■夏に集中するリチウムイオン電池の発火事故
2025年7月、JR山手線の車内で乗客が持っていたモバイルバッテリーから突然煙が上がり、発火する事故が発生しました。この影響で山手線は最大2時間運転を見合わせる事態となりました。その4日後にはJR水戸駅の「みどりの窓口」事務室でもポータブル電源が発火し、常磐線が一時ストップしています。
独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)のまとめによると、2020~2024年に報告されたリチウムイオン電池搭載製品の事故は1860件で、その約85%に当たる1587件が火災へ発展しています。事故件数は年々増加傾向にあり、とくに気温が高くなる6~8月に集中する傾向が顕著です。
製品別ではモバイルバッテリーの事故が突出して多く、2022年の56件が2024年には123件へ倍増しました。近年の猛暑で利用が急増したハンディファンでは過去5年間に45件の事故が報告されています。NITEの実験では、強い衝撃を受けたハンディファンのバッテリーが胸元で破裂する様子が再現されており、身近な製品に潜む危険性が浮き彫りになっています。
■発火したバッテリー会社社長のコメントは…
JR山手線車内で発火した「cheero Flat 10000mAh」は、事故の2年以上も前の2023年6月からリコール対象でした。経済産業省の公表によれば販売台数は3万9300台に達しますが、十分な回収が実現しないまま事故に至ったのです。
本製品を販売するティ・アール・エイ株式会社代表取締役の東享氏に取材を申し込んだところ、「今やらなければいけないことは、発火の原因究明と、以前からリコールしている製品の回収に全力を尽くすこと」で、「発火の原因などもある程度わかった段階になるまでは取材を受けられる状態ではない」という趣旨の回答を得ました。
■リコールしても回収しきれない
NITEは、2020~2024年にリコール対象製品が関与した事故が360件以上発生したと報告しています。このようにリコール制度そのものにも課題がある中、経済産業省によると、2024年に新たに開始されたリコールは101件で、前年の80件から大幅に増加しており、リコールとその告知だけでは事故を防ぎ切れていないのが現実です。
筆者も以前、スマホアクセサリー会社で製品をリコールした経験がありますが、購入者への通知や告知を重ねても、10年近く経った今も回収は完了していません。販売台数が一定規模を超えると100%の回収は事実上不可能です。車のように所有者登録がなされている製品と違い、スマホアクセサリーのような小規模な製品では、リコールの告知をユーザーに届けること自体が大きな課題となっています。
メーカーが「売って終わり」にできない時代が、すぐそこまで来ています。製品が捨てられた後にごみ処理施設で発火する問題などを受け、政府はメーカーに回収・リサイクルの義務を課す法制化を検討し始めています。
■電池が発火する3大要因
では、なぜリチウムイオン電池は発火するのでしょうか。簡単に言えば、電池の内部で「ショート」が起きるからです。電池の中では、プラスとマイナスの電気が「セパレーター」という薄い仕切りで隔てられています。この仕切りが何らかの原因で破れ、プラスとマイナスが直接触れてしまうと、制御不能な電流が流れて一気に高熱を発し、内部の燃えやすい液体に引火します。
このショートを引き起こす主な原因は3つあります。
2つ目は「強い衝撃や物理的損傷」です。電池を落としたり圧力をかけたりすると、内部が変形してセパレーターが破れることがあります。特に、膨張して変形したバッテリーを無理に押し戻そうとする行為は極めて危険です。
3つ目は「過充電や不適切な充電」です。本来、多くの製品には満充電になると電流を止める保護回路がありますが、設計不良などでこの安全装置が作動しないと、過剰に充電され発熱・発火につながります。
■「安い、薄い、軽い」は危険との裏返し
バッテリー火災を防ぐには、私たち消費者も製品選びに注意を払う必要があります。価格だけで製品を選ぶのは危険です。「安さには理由がある」と考えましょう。極端に安い製品は、安全装置が不十分だったり品質検査が甘かったりする場合があります。
製品を選ぶ際のチェックポイントを押さえておきましょう。まず、法律で義務付けられている「PSEマーク」の有無は最低限確認すべきです。ただし、PSEマークがあっても絶対に安全とは言い切れません。
さらに見逃せないのは、製造国・工場ごとの品質管理や安全文化の差です。筆者の経験上、中国をはじめ海外の一部工場では生産コストやスピードが優先され、パーツ選定や回路設計において安全マージンがぎりぎりまで削られているケースがあります。
もちろんすべてではありませんが、「安かろう悪かろう」で事故につながった例が多いのも事実です。最近の大規模リコールの背景にも、そうした現場レベルでの規律の緩みが潜んでいたと言えます。
■PSE以外にもチェックすべきポイント
加えて、国際電気標準会議(IEC)や日本産業規格(JIS)が定めるリチウムイオン電池の安全規格(例:IEC 62133、JIS C 8714)に適合しているかどうかも確認しましょう。これらの国際規格は過充電・短絡・熱衝撃などを含む厳格な試験を課しており、セル単体の安全性を世界共通の基準で担保します。
仕様表や取扱説明書に「IEC 62133準拠」「JIS C 8714適合」といった記載がある製品を選ぶことで、PSEだけではカバーしきれないセルレベルの品質までチェックでき、より高い安全マージンが期待できます。
次に、販売元・製造元の情報にも目を向けましょう。連絡先が明記され、日本でサポート対応しているかを確認します。
また、製品の仕様や評価も重要です。電池容量やサイズだけでなく、過電流防止や温度検知機能といった安全機能について説明があるかを見ます。技術的には、薄い製品は熱がこもりやすく、軽すぎる製品は回路が簡易的な可能性もあります。実際に使用したユーザーレビューで、発煙や異常発熱の指摘が複数見られる製品は避けるのが無難です。
消費者庁のリコール情報サイトやNITEのデータベースで、購入前にリコール情報をチェックすることも、リスクを避けるうえで有効な手段です。
■日本製でも例外ではない「安全神話」の落とし穴
実は、海外製の安い製品は危ないから日本メーカー製を選べば安心、とも言い切れません。過去には日本企業が製造した電池でも大規模なリコールが発生しています。その代表例がパナソニックのノートパソコン用バッテリーの発火問題です。
2018年、同社製ノートPC「レッツノート」でバッテリーの発火事故が相次いだことを受け、2014年以降に実施されたものと合わせて約116万台ものバッテリーパックがリコール対象となりました。このケースからもわかる通り、品質に定評のある大手メーカーであっても、製造ロットや特定の条件次第では不具合が発生し得るのです。
リチウムイオン電池自体が抱える問題は日本メーカーであっても、根本的に解決できるわけではないのです。
■モバイルバッテリーを安全に使うための心得
製品を正しく使うことも重要です。日頃のちょっとした心掛けが、事故のリスクを大幅に下げてくれます。
まず、高温環境に置かないこと。炎天下の車内や直射日光が当たる場所に放置するのは絶対にやめましょう。次に、強い衝撃を与えないこと。落下させたり、膨張したバッテリーを無理に押し込んだりするのは危険です。そして、充電・使用中に異常な発熱や異臭、膨らみなど、普段と違う症状が現れたら直ちに使用を中止してください。
万が一発火してしまった場合は、まず身の安全を確保し、可能なら初期消火を試みます。リチウムイオン電池火災の場合、大量の水で冷却しながら消火するのが有効です。
現在のリチウムイオン電池が抱える発火リスクを根本から解決し得る、新しい電池技術の開発も進んでいます。その筆頭が「全固体電池」です。
全固体電池は、発火の原因となる内部の可燃性の液体を、燃えない「固体」に置き換えた電池です。これにより、発火や液漏れの危険性を大幅に低減できます。もしスマートフォンやモバイルバッテリーに全固体電池が搭載されれば、現在のような発火事故の心配は格段に減るでしょう。
すでに一部メーカーでは製品化も始まっており、安全な未来への期待が高まっています。
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星川 哲視(ほしかわ・てつし)
経営者
1975年生まれ。ミュージシャンを目指してApple製品を使い始め、会社員を経てApple関連製品、スマートフォンアクセサリーのメーカー「トリニティ」を創業。20年間で業界トップシェアを築きつつも事業承継と株式譲渡により同社を「卒業」。現在はスマホゲーム開発会社エウレカスタジオ株式会社代表取締役。スマホアクセサリーやガジェットなどIT関連に精通し、Hossy.orgにてブログやPodcast「リアル経営」を配信している。
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(経営者 星川 哲視)