日本人初の武道館3日間公演を収録
『栄光への脱出~武道館ライヴ』は1978年10月5日リリース。1978年8月29日、30日に行なわれた日本武道館でのライヴを収録したものである。この頃は、アリスの勢いがまさに最高潮に達しようとしていた時期だったと言ってもいい。谷村新司はラジオパーソナリティーとして人気を確立していたし、その前年1977年10月リリースのシングル「冬の稲妻」が初めてチャートトップ10入りを果たし、同曲で当時、絶大な人気を誇った音楽番組『ザ・ベストテン』へも出演していたので、アリスはすでに一定の評価を得ていたと見る向きもあろう。
そして、その日本武道館公演。ライヴ収録された8月29日、30日に加えて、翌々日の9月1日にも開催されている。日本武道館3日間公演というのは当時、日本人アーティストとしては初めてのことで、快挙だったと言える。そのわずか1カ月余りで発売された『栄光への脱出~』も当然のことながらチャート1位を獲得する。同年12月にはシングル「チャンピオン(King of Kings)」をリリース。
アリス自体の盛り上がりもさることながら、この1978年下半期頃から音楽シーンの状況も変化している。いわゆるニューミュージックが台頭してきたのも同時期だ。
アリスの代表的作風を再確認
『栄光への脱出~』の内容へと話を移すと、本作はLP2枚組で収録時間約1時間50分という大ボリュームでコンサートをほぼ丸っと1本収録している代物だけに、最も勢いのあった時のアリスのコンサートがどういったものであったかがよく分かる作品だ。もっと言えば、先ほど“1978年は音楽シーンがニューミュージックへ傾倒していった境”と言ったけれども、この時期を境にライヴコンサート自体もまた変貌していったのではないか…などと想像させるアルバムである……ような気がする。その考察はのちほど述べるとして、まずは『栄光への脱出~』で再確認できるアリスの音楽性を記してみたい。
アリスの歌詞は、独特…とは言わないまでも、最近あまり見ないタイプではないかと改めて感じたところである。アリスの最大のヒット曲は言うまでもなく「チャンピオン」である。[ボクシングのベテランチャンピオンが若き挑戦者に敗れゆく姿を表現した曲]で、[主人公であるチャンピオンのモデルはカシアス内藤]とのことだ([]はWikipediaからの引用)。ボクサーを主人公とした物語が珍しいだけじゃなく、物語性を持った歌詞自体に少し新鮮味を感じないだろうか。こうしたタイプは演歌、歌謡曲にはまだあるかもしれないが、フォーク、ロック――いわゆるニューミュージックに分類される音楽では、少なくなってきているような気がする。物語は物語でも、恋愛物語を綴った歌詞はまだある。
《青いライトが俺を照らし出す/震える指で引き金がひけるか/見ろよ目の前にいるぜ!/撃ち抜けるか この胸が/Shoot me! サイレンサー》(M2「スナイパー~つむじ風」)。
《俺の歌は誰にも聞こえぬララバイ》や《俺には聞こえるこの歌だけは》というフレーズもあるので、“スナイパー”を音楽やライヴコンサートの比喩として使ったとも考えられるが、それにしても物語性は強い。
恋愛ものにしても確実に架空の物語というか、少なくとも作者の心情のストレートな吐露といったものではないものもある。本作でのその代表は以下の2曲だろう。
《泣きながらすがりつけば終る/そんなキザな優しい愛じゃなかった/もう二度と消えない手首の傷あと》(M11「涙の誓い」)。
《酒びたりの日も今日限り/私は一人で死んでゆく/この手の中の夢だけを/じっと握りしめて》《貴方の声が遠ざかる/こんなに安らかに/夕暮れが近づいてくる/私の人生の》(M16「帰らざる日々」)。
間接、直接の違いはあるものの、どちらも“死”を描きながら、ともにシングル曲で――しかも、M11はチャート4位、M16は15位とヒットしているし、M16はコンサートの本編ラストで披露されているのが興味深い。サビの《Bye,Bye,Bye》のリフレインが意外にもポップでシンガロングしやすいところでライヴの盛り上がりには適切と言えるのかもしれないが、こうして歌詞を見ると、“それにしても…”と思わざるを得ない。だが、それこそがアリスという見方もできるかもしれない。愛憎入り混じるどころではない、愛と死が交錯する物語を、ポピュラーミュージックに乗せる。これはアリスの特徴だったと言ってもいいだろう。
雑多で多岐に渡る音楽性
『栄光への脱出~』のサウンドからアリスの音楽性を語るならば、この時期からアリスはジャンルを凌駕していたことは確実だったと言えるだろう。谷村、堀内のフロント2人がアコースティックギターを抱えながら歌う姿から、アリスをフォークグループと見る向きはあったと思う。それはそれで間違いではないと思うのだが、もっと雑多であり、もっと多岐に渡っていたことが本作からはっきりと分かる。オープニングはそれを誇示しているかのようですらある。M2「スナイパー~つむじ風」ではパーカッションのリズムでラテンの匂いをさせつつも、(おそらく芳野藤丸氏の)エレキギターがロックなソロフレーズを聴かせる。M3「最後のアンコール」はブギー。ソウルフルなコーラス、間奏で聴こえてくるブラスもとてもいい。ここからは明らかにブラックミュージックを意識していたことが分かる。矢沢 透(Dr)はアリス以前にソウルバンドをやっていたというし、谷村もアリス以前に所属していたバンドでその矢沢のバンドと一緒にアメリカでツアーを行なっている。そこで吸収した本場米国の音楽がアリスに反映、派生していったのも当然だったのだろう。ブラスはこの他、M12「君のひとみは10000ボルト」のサビ、M15「遠くで汽笛を聞きながら」やM19「さらば青春の時」のアウトロなどもかなり印象的だ。
また、このコンサートではストリングスも配されているので、随所で聴こえてくる弦楽奏が楽曲の世界観を広げている。M5「誰もいない」ではストリングス入りのスタジオ音源(『ALICE II』収録)を忠実に再現しているし、M16「帰らざる日々」と、アンコールで披露されたM17「カリフォルニアにあこがれて」とはタイプは異なるが、それぞれにストリングスが別種の緊張感を楽曲に与えてる。この辺も相当面白い。そうかと思えば、M8「走っておいで恋人よ」やM14「砂の道」といった、しっかりとアコギのアンサンブルを聴かせる楽曲もあり、この公演が実に表現力豊かなコンサートであったことも分かる。インパクトの強さで言えば、M13「砂塵の彼方」が白眉だろう。谷村の朗読から始まり、そこにSEで戦闘機と思しき音、爆発音、兵隊が行進する音──軍靴の音が重なっていく。そして、歌が始まる。歌詞は以下のような内容である。
《外人部隊の若い兵士は/いつも夕陽に呼びかけていた/故郷に残してきた人に/自分のことは忘れてくれと》《不幸を求めるわけじゃないけど/幸福を望んじゃいけない時がある》《いつも時代は若者の/夢をこわして流れてゆく》(M13「砂塵の彼方」)。
一見プロテストソングのようにも思える、メッセージ性を帯びた歌詞ではあろうが、“戦争反対!”と言っているわけでもないし、《外人部隊の若い兵士》に寄り添えと促しているわけでもない。楽曲終わりのMCでもその辺は明確に語ってない。ゆえに、この楽曲が何を示唆しているかを筆者如きが軽々と語るべきものではないけれど、バンドサウンド、ブラス、ストリングス、さらにはSEまでも駆使して、楽曲にある“何か”をライヴで表現し、観客(引いてはリスナー)に伝えようとした、アリスの表現者としてのスタンスを見事に閉じ込められた一曲であることは強調しておきたい。
最後に、このアリスの武道館公演が開催された時期を境にライヴコンサート自体もまた変貌していったのでは…の件に軽く触れていきたい(軽く…というのはあくまでも個人的な考察だからです)。まず、最初がM1「Overture:栄光への脱出」であること。Ernest Gold作曲の映画『栄光への脱出』の劇伴である。歌はないので、オープニングSEと言ってもいい。当時、他にもこうしたオープニングを採用したアーティストは案外たくさんいたかもしれないけれど、同時期の他のアーティストの主だったライヴ盤を聴く限りでは、このようなものは収録されていないので、アリスのやり方は、少なくともメジャーどころでは、早かったとは想像できる。以前、当コラムで『CASANOVA SAID “LIVE OR DIE”』を紹介したTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTは、オープニングでFrancis Ford Coppolaの映画『ゴッドファーザー』のテーマ曲を使っていたし、今は定番のSEを持っているアーティストは多いようだ。それが即ちアリスの影響だとは言わないけれど、アリスはのちの傾向を先取りしていたと言えるとは思う。
M20「10000人の讃歌 -FBC組曲"WE ARE NOT ALONE"より- "WE ARE TOGETHER"」でのオーディエンスのシンガロングもまた昨今のコンサートに近い光景を想像した。1960年代のフォークコンサートでも観客同士が肩を組んで合唱…といったこともあったようなので、それ自体が早かったとか言うつもりはない。しかし、ここで観客を煽る谷村の姿は後輩のアーティストたちが自身のコンサートで参考にしたのではないか。引いてはコンサートの盛り上げ方のひな型のひとつとなった可能性はあったのではないかと思う。谷村が“立ち上がって歌ってください”と言っているのは、椅子が設置されたホールであっても終始スタンディングということも多い現代のコンサートでは聞かなくなったMCではあると思うが、演奏なしでシンプルなメロディーをリフレインする観客を“もっと!”“もっと!”と煽り続ける光景は、誰ということはなく、いろんなアーティストのコンサートで見てきた。谷村は“手をつなぎましょう”とも言っているから、おそらく観客同士は手をつなぎ合わせたのだろう。これと似たようなことも、とあるバンドのライヴで見たことがある。そこもまたアリスが先駆者だったとは言わないけれど、『栄光への脱出~武道館ライヴ』は、今もなお古びない、アリスのライヴバンドとしてスタンスが刻まれてることは間違いない。
TEXT:帆苅智之
アルバム『栄光への脱出~武道館ライヴ』
1978年発表作品
<収録曲>
1.Overture:栄光への脱出
2.スナイパー~つむじ風
3.最後のアンコール
4.冬の稲妻
5.誰もいない
6.青春時代
7.センチメンタル・ブルース
8.走っておいで恋人よ
9.今はもうだれも
10.ジョニーの子守唄
11.涙の誓い
12.君のひとみは10000ボルト
13.砂塵の彼方
14.砂の道
15.遠くで汽笛を聞きながら
17.カリフォルニアにあこがれて
18.冬の嵐
19.さらば青春の時
20.10000人の讃歌 -FBC組曲"WE ARE NOT ALONE"より- "WE ARE TOGETHER"