北陸新幹線の延伸計画が揉めている。敦賀駅(福井県)と新大阪駅を結ぶルートが決まらないのだ。
鉄道ジャーナリストの梅原淳さんは「有力なのは米原ルートと小浜・京都ルートだが、どちらも課題は多い。そんな中で提案したいルートがある」という――。
■いつまでたっても完成しない北陸新幹線
北陸新幹線は東京都を起点とし、大阪市を終点とする整備新幹線で、現在は群馬県の高崎駅と福井県の敦賀駅との間の470.6kmが開業済みだ。
残る区間のうち、東京駅と高崎駅との間の105.0kmは東京駅と大宮駅との間で東北新幹線、大宮駅と高崎駅との間で上越新幹線と、どちらもJR東日本の新幹線に列車が乗り入れて新幹線としての体裁を整えている。
一方で敦賀駅と大阪市との間は未開業だ。いまのところまだ着工されていないうえ、どこを通るかも正式には決定していない。
敦賀駅―大阪市間の動向はここのところ連日のように話題となっている。元来この区間は小浜・京都ルートと言って福井県の小浜市と京都府の京都市とを経由する案にほぼ決まりかけていた。
ところが、敦賀駅―大阪市間のルートが2025(令和7)年7月20日の参議院選挙で争点の一つとなり、滋賀県の米原市にある東海道新幹線の米原駅を通る米原ルートを推す日本維新の会の新実影平氏(京都選挙区)や同じく日本維新の会の柴田巧氏(比例代表)らが当選する。両議員は早速米原ルートの検討を呼びかけ、この結果ルート再考の機運が高まったのだ。
さらに、小浜・京都ルート自体も建設工事による地下水への影響、トンネルを掘削した際に発生する残土の処理をめぐって京都府などから反対の声が上げられ、見直しが必要な状況に置かれている。
■米原ルートが現実的ではない3つの理由
第一候補の小浜・京都ルートの建設に反対というのであれば、次案の米原ルートを選択するというのが自然な流れだ。
けれども、米原ルートは現状では採用される望みは薄い。北陸新幹線敦賀駅―大阪市間の開業後に営業を担当するJR西日本、それから沿線の自治体である滋賀県が反対の意思を表明しているからだ。
整備新幹線である北陸新幹線は国が進めるプロジェクトであるからJR西日本や滋賀県の意思など関係なく進めてしまえばよい――。一部にこうした考えも見受けられるが、実際には建設の強行は認められないのだ。
2000(平成12)年12月18日付、2004(平成16)年12月16日付のいずれも政府と与党との申し合わせで、整備新幹線を新規に着工する際には「JRの同意、並行在来線の経営分離についての沿線地方公共団体の同意の取付等基本条件が整えられていることを確認した上で行う」とあり、JR西日本も滋賀県も認めていない状況では米原ルートは「基本条件が整えられている」とはとても言えない。
理由① JR西日本が消極的
JR西日本が米原ルートに消極的な理由はいくつか推察される。米原駅から京都駅を経由して新大阪駅までと北陸新幹線のなかでも多くの利用を見込める区間の営業ができないと考えられるからだ。
■在来線が「三セク」鉄道になってしまう懸念
実を言うと、米原ルートは敦賀駅―大阪市間を東海道新幹線や東海道線の米原駅を経由して大阪市へ向かうルートではない。北陸新幹線として新たに建設される区間は敦賀駅から米原駅までで、米原駅からは東海道新幹線に列車が乗り入れるかまたは米原駅で乗り換える案なのである。
北陸新幹線として計画されながら、実際には東京駅と高崎駅との間は建設されていないというのと事情は同じだ。
東海道新幹線の米原駅―新大阪駅間はJR東海が営業を担当している。北陸新幹線の列車が乗り入れると、JR西日本は距離に応じて線路使用料をJR東海に支払わなくてはならない。

小浜・京都ルートであれば、さらには在来線の特急列車として大阪駅―敦賀駅間を結んでいる現状でもJR東海に対する線路使用料が生じることはない。
理由② 滋賀県も消極的
滋賀県が米原ルートに否定的な見方をしているのは、建設費と目される事業費の負担に加え、北陸新幹線の並行在来線となってJR西日本から経営分離される第三セクター鉄道の経営を引き受けたくないからと思われる。事業費は一時的な費用だが、第三セクター鉄道の経営は長期にわたって続くので、多くの自治体を悩ませている問題だ。
■JR東海には受け入れ余地がない
仮に米原ルートで開業した場合、少なくとも経営分離の対象となる区間はJR西日本北陸線の近江塩津駅と米原駅との間の31.4kmとなる。
稼ぎ頭の特急列車が姿を消すと営業収入の柱は自社で運転する旅客列車からの旅客運輸収入、そして実質的には国からの補助と言える貨物列車の線路使用料頼みだ。
一方で、整備新幹線の開業で経営分離される並行在来線は、それまで特急列車が高速で走行していただけあって高規格な区間が多く、その分高額な線路や施設の維持費が避けられない。
図表1で示したとおり、整備新幹線の開業で誕生した第三セクター鉄道のコロナ禍直前の2019(令和元)年度の営業収支は、しなの鉄道とIRいしかわ鉄道とを除いて赤字で、黒字の2社にしても営業利益はそう多くない。滋賀県の意向も理解できるであろう。
③ JR東海も否定的
米原ルートで開業したとすると、JR東海の東海道新幹線の米原駅―新大阪駅間が北陸新幹線としての役割を果たすこととなる。そのJR東海も米原ルートには否定的な考えを示す。
乗り入れの際の課題として国が指摘するように、東海道新幹線と北陸新幹線との間には運行管理システムであるとか大地震発生時に車両を脱線させないシステムなど相違点が多い。それよりも、東海道新幹線に多数の列車が運転されているなかで、新たに北陸新幹線の列車を受け入れる余地がそもそもないというのが最も大きな理由だ。

■米原駅と新大阪駅間の新設は可能か
東海道新幹線がいかに混み合っているか、1時間当たり片道の列車の本数で見てみよう。米原駅と新大阪駅との間では最も速い「のぞみ」だけでも12本と平均5分間隔で運転されている。
加えて「のぞみ」よりは停車駅の多い「ひかり」、各駅停車の「こだま」が合わせて3本程度、合計で15本程度が運転されていて、列車の運転間隔は平均4分だ。首都圏でいえばJR東日本山手線のような区間であり、北陸新幹線の列車と接続するためにさらに数本の列車を走らせることは難しい。
JR西日本、滋賀県が反対しないと仮定したうえで米原ルートが実現するためには、米原駅と大阪市との間も北陸新幹線独自の線路を建設するほかない。
これまで米原ルートは距離が約46.1kmと、当初小浜市から京都駅まで一直線に通ると想定されていて、小浜・京都ルートとして当初考えられていた約130.3kmよりも相当短いために事業費の面でも優位に立っていた。しかし、米原駅―大阪市間も建設するとなるとその優位性は失われてしまう。
■米原ルートの建築費は5兆円超か
米原駅と京都駅との間は東海道新幹線と並行し、京都駅からは小浜・京都ルート同様にJR西日本片町線松井山手駅付近を通って新大阪駅へと向かうと仮定して筆者が地図で距離を測ったところ、米原駅―新大阪駅間は約108.6kmあった。
敦賀駅―米原駅間の約46.1kmと合わせると米原ルートで敦賀駅と新大阪駅とを結ぶには154.7kmとなる。後ほど示すように小浜・京都ルートは修正が加えられ、最も長い東西案でも約146kmなので事業費の面では当然不利となってしまう。
ちなみに、国の試算では約144kmの小浜・京都ルートの南北案で約5兆2000億円と示された。この数値は将来の物価上昇を見込んだもので、1km当たりの事業費は約361億円だ。
仮にこの試算値を154.7kmとなった米原ルートに当てはめると、5兆5864億円となる。
トンネルの多い小浜・京都ルートと、特に敦賀駅―京都駅間で平地を行く米原ルートとを同じ物差しで事業費を算出するのは不公平だという意見もあるだろう。
確かにトンネルの掘削費用は高額だが、その代わり用地代は坑口と呼ばれるトンネルの入口しか基本的に必要ない。平地では用地代がかさむし、地主と交渉して用地の買収を行う手間も生じる。結果的に事業費はあまり変わらないと見られるのだ。
■小浜・京都ルートの課題
となると北陸新幹線の敦賀駅と大阪市との間は小浜・京都ルートで建設すべきだが、先に少し触れたようにこちらも課題は多い。
まずはどこを通るか見てみよう。小浜・京都ルートは敦賀駅と新大阪駅とを結ぶとして国土交通省鉄道局と独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)とが2024(令和6)年8月に「北陸新幹線(敦賀・新大阪間) 詳細駅位置・ルート図(案) ご説明資料」を発表した。
この資料には敦賀駅から新大阪駅までのルート図、さらには特に問題となる京都駅周辺のルート図がそれぞれ示されている。
計画されたルート図を見ると、敦賀駅から西南西に進んで福井県小浜市にあるJR西日本小浜線の東小浜駅付近を通り、ここで南西、そして南に向きを変えて京都市の西側を通過して京都府京田辺市にある松井山手駅付近を通り、南西そして西に向けを変えて新大阪駅を目指す。小浜駅付近から京都市内にかけてはすべてトンネルで、列車が地上を走る区間は存在しない。
京都駅周辺はさらに3つにルートが分かれている。
東西案、南北案、桂川案だ。
■京都駅までの苦しい3ルート
東西案は京都市右京区鳴滝音戸山町(なるたきおんどやまちょう)付近で桂川案と分かれて南南東に進む、さらには京都市交通局の地下鉄東西線の太秦天神川(うずまさてんじんがわ)駅付近で南北案とも分かれて南へと行く。阪急電鉄京都線西京極駅付近で東に向かって曲がり始め、東海道新幹線や東海道線とほぼ平行に京都駅にアプローチする。
新大阪駅とは向きが逆だがそのまま東進を続け、京都市山科区上花山久保町(かみかざんくぼちょう)付近から大きく弧を描いて南西に向きを変えて松井山手駅付近へと至る。敦賀駅―新大阪駅の距離は約146kmと3ルート案のなかでは最も長く、概算の事業費も5兆3000億円程度と最も高価だ。
実はこの東西ルートは2024年12月に与党の整備委員会で削除されしまい、現在は検討されていない。理由は不明だが、次に説明する南北案、桂川案と比べて距離が長く、事業費も最も高価だからであろう。
南北案は太秦天神川駅付近で東西案と分かれて東に向かった後、弧を描いて南に向きを変えて京都駅には東海道新幹線や東海道線とは直交する形態で到達していく。南進を続けた後、近畿日本鉄道京都線上鳥羽口駅付近で西に向きを変え、桂川を過ぎた後に桂川案と合流する。
南北案は太秦天神川駅付近で東西案と分かれて東に向かった後、弧を描いて南に向きを変えて京都駅には東海道新幹線や東海道線とは直交する形態で到達していく。南進を続けた後、近畿日本鉄道京都線上鳥羽口駅付近で西に向きを変え、桂川を過ぎた後に桂川案と合流する。
敦賀駅―新大阪駅の距離は約144km、概算の事業費は5兆2000億円程度と見積もられた。
東西案と比べれば、距離、事業費とも少ないものの、急カーブが多くなって列車の速度が遅くなる可能性は捨てきれない。
■京都市内を北陸新幹線が通るのは難しい
桂川案は東西案と分かれた後も南下を続け、JR西日本東海道線桂川駅を北陸新幹線の京都駅に相当する駅と見なして到達する。その後、南東に進んで松井山手駅に向かう。京都駅付近3案のなかで最も単純で、敦賀駅―新大阪駅間の距離も約139kmと最短だ。概算の事業費も4兆8000億円程度だという。
当初の3案、現在の2案とも苦心の作だが、残念ながら京都府や京都市などは慎重な見方を崩さない。先述のとおり、トンネルの掘削による地下水の枯渇、さらには残土の問題、ほかには建設中の交通渋滞、高額な事業費を負担できないといった懸念が払拭できないからだ。
国土交通省や鉄道・運輸機構は都市部の地下トンネルは基本的に水を通さないシールドトンネルなので地下水への影響は発生されないとしているが、理解を得られてるとは言いがたい。
京都市内の北陸新幹線の地下トンネルは地下40mから地下60mまでの間の大深度地下を通ると想定されている一方、地下水もこの深さにあるからだ。言うまでもなく、大都市の京都市の地上に新幹線を敷くことはまず不可能である。沿線の自治体の了解が得られなければ北陸新幹線は着工できないので、先行きは不透明だ。
残念ながら、京都市内を北陸新幹線が通るのは難しい。京都府も京都市もJR西日本も北陸新幹線には京都市内に駅が必要で、できれば既存の京都駅に乗り入れられれば望ましいとしているが、多くの人たちが反対しているなか、建設を強行することは困難だ。
■京都市内を避けるという「ウルトラC」
筆者の考えでは現在計画されているルートをさらに西側にずらして、京都市内を避けるほかないと考える。
京都府内では南丹市や亀岡市付近を南下し、JR西日本山陰線亀岡駅付近で南東に向きを変えて長岡京市を通り、八幡(やわた)市付近を経由して松井山手駅付近に向かうというものだ。
実は約5kmほど京都市の西京(にしきょう)区付近を通るのが難点だが、さらに西を行くと大阪府高槻市付近を通ることとなる。他の府県を通るとなると整備費の負担額が変わってくるのでなるべく避けたい。京都市にはこの5km分は何とか認めてほしいと考える。
桂川案の桂川駅のように北陸新幹線の京都駅に相当する駅はJR西日本東海道線の長岡京市がよいだろう。阪急電鉄京都線のほうが便利ではという意見もあるが、北陸新幹線の営業をJR西日本が担当することが決まっている以上、自社の在来線でアクセスできるようにするのは当然だろう。
筆者の修正案は距離が約142kmとなった。東西案をもとに1km当たりの事業費が363億円と考えると総事業費は5兆1546億円程度と見込まれる。
さらに西側を通るルートを検討したいところだが、かつて存在した小浜・舞鶴・京都ルートといって京都府舞鶴市を通るとなるとさらに距離が延びてしまう。事業費は高額となるし、同時に新幹線の速達性が失われるので難しいところだ。
JR西日本、沿線の自治体とも、北陸新幹線自体は必要だと認めている。関係者全員の要求を満たす案が存在しない以上は環境に配慮し、なおかつ利用者が不便とならないような案で妥協するほかない。

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梅原 淳(うめはら・じゅん)

鉄道ジャーナリスト

三井銀行(現三井住友銀行)に入行後、雑誌編集の道に転じ、「鉄道ファン」編集部などで活躍。2000年からフリーに。

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(鉄道ジャーナリスト 梅原 淳)
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