■飲み会が消えた世代が続々と社会人に
コロナ禍で大学時代に飲み会がなかった人たちにとって、接待の会食はハードルが高いだろう。いったい、何を話せばいいのか。それとも沈黙を守っていてもかまわないのか。
熊谷誠氏の会社に昨年入社した長男、熊谷賢氏も、初めての接待で苦労したという。
賢氏はこう語る。
「いちばん最初の接待は、銀行幹部の方でした。私どもの会社にとっては融資をお願いしているお取引先です。緊張して何を食べたか、何を飲んだか、まったく覚えていません。
相手のお話を一所懸命記憶して、トイレに行くたびに箇条書きにしてスマホに打ち込みました。まだスマホに入れています。相手の方から質問されても、『はい、そうです』『いいえ、違います』とイエスもしくはノーとしか答えられなかったので、話がつながらず、いたたまれなかった経験があります。
初めての時ではないのですが、お相手がお年を召した方の時、歌謡曲の話になったのです。世代間ギャップがあり、お相手の方がおっしゃった歌手、曲ともに知りませんでした。あの時はどうしていいのかわかりませんでした。ただ、微笑んでいるしかありませんでした。ですが、同じようなことが起こるといけないので、以来、昭和の大ヒット曲をYouTubeで勉強して、今ではカラオケでも歌えるようになりました。昭和や平成の大ヒット曲は知っておいたほうがいいと思います」
■目立とうとするくらいなら黙っていたほうがいい
おそらく、初めて接待をする人たちは熊谷賢氏と同じ体験をするだろう。だが、みんなそうだ。現在、接待王と呼ばれ、達人になった人でさえ、初めての時はぎこちなく、面白い話もできなかったはずだ。しかし、それでいい。面白い話をしなくても、人柄は伝わる。ずっと黙っていて、あいさつだけしていればそれでいい。目立とうとして、しゃべりまくることのほうがいい結果にはつながらない。
熊谷賢氏に学ぶとしたら、接待する相手について情報収集をしておくことだ。いくつくらいの人で、何が趣味なのか。仕事ではどういった業績を上げた人なのか。グルメなのか、歌が好きなのか。一緒に会食をする先輩に聞いておくべきだろう。そうして、たいていのことは知っておいたうえで、でしゃばらず、しゃべらないこと。自分からしゃべるのは接待の場数を踏んで、慣れてからがいい。
■「長く続けていたこと」を聞く
父親の熊谷誠氏が考える接待での話題とは質問だ。達人とはしゃべる人ではなく、その場にいる人から上手に話を引き出すことにあるという。自ら話題を提供するのではなく、相手にしゃべらせるよう刺激を与えることとしている。
「ある時、接待相手の若い人がガチガチに緊張していたんです。その人は体格がよかった。
そうしているうちに、相手はしゃべり始めます。別に優勝していなくともいいんです。柔道選手として優勝していなくとも、長く続けていたところを褒めながら聞いていく。ただ、質問するだけでなく、話を引き出していこうとするのです。
相手が自己PRしたいところをある程度、つかんでいて、そこを聞いてあげる。できれば、相手の方自身も明確には気づいていないような、その人のいい所を指摘する。お年寄りや足の悪い人が席を立とうとしたら、椅子を引いてあげるようなことをしたら、そこを指摘する。
『あなた、いつもそうしているのですか? 感心します』」
■接待のプロが忘れられないバーでの出来事
「相手は『いえ、そんなことはありません』と答えるでしょう。でも、それは謙遜しているのです。お年寄りの椅子を引いてあげるなんてことは慣れていないとできません。その人の人柄がわかります。
熊谷氏は接待について意見を交換しながら、ふと、「こんな体験をしたことがあります」と話を切り出した。
「接待が終わった後、銀座にある会員制のバーにひとりで行くようになりました。まだ20代でした。生意気盛りです。著名な方だけが会員になっていたバーで、わたしは友人がその店の経営者一族だったこともあり、会員になれたのです。カウンターにいる方たちは一流企業の経営者、大臣経験のある国会議員、文化人、スポーツ界の方々でした。ルールとして、名刺交換をしてはいけない。仕事の話をしてはいけないとあったので、いつもひとりでウイスキーを飲んでいました」
■突然、カウンターにいた紳士が…
「生意気ですから、ブレンデッドの『ザ・ロイヤルハウスホールド』をボトルキープしていました。当時、1本、数万円です。
世の中のことをわかっていませんでしたから、社交辞令で『おいしいです』とだけ言って、話を切り上げたんです。また自分の自慢のザ・ロイヤルハウスホールドを飲みました。それでも気になることがあって、おごってもらった国産ウイスキーもボトルキープしたんです。それまで聞いたことがなかった銘柄でした。
それから1カ月くらいして、カウンターでぐうぜん、隣になったんです。私の前にはザ・ロイヤルハウスホールドと国産ウイスキーが2本、並んでいました。
紳士が横に座るなり、国産ウイスキーを見つけて、『あなた、ありがとう』と言って、ここは名刺交換してはいけないけれど、あいさつさせてくださいと1枚、名刺を渡されました」
■初対面の相手こそ丁寧に接するべき理由
「名刺を見たら、『竹鶴』と書いてあって、国産シングルモルトと同じ名前なんです。ああ、この人の作ったウイスキーなんだなと思って、もう一度、名刺を見たら、ニッカウヰスキー会長兼社長の竹鶴威(たけし)さんでした。
私自身、尊敬申し上げていますし、本当に勉強させていただきました。人間、どこで何があるかわからないんです。接待の席でも、そうでなくとも、人には丁寧に、誠実につきあうことがもっとも大切だと気づきました。私は今でも初めてのバーや飲食店に行くたびに緊張します。従業員の方、いらっしゃっているお客さまに偉そうな態度だけはとるまいと思っています。偉そうにせず、素直に、誠実にを心がけています」
■手書きの「お礼状」で書くべき6つ
接待をされた側にとって、やるべきことはお礼状を書くことだ。お礼状を書いて、送るまでが接待された人間の義務である。
メール、もしくはメッセージアプリより、わたしはお礼状を送ったほうがいいと思う。特に、若い人の場合はお礼状を書くことで文章力もつく。生成AIでひな型を作成してもいいから、自筆でお礼状を書くのがいい。
気をつけるのはなるべく早く出すこと。理想的には食事をごちそうになった翌々日に届くくらいがいい。つまり、食事をごちそうになって、夜、うちに帰ってから手紙を書く。出勤時に投函する。そうすればごちそうになってから翌々日には着く。1週間もたってからお礼状が届いても、接待した側は感銘を受けないだろう。早いタイミングで送ると感謝の気持ちが伝わる。
手紙に書くのは次の要素だ。
①相手の会社名、役職、氏名。
②時候の挨拶:
謹啓で始めて、時候の挨拶を続ける。
③お礼の言葉
「先日は、心のこもったおもてなしをいただき、誠にありがとうございました。あれほどおいしかった食事はかつて、いただいたことはありません。今後ともよろしくお願いします」
■「拝啓」よりも「謹啓」と書く理由
この文章を読むと、形式的ななかに稚拙な表現が入っている。合格点がつく文章のなかに故意に稚拙な表現を入れることがコツだ。それは生成AIにはできない。生成AIを使った文章はトーンが一定になってしまう。わざと稚拙に書くことは「この文章は生成AIではありません」と意味を含ませることになる。そして、稚拙な感想はストレートな意思だ。たとえば……。
「○○さまが選んでくださった店の雰囲気は素晴らしく、しかもあの料理は絶品、至高の美味でした」
「○○さまから伺ったお話は大変興味深く、今後は人生の師とさせていただければ幸いです」
「○○さまにいただいたお言葉を胸に、太陽に向かって一歩一歩、歩んでいこうと思います」
④健康を祈る言葉
“末筆ではございますが、○○さまの益々のご健勝のほどを心よりお祈り申しあげます。”
⑤結び
頭語が「謹啓」なら、結語は「謹白」か「謹言」で締める。「敬具」でもいい。私は拝啓より謹啓を使っている。拝啓だといかにも手本をそのまま写したような気配が立ち上るからだ。
⑥年月日まで入れた日付と署名
日本の手紙の場合、なぜか月と日だけを書くことが一般的とされているが、それでは足りない。必ず年まで入れたほうがいい。
■「わたし」の話ではなく、「あなた」の話を意識する
メール、SNSでのコミュニケーションが普通になり、葉書や封書を受け取ることはなくなった。そういう時代だからこそ、わたしはお礼状は自分が書いた文字で出したほうが大きな効果を望めると思っている。
プリントアウトした文字ばかりを読まされている現在、手紙は自筆で書いたほうがありがたみがある。礼状は特にそうだ。相手が何度も読み返したくなるのは自筆で書かれたそれなのである。とはいえ、毛筆で書くほどのことはない。万年筆で一字一字、時間をかけて丁寧に書く。丁寧な文字は相手に伝わる。
「この人は時間をかけて丁寧に書いている」と伝われば、内容の不備や不足を補ってくれる。字が上手な人でも下手な人でも、とにかく時間をかけて文字を連ねていくことだ。
自筆で手紙を書く時に気をつけるのはデザインだ。漢字ばかりの熟語を並べるのではなく、漢字とひらがなが適度に混ざり合うように書く。また、たとえば特別と書く時、文末に「特」があって、文頭に「別」があるような書き方はしない。加えて、手紙では、わたしという単語が文頭で、あなたという単語が文末にあることも好ましくない。
■コツは「短文を連ねる」こと
そして、手紙文そのものについては難しいことを書くことはない。難解な表現を使うことはない。文を短くして連ねていけばそれでいい。
「食事をごちそうしていただいて、ありがとうございます」
「とてもおいしい食事でした」
「特に二番目に出てきたシチリア風のサラダは最高でした」
これくらいでかまわない。
気をつけるとしたら、絵文字、「!」や「?」といったマーク、かぎカッコを多用しないことだろうか。自筆で書いた文章に絵文字やカギかっこはいらない。オーガニックな文章がいちばんだ。
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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「巨匠の名画を訪ねて」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)