■今年3月には公正取引委員会から勧告
菓子店を国内外で約1000店展開する菓子大手のシャトレーゼ(甲府市)で不祥事が相次いでいる。
中小企業庁は8月5日、下請け企業への代金支払い対応について調べた結果を公表し、シャトレーゼなど15社が最低評価だったとして社名を公表した。
実はシャトレーゼは、今年3月、下請法違反だとして公正取引委員会から勧告を受けていた。製造委託した包装資材などを正当な理由なく受け取らなかったのが下請法違反(受領拒否)に当たるとして、製品の受け取りと委託先への保管・運送代金の支払いを勧告されていた。
日本経済新聞の報道によると、シャトレーゼは洋菓子などに使う包装資材や香料を11社に発注したが、必要になった都度に一部を受け取っていた。受け取っていなかった分のうち、発注書上の仕上がり日から1年を超えていたのは1300万円相当にのぼり、代金は受領した分だけ支払っていたという。受け取っていなかった委託製品は、2024年12月時点で約2383万円分にのぼっていたとされる。
■従業員に対しても問題ある対応が起きていた
不祥事はこれにとどまらない。今年5月には甲府労働基準監督署が、違法な時間外労働をさせた労働基準法違反容疑で同社を書類送検した。報道によると、白州工場(山梨県北杜市)と豊富工場(同県中央市)にそれぞれ所属する従業員に、労使協定(三六協定)を超える時間外労働をさせた疑い。豊富工場の従業員の労働時間は協定で1カ月85時間を上限としていたが、23年12月は113時間を超えていたという。
同じ5月には、特定技能の在留資格を持つ外国人に休業手当を支払っていなかったとして、出入国在留管理庁から改善命令を受けていた。未払い総額は4100万円にのぼった。新工場の稼働に備えてベトナム人従業員157人と雇用契約を結んだものの、工場の稼働が遅れたため、稼働までの待機中の給与を支払っていなかったという。従業員に対してもマズい対応が起きていたわけだ。
■古屋社長は「成長を止める戦略」を示す
それだけではない。昨年10月には販売した菓子の中に虫が混入していたという苦情が寄せられたが、2週間以内に調査結果を報告すると言いながら放置。メディアが報道すると一転してお詫びに転じるという対応の悪さが強い批判を浴びた。さらに2023年夏に猛暑の影響でアイスクリームなど冷菓の大規模な欠品が相次ぐと、9月には製造子会社による冷菓の賞味期限書き換えが発覚、商品の自主回収に追い込まれた。取引先や従業員ばかりか、消費者も欺く行為が起きていたわけだ。
産経新聞の取材に応じた古屋勇治社長は、会社の急成長でコンプライアンスがおろそかになっていたとの認識を示していた。シャトレーゼは、2014年度に430億円だった売上高が、23年度には約3倍の1313億円に達し、店舗数も2.2倍になった。
無理な業容拡大が不祥事の原因だったというのだが、問題はそれだけなのだろうか。
■創業者の齊藤寛氏は立志伝中の人物
シャトレーゼは、甲府市生まれの齊藤寛氏が20歳で1954年に今川焼き風の焼き菓子店「甘太郎」を出店したのが前身で、1967年に株式会社シャトレーゼを設立した。2008年に会長となるが、2010年にはシャトレーゼホールディングスに称号変更して再び社長に就任、2018年に次女の齊藤貴子氏に社長を譲って2024年に90歳で亡くなるまで会長を務めた。齊藤氏は一代で大規模菓子チェーン店を作り上げた立志伝中の人物だ。
強いカリスマを持った創業者が求心力を持っている場合、成長を共にしてきた従業員や取引先も多少の無理は許容し、創業者についていく。カリスマが引退したり、亡くなったりすると、それまでそうした求心力によって覆い隠されてきた矛盾が一気に表面化するケースが大企業でも同様に起きていた。
創業者が偉大であれば偉大であるほど、後継者の選定とバトンタッチは難しい。跡を継いだ経営者は、創業者の「剛腕」を見習おうとするものの、到底創業者のような求心力はないから、取引先や従業員との関係もギクシャクし始める。それを覆い隠そうとして、無理に業績を拡大しようとするから、さらに悪循環に陥っていく。おそらくシャトレーゼで不祥事が噴出しているのも、そうした、これまで多くのオーナー企業が歩んだ轍を踏んだということなのだろう。
■創業者の理念を大きく踏み外す不祥事
実際、シャトレーゼで起きた不祥事は、創業者の理念を大きく踏み外すものだった。
齊藤氏が作ったシャトレーゼの社是は「三喜経営」と呼ばれたもので、次の三つからなる。
「一、お客様に喜ばれる経営」
「一、お取引先様に喜ばれる経営」
「一、社員に喜ばれる経営」
前述の通り、今回相次いだ不祥事は、顧客も取引先も社員も泣かせるものだった。
シャトレーゼは株式を公開していない非上場企業である。通常、1000億円を超える売上高の企業になると、株式上場を目指すケースが多いが、創業者の齊藤氏は頑なに上場は否定した。上場して多様な株主が経営に口出しするようになると、顧客本位の経営ができなくなる、というのが理由だった。
かつては業容を拡大するためには、上場して資金調達をする必要があったし、優秀な従業員を集めるには上場企業としての信用度を武器にすることも重要だった。ところがカネあまり低金利の時代が続いたことで、あえて上場する必要はなくなった。一方で、「上場ゴール」で一獲千金を狙うスタイルの若手起業家が現れたり、モノ言う株主の登場で、本業を地道に拡大した創業経営者が上場に魅力を感じなくなったこともある。
■有名企業が続々株式市場から退出している
何より、モノ言う株主が経営に口出しするようになって、創業家の利益が守れなくなる懸念が強まったことが大きい。最近、創業家が市中の株式を買い取って非上場化するケースが増えている。永谷園やベネッセ、大正製薬など、有名企業が続々株式市場から退出しているのだ。
上場している場合、有価証券報告書の提出といった情報公開などの手続きが煩雑なほか、株主総会などでモノ言う株主に株主提案などを出されることもある。創業家にとっては「厄介」な手続きが増えているのだ。
だが、こうした情報公開などのルールに上場企業は縛られているが故に、外部のチェックが入り、結果的に企業のコンプライアンスやガバナンスが機能するとも言える。
非上場企業の不祥事といえば、中古車販売大手のビッグモーターの例が記憶に新しい。創業者一代で急成長し、子息に譲っていこうとした矢先に不正行為が相次いで発覚した。結局、業績悪化によって伊藤忠商事などが出資する新会社に引き継がれ、ビッグモーターの名前は姿を消すことになった。
創業者が「自分の会社」として全権力を握るのはある意味仕方がない。だが、創業者ではない一族が経営を引き継いだ場合、その会社は誰の会社であるべきなのか。上場は英語で「ゴーイング・パブリック」と言う。会社を「公(おおやけ)」のものにするという意味だ。コンプライアンスやガバナンスの強化をうたう場合、株式を上場するのも重要な選択肢だろう。
----------
磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。
----------
(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
菓子店を国内外で約1000店展開する菓子大手のシャトレーゼ(甲府市)で不祥事が相次いでいる。
中小企業庁は8月5日、下請け企業への代金支払い対応について調べた結果を公表し、シャトレーゼなど15社が最低評価だったとして社名を公表した。
15社は現金ではなく、一定の期間が経過した後に現金化できる「手形」などで代金を支払っていた。来年1月に改正下請法が施行されると手形での支払いが禁止される。それに向けて中小企業庁が初の大規模調査を行った結果、「下請け企業に優しくない会社」が炙り出され、そこにシャトレーゼも含まれた格好だ。
実はシャトレーゼは、今年3月、下請法違反だとして公正取引委員会から勧告を受けていた。製造委託した包装資材などを正当な理由なく受け取らなかったのが下請法違反(受領拒否)に当たるとして、製品の受け取りと委託先への保管・運送代金の支払いを勧告されていた。
日本経済新聞の報道によると、シャトレーゼは洋菓子などに使う包装資材や香料を11社に発注したが、必要になった都度に一部を受け取っていた。受け取っていなかった分のうち、発注書上の仕上がり日から1年を超えていたのは1300万円相当にのぼり、代金は受領した分だけ支払っていたという。受け取っていなかった委託製品は、2024年12月時点で約2383万円分にのぼっていたとされる。
■従業員に対しても問題ある対応が起きていた
不祥事はこれにとどまらない。今年5月には甲府労働基準監督署が、違法な時間外労働をさせた労働基準法違反容疑で同社を書類送検した。報道によると、白州工場(山梨県北杜市)と豊富工場(同県中央市)にそれぞれ所属する従業員に、労使協定(三六協定)を超える時間外労働をさせた疑い。豊富工場の従業員の労働時間は協定で1カ月85時間を上限としていたが、23年12月は113時間を超えていたという。
「働き方改革」の労基法改正によって、月の残業時間の上限は100時間未満とされていて、そもそも法律にも違反していた。
同じ5月には、特定技能の在留資格を持つ外国人に休業手当を支払っていなかったとして、出入国在留管理庁から改善命令を受けていた。未払い総額は4100万円にのぼった。新工場の稼働に備えてベトナム人従業員157人と雇用契約を結んだものの、工場の稼働が遅れたため、稼働までの待機中の給与を支払っていなかったという。従業員に対してもマズい対応が起きていたわけだ。
■古屋社長は「成長を止める戦略」を示す
それだけではない。昨年10月には販売した菓子の中に虫が混入していたという苦情が寄せられたが、2週間以内に調査結果を報告すると言いながら放置。メディアが報道すると一転してお詫びに転じるという対応の悪さが強い批判を浴びた。さらに2023年夏に猛暑の影響でアイスクリームなど冷菓の大規模な欠品が相次ぐと、9月には製造子会社による冷菓の賞味期限書き換えが発覚、商品の自主回収に追い込まれた。取引先や従業員ばかりか、消費者も欺く行為が起きていたわけだ。
産経新聞の取材に応じた古屋勇治社長は、会社の急成長でコンプライアンスがおろそかになっていたとの認識を示していた。シャトレーゼは、2014年度に430億円だった売上高が、23年度には約3倍の1313億円に達し、店舗数も2.2倍になった。
こうした急成長に会社の基盤がついていかなかった「歪み」が不祥事の原因だとした。その上で、新規出店を大幅に削減する「成長を止める戦略」を進めていくとしていた。
無理な業容拡大が不祥事の原因だったというのだが、問題はそれだけなのだろうか。
■創業者の齊藤寛氏は立志伝中の人物
シャトレーゼは、甲府市生まれの齊藤寛氏が20歳で1954年に今川焼き風の焼き菓子店「甘太郎」を出店したのが前身で、1967年に株式会社シャトレーゼを設立した。2008年に会長となるが、2010年にはシャトレーゼホールディングスに称号変更して再び社長に就任、2018年に次女の齊藤貴子氏に社長を譲って2024年に90歳で亡くなるまで会長を務めた。齊藤氏は一代で大規模菓子チェーン店を作り上げた立志伝中の人物だ。
強いカリスマを持った創業者が求心力を持っている場合、成長を共にしてきた従業員や取引先も多少の無理は許容し、創業者についていく。カリスマが引退したり、亡くなったりすると、それまでそうした求心力によって覆い隠されてきた矛盾が一気に表面化するケースが大企業でも同様に起きていた。
創業者が偉大であれば偉大であるほど、後継者の選定とバトンタッチは難しい。跡を継いだ経営者は、創業者の「剛腕」を見習おうとするものの、到底創業者のような求心力はないから、取引先や従業員との関係もギクシャクし始める。それを覆い隠そうとして、無理に業績を拡大しようとするから、さらに悪循環に陥っていく。おそらくシャトレーゼで不祥事が噴出しているのも、そうした、これまで多くのオーナー企業が歩んだ轍を踏んだということなのだろう。
■創業者の理念を大きく踏み外す不祥事
実際、シャトレーゼで起きた不祥事は、創業者の理念を大きく踏み外すものだった。
齊藤氏が作ったシャトレーゼの社是は「三喜経営」と呼ばれたもので、次の三つからなる。
「一、お客様に喜ばれる経営」
「一、お取引先様に喜ばれる経営」
「一、社員に喜ばれる経営」
前述の通り、今回相次いだ不祥事は、顧客も取引先も社員も泣かせるものだった。
シャトレーゼは株式を公開していない非上場企業である。通常、1000億円を超える売上高の企業になると、株式上場を目指すケースが多いが、創業者の齊藤氏は頑なに上場は否定した。上場して多様な株主が経営に口出しするようになると、顧客本位の経営ができなくなる、というのが理由だった。
かつては業容を拡大するためには、上場して資金調達をする必要があったし、優秀な従業員を集めるには上場企業としての信用度を武器にすることも重要だった。ところがカネあまり低金利の時代が続いたことで、あえて上場する必要はなくなった。一方で、「上場ゴール」で一獲千金を狙うスタイルの若手起業家が現れたり、モノ言う株主の登場で、本業を地道に拡大した創業経営者が上場に魅力を感じなくなったこともある。
■有名企業が続々株式市場から退出している
何より、モノ言う株主が経営に口出しするようになって、創業家の利益が守れなくなる懸念が強まったことが大きい。最近、創業家が市中の株式を買い取って非上場化するケースが増えている。永谷園やベネッセ、大正製薬など、有名企業が続々株式市場から退出しているのだ。
上場している場合、有価証券報告書の提出といった情報公開などの手続きが煩雑なほか、株主総会などでモノ言う株主に株主提案などを出されることもある。創業家にとっては「厄介」な手続きが増えているのだ。
だが、こうした情報公開などのルールに上場企業は縛られているが故に、外部のチェックが入り、結果的に企業のコンプライアンスやガバナンスが機能するとも言える。
非上場企業の不祥事といえば、中古車販売大手のビッグモーターの例が記憶に新しい。創業者一代で急成長し、子息に譲っていこうとした矢先に不正行為が相次いで発覚した。結局、業績悪化によって伊藤忠商事などが出資する新会社に引き継がれ、ビッグモーターの名前は姿を消すことになった。
創業者が「自分の会社」として全権力を握るのはある意味仕方がない。だが、創業者ではない一族が経営を引き継いだ場合、その会社は誰の会社であるべきなのか。上場は英語で「ゴーイング・パブリック」と言う。会社を「公(おおやけ)」のものにするという意味だ。コンプライアンスやガバナンスの強化をうたう場合、株式を上場するのも重要な選択肢だろう。
----------
磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。
1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
----------
(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
編集部おすすめ