2025年のジャパンモビリティショーでは、トヨタが発表した緋色の「センチュリー」クーペモデルが国内外の注目を浴びた。マーケティング/ブランディングコンサルタントの山崎明さんは「緋色のクーペとして登場させたのはミスマッチだったのではないか。
最高級ブランドとして世界に打って出るには、歴史的経緯も踏まえた“格式”の演出が重要だ」という――。
■ジャパンモビリティショーで最も注目されたブース
2025年ジャパンモビリティショーでもっとも注目を集めていたブースはどこか。それは間違いなくトヨタのセンチュリーブースだろう。なにしろ一般公開日には入場規制が行われ、待ち時間は平日でも30分、休日には60分にまでなったというのだから。
なぜこれほどまで注目を集めたのか。それはセンチュリーを独立したブランドとして展開すると発表され、今までのセンチュリーイメージを覆すクーペタイプのコンセプトカーが展示されたからだ。
そもそもセンチュリーとは何なのか。
センチュリーは日本の最高級車として世界に誇れるレベルのモデルを作ろうと豊田章男会長の父親である豊田章一郎が1967年に作り上げたモデルで、徹底的にこだわった作りとなっていた。1997年、2018年と2回のフルモデルチェンジが行われているが、一貫して日本市場専用のフォーマルセダンだった。
■「センチュリーブランド」の再定義
このセンチュリーに大きな変化が訪れたのは2023年である。なんとSUVタイプのセンチュリーが登場したのだ。
そしてこのSUVタイプのセンチュリーは少数ながら中国にも輸出されることとなった。

そして2025年4月に開催された上海モーターショーでは独立したセンチュリーブースとして展示を行ったのだ。これはセンチュリーを海外展開するだけでなく、ブランドとして独立させることを示唆する動きであった。
そして今回のジャパンモビリティショーではセンチュリーブランドの独立が明確に宣言されたというわけだ。
■豊田章男・豊田家の「執念」
トヨタはなぜセンチュリーを独立ブランドにしたのか。私の見立てではあるが、これは豊田章男会長、というか豊田家としての執念、といったものではないかと考えている。
豊田章男会長は、今までの歴代豊田家が築いてきたビッグネームの復活に心血を注いできた。まずはカローラ、そしてクラウンである。
この2モデルを、トヨタを代表する車種ブランドとして復活させると同時に、事実上国内専用ブランドだったクラウンを海外展開させたのである。
マーケティング的な勝算があっての決定ではなく、豊田会長の思いがすべてではないかと考えている。そして今回はセンチュリーの番である。
レクサスとセンチュリーの歴史的関係
前述したとおり、センチュリーは事実上国内専用で、日本での知名度は高いが日本国外ではまったく知られていないといってよい存在だ。トヨタの最高級車はレクサス、というのが世界的な認識である。

1989年にレクサスをアメリカに導入したとき、当時社長だった豊田章一郎は難色を示したという。レクサスはアメリカトヨタ主導で作られたものだ。豊田家が作ったわけではないブランドを、「トヨタ」の上位に据えるのを豊田章一郎は嫌ったのである。
それゆえレクサスは当初は日本に導入されず、海外でレクサスとして売られていた車種も国内ではすべてトヨタブランドで売られた。レクサスが日本に導入されるのは16年後の2005年になってからである。
■「緋色のクーペ」は正解だったか…
豊田章男会長はこのブランド構造を打破して、父親の作ったセンチュリーを頂点とする構造にしたかったのでないかと考える。そして従来の保守的なセンチュリーイメージを打破するために、新しい象徴として緋色のクーペを仕立てたのだと思う。
しかしこれは、世界にセンチュリーを問うという意味ではあまり良い選択ではなかったと思う。
なぜなら、すでにセンチュリーのイメージがある人(=日本人のみ)には緋色のクーペはセンチュリーのまったく新しい世界観を示すことができたが、センチュリーを知らない海外の人にこのクーペでセンチュリーブランドを語るのはふさわしくないと思うからだ。
■ライバルはロールスロイス、ベントレー
センチュリーは、ロールスロイスやベントレーと対抗するブランドである。世界的に最も格式の高いブランドとして位置づけるべきものだ。
ロールスロイスとベントレーはイギリス王室との結びつきにおいてその格式を担保している。

ロールスロイスは1950年のファントムIV以降、長年にわたって王室との関係を続けてきた。ベントレーはモータースポーツでの成功で名声を得たブランドだが、2002年にロールスロイスのファントムを上回る格式で王室専用の「ステート・リムジン」を製作し、王室との関係を深めている。
■センチュリー・ロイヤルの「重み」
センチュリーも、2代目センチュリーの時代の2006~2008年にセンチュリーをベースとした皇室専用の大型リムジン「センチュリー・ロイヤル」を製作し、現在も御料車として運用されている。しかし現行の3代目になってからは作られていない。
世界にセンチュリーブランドを問うとき、最新のセンチュリー・ロイヤルを象徴とすべきではなかったかと思う。つまり、センチュリーブランドと皇室との関係を暗示することで、世界にセンチュリーの格式を示すべきだったのではと思うからだ。
緋色のクーペでは、レクサスを上回る高級高価なブランドであることは示せても、どういう位置づけの、どのような価値のあるブランドなのかが曖昧(あいまい)になってしまう。
作りの精緻さ、日本の伝統工芸の匠といったハード的な側面だけではロールスロイスやベントレーとは対抗できない。
なぜならイギリスはイギリスで伝統工芸の匠の世界があり、そちらも素晴らしいものだからだ。このクラスになるとものとして仕立てが素晴らしいのは当たり前で、格式こそが重要になる。
■マイバッハに足りなかった「格式」
メルセデス・ベンツは2002年にマイバッハブランドでこのクラスへの参入を試みたが、当初から販売は芳しくなく独自の販売網の維持が難しくなり、2012年に撤退した。その後マイバッハはメルセデス・ベンツブランドの最高級バージョンを示すサブブランドとなっているが、マイバッハに決定的に欠けていたのが「格式」を担保するものだったと思う。

マイバッハは戦前に存在した超高級車ブランドだが、知名度は低く、戦後の存在感はゼロに等しかった。過去の栄光を掘り返しても現在通用する格式を得られないのだ。
結局マイバッハは、「メルセデス・ベンツの高級版」としてしか理解されなかったといえる。結局、格式としてはメルセデス・ベンツのレベルにすぎないのである。
現在、ロールスロイスは実体としてはBMWによって開発されているし、ベントレーはフォルクスワーゲンによって作られている。しかしどちらもBMWやフォルクスワーゲンとは比較にならないほどの格式を持っているからこそ、世界の富裕層が支持するのである。
そもそも、ロールスロイスとベントレーがドイツメーカー傘下にあるのは、ロールスロイスを巡ってBMWとフォルクスワーゲンが買収合戦を演じた結果である。
両社とも、自社ブランドでは獲得できない超富裕層を狙える格式ある最高級ブランドを是が非でも手に入れたかったのである。
■「エンペラーの国」の格式ある自動車とは
センチュリーは相当緻密にストーリーづくりを行わないとマイバッハの二の舞になる可能性がある。つまり単なるトヨタの、レクサスのさらに上をいくブランド、という理解に留まってしまうパターンである。
もちろん皇室をプロモーションに使うことはできないが、御料車としての長い実績は格式の担保に最も効果的であると思う。
なにしろ君主制を維持している国家はほとんどないうえに、日本の皇室と英国の王室は「世界2代君主」といわれているくらい格式の高いものだ。

そして天皇の英訳である「Emperor」はイギリス国王の「King」より格上なのである。現在Emperorを名乗れるのは日本の天皇しか存在しないのだ。この君主に愛用されているブランドほど格式の高いものはないはずである。センチュリーにはそのポテンシャルがあるのである。
■豊田会長の手腕に期待
しかしセンチュリーを成功させるのは容易なことではない。
ブランドビルディングだけでなくブランドの「格」を担保するためにはエクスクルーシブな販売店の整備は最低限の必要条件で、そのためには莫大な投資が必要だろう。
また、センチュリーという名前はGMがビュイックブランドで戦前から使用しており、国によっては商標権の整理も必要だ(そのため現在中国では「世紀」ではなく「世極」という名にしている)。
この貴重なブランドをグローバルブランドとして立ち上げる以上、じっくり腰を据えて成功に導いてもらいたい。豊田章男会長の手腕に期待したいところだ。

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山崎 明(やまざき・あきら)

マーケティング/ブランディングコンサルタント

1960年、東京・新橋生まれ。1984年慶應義塾大学経済学部卒業、同年電通入社。戦略プランナーとして30年以上にわたってトヨタ、レクサス、ソニー、BMW、MINIのマーケティング戦略やコミュニケーション戦略などに深く関わる。
1988~89年、スイスのIMI(現IMD)のMBAコースに留学。フロンテッジ(ソニーと電通の合弁会社)出向を経て2017年独立。プライベートでは生粋の自動車マニアであり、保有した車は30台以上で、ドイツ車とフランス車が大半を占める。40代から子供の頃から憧れだったポルシェオーナーになり、911カレラ3.2からボクスターGTSまで保有した。しかしながら最近は、マツダのパワーに頼らずに運転の楽しさを追求する車作りに共感し、マツダオーナーに転じる。現在は最新のマツダ・ロードスターとホンダ・フィットe:HEVを愛用中。著書には『マツダがBMWを超える日』(講談社+α新書)がある。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

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(マーケティング/ブランディングコンサルタント 山崎 明)
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