例年、年末に近づくとテレビコマーシャルなどが盛り上がる「ふるさと納税」の仲介サイトによる宣伝合戦が、今年はすでに活況だ。貴乃花光司さんが出演する「ふるなび」のCMなど、目にした読者も多いだろう。
すでに騒がれているとおり、仲介サイトを使ってふるさと納税した場合に、これまでは仲介サイトのポイントが付与されていたものが、9月末をもって「禁止」されることになったのだ。このため、9月中に駆け込みで利用する人を取り込もうと、仲介サイトは広告に力を入れているわけだ。
物価の上昇が続く中で、減税に踏み切らない政府への批判が強まる中で、ふるさと納税でまで、国民の怒りを買うようなことをするのか。
総務省は「ふるさと納税は、返礼品やポイント目当てではなく、寄付金の使い道や目的から自治体を応援するもので、ポイント競争の過熱はその趣旨からずれている」と説明している。ふるさと納税の仲介サイトを利用する自治体は、サイトへの掲載手数料を支払い、サイト運営側はポイント還元などで顧客を集めている。総務省は自治体が払う手数料がポイントの原資になっているとして禁止を打ち出した。
■行政訴訟まで起こした楽天グループ
もちろん、これには仲介業者も強く反発してきた。ポイント還元は民間企業の営業努力の一環として行っているもので、その分、自治体の支払い手数料に上乗せしているわけではない。民間の努力に過剰な規制をかけるのは総務大臣の裁量権を逸脱している、と主張してきた。
中でも楽天グループは三木谷浩史会長兼社長が先頭に立って反対の署名運動を展開。今年3月には石破茂首相に295万件あまりの反対署名を提出していた。
■総務官僚の「黄金ルート」があった
利用者が増え続けてきたふるさと納税に、総務省は反対し続けてきた。返礼品やポイントを目的に寄付をするのは、本来の趣旨を逸脱しているというのだが、そもそも、自治体が自助努力で自主財源を持つことに抵抗しているように見える。
ふるさと納税制度ができるまで地方の人口減少が進む自治体では、不足する財源を賄うには国の助成金に頼る以外に方法がなかった。総務省が金額を決める地方交付税交付金はその際たるもので、細かい計算式を作って総務省が管理し、赤字自治体に交付する。
黒字にしても交付金が減らされるだけなので、自治体に財政再建のインセンティブはなく、総務省や地域選出の国会議員に「陳情」し、交付金を少しでも増やしてもらうしか手がなかった。当然、総務官僚を副市長や部長として受け入れる現役出向も横行していた。総務官僚からすれば、副知事や副市長に現役出向して名前を売り、首長の選挙に出て知事や市長になるのが黄金ルートだった。一種の天下りルートである。
■ふるさと納税で潤う地場企業は少なくない
ふるさと納税はそこに風穴を開けたわけだ。自治体が知恵と工夫で自主財源を確保できるようになったからだ。
ふるさと納税で潤うことになった地場企業は少なくない。市が予算を使って経済対策として地場企業に様々な産業振興奨励金を出すよりも、全国の消費者に支持を得た企業にふるさと納税の一部が返礼品の費用として回る方がはるかに健全と言えるだろう。
まあ、総務官僚や自治体の守旧派官僚からすれば、自分たちが配分を決めるべきものの原資が減り、自治体の努力と市場原理によって配分先が決まっていくことに強い抵抗感を覚えるのだろう。ポイントにしても、自治体が宣伝の一環として支払ったサイト使用料から、サイト運営者がポイントを出しているだけで、クレジットカードのポイント付与と何ら変わらない。運営企業にとってメリットがあるからポイントを付与しているわけで、それを規制する理由はない、というのが庶民感覚だろう。
■地方税の減税だと考えてはどうか
ふるさと納税の受入額は2024年度で1兆2728億円と、初めて1兆円を超えた2023年度に比べて14%増えた。大きく増えたと言っても、それでも地方交付税交付金の総額18兆6671億円の7%に満たない。地方税収全体の46兆円と比べれば3%に満たないのだ。返礼品を仮に受入額の3割としても3800億円だ。寄付して返礼品をもらうのはけしからん、と目くじらを立てる前に、負担が大きいと庶民が感じている地方税の減税だと考えてはどうか。
長年、日本には「寄付文化がない」と言われてきた。ふるさと納税によって、「返礼品なし」を選択する納税者も着実に増えている。特に地震や台風など大規模な自然災害が起きた後は、返礼品なしの寄付が大きく急増する傾向がはっきりしている。2024年度のふるさと納税では、受入額(寄付額)は14%増えたものの、受入件数(寄付者数)は前年を下回った。2024年1月に起きた能登半島地震の復興支援や、その後の集中豪雨などの支援で、寄付額を増やす人が増えたのかもしれない。石川県の受入額が24%と大きく増えていることを見てもそれが分かる。
■日本にも寄付が着実に根付いている
また、ふるさと納税受入額は1兆2728億円だが、翌年の住民税控除額は8710億円に過ぎない。つまり7割しか控除されていないのだ。返礼品で得をしようという人がいるのは確かだが、控除額を超えて地域を応援しようという人もかなり存在するということではないか。日本にも寄付が着実に根付いている。
しばしば問題になるのが、ふるさと納税によって税収が減っている自治体だ。2024年度にふるさと納税で最も多く住民税が控除された自治体は横浜市で343億円、ついで名古屋市(198億円)、大阪市(192億円)、川崎市(154億円)、東京都世田谷区(123億円)となっている。
ふるさと納税で流出した分は、国から75%が補填される仕組みになっているが、財政黒字の名古屋市や川崎市は補填されない。赤字ならば住民税控除額が増えても国が面倒を見てくれるという仕組みがあるから、こうした自治体の危機感は乏しい。一方で、補填されない川崎市はふるさと納税の流出に危機感を持ち、自身の川崎の魅力をアピールする返礼品などを広げる努力を始めた。
■自分が住む自治体にふるさと納税できない問題
ところがここに問題がある。自分が住む自治体にふるさと納税した場合、返礼品が受け取れないのだ。これも総務省の規制である。本来は地域の住民にこそ、地場産品の魅力を知ってもらいファンを作り、ふるさと納税してもらい、寄付時に自治体での使途を指定できるようになれば、住民としてのメリットもある。
川崎市の住民が隣の横浜市にふるさと納税すれば返礼品がもらえ、自分の住んでいる川崎市に寄付しても返礼品が来ない、というのは間尺に合わないのではないか。地域を支えるファンを作るという意味で自分自身の市町村に寄付した場合の返礼品を解禁すれば、外部自治体への流出も減らせるのではないか。
ともすると流出額が大きい自治体は「ふるさと納税反対」と叫ぶだけで何ら手を打たないケースが少なくない。総務省に住民への返礼品解禁を働きかけてみてはどうだろうか。
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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)