物価の価値が上がるインフレ時代にはどのような資産運用を行えばいいのか。レオス・キャピタルワークス債券戦略部長の福室光生さんは「預金や個人向け国債は元本割れのリスクはないが、今のインフレをカバーできる利回りを得られない。
『益利回り』を見れば、圧倒的に株式投資の土壌と言える」という――。
※本稿は、福室光生『投資は金利が9割 運用歴30年のプロが教える「儲ける技術」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■「預金」だけではお金の価値は減っていく
現在の日本では、インフレの影響で、預金金利から物価上昇率を差し引いた「実質金利」が大幅にマイナスになっているという事実があります。これは、銀行にお金を預けていても物価上昇に追いつかず、預けたお金の購買力(実質的な価値)がどんどん目減りしてしまう状況にあるということです。
近年、日本でもNISA(少額投資非課税制度)の普及によって資産運用を始める人が増えています。とはいえ「投資は怖いもの」という考え方も根強く残っているように思います。
預金でお金を貯めることにリスクがなかった時代はそれでもよかったのですが、今は「銀行にお金を預けておけば安心だ」とは言えないのです。
金利の動向について学べば、大切な資産を守るため「円預金からの離脱」、つまり預金以外の運用手段も検討する必要性が高まっていることが理解できるようになるでしょう。
■今は「円預金からできるだけ逃げること」が必要
一般には、「資産運用をする際は十分な預金を確保しておくべきであり、投資に充てるのは余剰預金だけにすべきだ」と言われます。しかし私は、今は「円預金からできるだけ逃げること」が必要な状況にあると考えています。預金をできるだけ減らし、他の運用手段に資金を移す必要性が高まっていると言っていいでしょう。
預金から資産運用へと踏み出せと言われても、多くの人にとって心理的ハードルは高いでしょう。
預金は元本が保証されており、額面上は損失が発生することはありません。一方、運用商品には価格変動がありますから、タイミングによっては元本割れする可能性もあります。「せっかく貯めたお金が減るのは耐えられない」という方に、資産運用はおすすめできません。
■多少のリスクを受け入れて資産運用すべき
まず、候補になるのは「個人向け国債」です。
国債とは国家が発行する債券で、購入すると半年ごとの利払い日に利子を受け取ることができ、満期には購入した額が戻ってきます。個人向け国債は発行後1年経過すれば、一定のペナルティはありますが元本割れすることなく中途換金することも可能です。
しかし、現在の個人向け国債の金利水準ではインフレを十分にカバーすることはできません。元本保証の金融商品だけでインフレによる資産価値目減りのリスクに対抗するのは限界があると言わざるをえません。
私は、預金だけでは実質的な資産価値が目減りするリスクが高い以上、多少の元本変動リスクを受け入れてでも、資産を増やして価値を守れる可能性のある「資産運用」に振り向ける必要があるのではないかと思います。
結局のところ、大切なのは「リスクと上手に付き合う」ことです。
昨今では、政府もNISA、iDeCo(個人型確定拠出年金)の拡充などを通じ、個人の資産形成を預金から資産運用へと後押しする動きを強めています。
制度面でも投資しやすい環境が整ってきている今、資産運用を過度に怖がる必要はないでしょう。

■「配当利回り」よりも「益利回り」を見る
債券専門家の私から見ても、投資対象資産は株式中心でよいと考えています。
皆さんは株式の「益利回り」の考え方をご存じでしょうか。聞き慣れない言葉かもしれませんが、簡単に言えば「株価に対して企業がどれだけの純利益をあげているか」、その割合を表したものです。
益利回りが高いということは株価に比べて稼ぐ利益が大きいことを意味するわけですから、投資妙味があると解釈することもできます。
出典=『投資は金利が9割 運用歴30年のプロが教える「儲ける技術」
投資初心者は株式の利回りと聞くと「配当利回り」に目が向きがちです。配当利回りはその企業が毎年、株主に支払う配当が現在の株価の何%に相当するかを示した指標です。
ただ、配当は企業利益の一部に過ぎません。企業が稼いだ純利益はすべて株主のものであり、配当として株主に還元されず内部留保され、いったん社内に蓄積されたあとに将来の成長投資に回される部分なども株主の収益と考えるべきです。
ですから、株式の投資価値を測るうえでは、企業利益全体に注目して益利回りを見るほうが本質的と言えるのではないかと思います。
■「益利回り」の数値は保守的に出る
なお、益利回りを見る際には、そもそも益利回りの算出に使われる予想利益が保守的である点が重要です。
一般に当期純利益予想はやや控えめに出される傾向があり、実績がそれを上回るケースは少なくありません。そのため、表面上計算される益利回りより、実際はもう少し高いリターンとなる可能性が高いでしょう。

また、これらの計算で使う純利益は当期のものであって将来のものではありません。
優良企業であれば将来も利益成長が見込めるので、長期的に見れば、さらなる「+α(プラスアルファ)」が期待できる点を考慮すべきでしょう。
では、実際の益利回りはどれくらいなのでしょうか。2024年末時点では、日本株式(TOPIX)は6~7%でした。これは「保守的な利益予想」に基づく利回りですから、実際にはもう少し高い利回りが期待できると考えてよいでしょう。
出典=『投資は金利が9割 運用歴30年のプロが教える「儲ける技術」
日本株式の益利回りは、円預金金利と比べてかなり魅力的な水準だと言っていいのではないでしょうか。株式のリターンを考えるにあたっては、さまざまな要因が絡み合うため本質を見失ってしまいがちですが、益利回りをリターンの基点として議論を進めていくことが重要と考えています。
■株式投資はインフレに強い
もう1つ、私が今、株式への投資がよいと考える理由があります。それは、インフレです。
インフレ時には企業が製品やサービスの価格を引き上げることにより、名目上の売上高や利益が増加しやすくなります。もちろんコストが上昇することも考慮する必要がありますが、インフレにともなうコストの増加以上に価格転嫁し、利益を押し上げることは十分可能です。特に強い価格支配力を持つ企業やブランド力のある企業であれば、インフレ局面で利益を増やしやすく、株価も上がりやすいと言えるでしょう。

実際、コロナ禍のインフレ局面では、多くの企業がインフレ率以上に利益を押し上げることに成功し、S&P500やTOPIXなどの株式指数は大きく上昇しました。
もっとも、急激なインフレやそれにともなう実質金利の上昇は、短期的には株式市場にネガティブに作用しがちです。インフレが加速すると、中央銀行は政策金利を引き上げて景気を冷やそうとします。実質金利の上昇は株式のバリュエーション低下要因となります。「インフレになって中央銀行が金利を上げるぞ」という局面では一時的に株価が下落することが多いのです。
しかし、「インフレ→(実質)金利上昇」で一時的に株価が調整しても、結局、企業利益がインフレに追随、もしくはインフレを凌駕する成長を見せ、株価が持続的に上昇しやすい環境になるのです。
総じて、インフレと株式の関係は、「短期的には実質金利上昇(特に利上げにともなうもの)で逆風、長期的にはインフレ分以上の名目成長で順風」と整理できます。
もちろん、重要なのは企業の成長力です。インフレ分以上に売上・利益を伸ばして成長できる企業は投資家にとって魅力的であり続けます。
一方、原材料高の影響を価格転嫁しづらい業種などでインフレによるコスト増に苦しむ企業は株価も低迷しがちです。そのような「勝ち組」「負け組」が混在する中、長期的には経済全体の名目成長(インフレ+実質成長)が株価指数を押し上げてきた歴史があります。
■「今の株式は割高」への反論
ここまで見てきた「益利回りの高さ」や「インフレ時の強さ」を考え合わせると、私はポートフォリオの中心は株式にするのがよいのではないかと思います。
ちなみに、「今、株式投資は魅力的でない」と反対の意見を述べる人もいます。
株価の水準を見る際には、株式の益利回りと債券の利回りを比較することがあります。株式の期待収益と債券(金利)の水準差(イールドスプレッド)を見ることで、相対的な割安・割高感を測ろうというわけです。
一般に「株式益利回り-10年国債利回り」の差が大きいほど株式は債券より割安とされ、逆に差が小さいほど株式の割安感は乏しいと判断されます。
過去の米国株式(S&P500)の益利回りの平均値と米国10年国債利回りの推移を見ると、1980年代後半~1990年代は株式益利回りが10%以上と高く、債券利回りを大きく上回っていました。その後は差が徐々に縮小し、直近では株式益利回りと債券利回りが肩を並べている状況です。2024年末時点では、株式益利回りが約4.5%、米国10年国債利回りが約4.4%とほぼ同水準でした。
■株式投資に過度に警戒する必要はない
このことをもって「今は、株式投資はあまり魅力的ではない」という意見が出てくるわけですが、先にご説明したように、株式の益利回りは保守的に出る傾向があることも考えなくてはなりません。特に長期で投資することを考えた場合、実際には債券よりも高い利回りを得られる可能性が高いだろうと思います。長期投資を前提にすると、株式投資が不利になることを過度に警戒する必要はないでしょう。
預金から逃避し株式に振り向けることを基本としつつ、外国債券や利回りが急上昇している日本の超長期債を組み入れるのも良いでしょう。株式投資こそが、現代を生きる上で最大のカギとなるのです。


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福室 光生(ふくむろ・みつお)

レオス・キャピタルワークス 債券戦略部長

東京大学工学部計数工学科を1994年に卒業後、三菱商事を経てCSファーストボストン証券で金融キャリアをスタート。その後、JPモルガン証券、UBS証券などで金利デリバティブズや国債の自己勘定・対顧客トレーディング業務に従事。UBS証券では永年にわたりマネージング・ディレクターを務めた。2020年より現職に至る。グローバル債券ファンドの運用を担当。

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(レオス・キャピタルワークス 債券戦略部長 福室 光生)
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