湘南育ちの彼が目の当たりにしている地方移住のリアルとは? 平澤さんの葛藤を包み隠さずお届けする。電通時代に地方へ意識がシフト
電通時代、撮影で訪れた地方のロケ地でスタッフと記念撮影。貴重な思い出のひとつ。
「30代前半の2016年あたりから、地方移住という選択肢が頭にちらほら浮かんでいたんです。湘南の暮らしには満足してました。でも、自分の人生を考えたときにほかの土地を知らないまま終わりたくないな……とも思ったんです」。移住先として高い人気を誇る湘南だが、そこで生まれ育った人間には外の世界の方が魅力的に映る。平澤さんは、電通時代に見て回った地方の一次産業の取り組みに直接関わりたくなったという。国産農畜産物の消費拡大を目的に、新宿駅の地下通路に野菜の出現させたり、都内の寺社に鏡餅をかたどったイルミネーションを設置するなど、屋外広告を活用してPRを実施。
「自分の商品を知ってもらったり、売ったりする方法を知らない人が地方には多いんです。だったら、自分のマーケティングスキルを地方で活かそうと思いました。地方創生の取り組みにも直接的に関われるし。ということで、反対していた妻を猛烈に説得して、2017年に家族5人で岡山へ引っ越したんです」。葛藤① 仕事のプロジェクト規模や裁量権が小さい
だが、そんな熱い想いとは裏腹に、目の前の現実には満足できていないという平澤さん。今は“公務員の壁”に直面している渦中だ。「まさか自分の人生で公務員になる時が来るなんて……」。真庭市役所の前でポージングする平澤さん
「公務員とはいっても“経験職採用”の枠だったので、過去のスキルをもっと活かせると思っていました。でも、公務員としての基礎を想像以上に求められているのが最大のジレンマですね。葛藤②「ネットがあれば情報格差はない」は嘘
予想外の環境やジレンマと向き合いつつも「貢献したい」というモチベーションで日々邁進する平澤さん。
インターネットさえあればどこにいても欲しい情報は得られる。これは正しい。だが、偶然的に出合う情報に満たされる部分が実は大きいことに、平澤さんは移住後に気付いたという。「インターネットがあれば情報格差なんてないって、僕もたかを括ってたんですけど、格差は結構ありました。例えば東京の場合、歩いているだけで素敵なお店に出合ったり、お洒落な人を目にしたりする機会がありますよね? それって知らない間に自分の刺激になっていたし、自分を満たすものだったんだなって今になって思います」。「田舎へ移住するなら、何か熱狂的に没頭するものを持ってる人の方が生きやすいと思います」と平澤さん。ちなみに平澤さん自身は多趣味派の非オタク系。
分かりやすい例が「本屋」だ。「こっちの本屋ってセレクトされたものではなく、万人受けするものしか並んでないんですよ。刺激になる出合いがない。僕は浅くてもいいから多種多様な情報に触れていたいタイプなので、それでは満足できません。でも、ここでじっとしていたら本当に何にも出合わないので、Facebook、Instagram、Twitter、TikTok全部やってます(笑)。ただ、これが結構疲弊するんですよね」。葛藤③ 自分を再ブランディングする必要性
名乗らずとも街に埋没して生きていけるのが都会の特徴だが、田舎は自分を放っておいてはくれないとも平澤さんは話す。「近所の人に、自分はこういう者ですって説明する必要がないのが都会の特徴だなって改めて思いますね。でも、田舎に行くと、私はこういう人間で、こういう理由でここにいますって言えないと『あいつは誰だ』っていうのが常につきまとうんですよ」。平澤さんはこの作業を自分の「ブランディング」と呼ぶ。
平澤さんは、田舎の風景を背景にした自身のスナップ写真を#里山スナップをつけてInstagramで投稿し続けている。「田舎では元電通マンの公務員という肩書きよりも、こっちの方が面白がってもらえるんです」。
「地域の人に聞かれるからっていうのもありますが、むしろ自分は何者で、なぜここにいるのかを自分でわかっていないと、そもそも地方移住は難しいと思います。いずれそれを問う時期は必ず誰にでも訪れると思うので。まさに自分のブランディングですね」。「電通で仕事をしていた」がdoの肩書きなら、田舎で必要なのは「どうありたいか」というbeの肩書き。都会にいるときより自分の存在価値と向き合う機会が多いのが田舎暮らしなのだ。