EV(電気自動車)やロボットという新興産業でなく「モーターバイク」という伝統産業でのニュースが中国全土を駆け抜けた。3月末、ポルトガルで開催された世界最高峰の二輪レースの一つ「WSBK」で、設立わずか2年の中国メーカー、張雪機車(ZXMOTO)が常勝のヤマハやドゥカティを抑えて中国メーカーとして史上初となる優勝に輝いたのだ。

 創業者の張雪氏は、中国で「エリート」とされる起業家像とは真逆の存在だ。農村出身で14歳で中学を中退、修理工場の油にまみれて育った「現場の叩き上げ」。自身の技術を披露しレーシングチームにアピールしようと、テレビ取材スタッフの車を雨の中、自前のバイクで 100キロ追いかけ続けた。熱意が通じて取材が実現。放映後、本当にレーシングチームから声がかかりプロの道が開けた。その後に共同創業したバイク会社でビジネスを順調に発展させたものの、エンジン開発の方針を巡る対立から辞任。直後に自身の名を冠した張雪機車を設立した。

 「自分の名前を冠したバイクで、世界を獲る」と宣言してから約2年で実現してしまうという、まるで少年漫画の主人公のような情熱的な逸話がいくつもある。

 もちろん張雪氏がこの短期間で世界最高レベルのバイクを作れたのは本拠地・重慶にひしめく51の完成車メーカーと400超の部品メーカーという圧倒的なサプライチェーンのおかげでもある。張雪氏は「中国のサプライチェーンなら図面さえあればF1の部品だって、どこよりも速く安く作れる」と豪語する。EVで世界を驚かせた「垂直統合」と「スピード感」が、今や伝統的な内燃機関の領域でも爆走し始めておりメディアでも「中国製造業の誇り」として取り上げられている。

 若者の間でも彼の人気は高まっている。

学校でも、社会でも、「内巻」と呼ばれる激しい過当競争が存在する。アクセルを緩めることなく、次々と迫りくるカーブの難所をクリアしていかなければ勝ち残っていけない。将来に希望を見いだせずコースアウトしてしまう「寝そべり(躺平)」族も出てくるのが現実社会だ。そんな中、媚びず、群れず、ただ純粋な情熱で疾走し世界を獲った張雪氏の姿は、とても眩しい。

 張雪氏の話は、小学校卒業の生粋の技術者であり、「マン島TTレース」への出場を宣言し、数年で世界を独占した本田技研工業の本田宗一郎氏を想起させる。ホンダのイメージと言えば「夢」「挑戦」「好奇心」。張雪機車が、どこまで走っていくのかその行く末が楽しみだ。

野村義樹(のむら・よしき) 中華圏歴22年目。妻、娘2人と上海在住。現地のビジネスや生活をメルマガ「中カツ!通信」にて配信中。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.18からの転載】

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